第三話 ラッキーが起きたので幽霊達の奴隷になる
ヒュ~~~っと冷たい風が吹き抜けていく。
一月の夜風というのは、十二月のそれとはまた一段と殺意が違う。正月気分もすっかり抜け落ち、寒さだけがこの街に居座っているようなそんな冷え切った夜だ。
僕は白い息を吐きながら、いつものガードレールへと差し掛かっていた。
美人の地縛霊だったマコさんが地縛から解放され、家に帰ってからはここに花が供えられることもなくなった。
その後に現れた、あの騒がしかったギャルの幽霊ミカちゃんが光の中に消えてからしばらく経つ。
平和だ! 今年は平和そのものだ。
たまに見かけるこの世の者でない人達も、今年は僕に憑いてくる事も無い。
ようやく僕の生活にも、平穏という名の夜道が戻ってきた。
……はずだった。
本当に僕の視界の端はろくなものを映さない。
「よお! ひーさん!」
聞き覚えのある声。ガードレールの影からひょっこりと現れたのは、茶色のボブカットに黒いへそ出しトップス。そして真冬の気温を無視した赤チェックのミニスカート姿。
成仏したはずの、ギャル幽霊のミカちゃんだった。
「来るのが遅えんだよ!」
何故か怒っている幽霊に、思わず叫んでしまう。
「ひぃぃぃぃぃぃ! な、なんで成仏してないんですか! しかも新年の挨拶と同時に、身に覚えのないクレームって何なんすか!」
ミカちゃんは腰に手を当てながら言った。
「あー、それ聞いちゃう?」
僕は視線を逸らしながら答える。
「……いえ、興味が無いので結構です」
そんな僕に、ミカちゃんは気にせず話を続ける。
「あたしも、ちょっと計算違いっていうかさ」
「興味が無いので勝手に話を続けないで下さい」
「そんなことよりさ、またお願いがあるんだよ」
まったく話を聞いてくれないミカちゃんに、僕は呆れたようにため息をついた。
「ミカちゃんて人の話を聞かないって言われたことない?」
「ないよ?」と、ミカちゃんは、きょとんとした顔で答える。
「じゃぁなんで僕の話を聞かないの?」
「え? ちゃんと聞いてたよ? 聞いてたけど、どうせ逃げる口実だと思って無視してただけだよ?」
自分は何も悪くないよとばかりに、無邪気に答える姿に、僕は眉を顰めた。
「……無視は良くないと思います」
「今はちゃんと会話してるじゃん!」
「……ジュース買ってあげるから帰っていい?」
僕が懐に手を入れながら提案すると、ミカちゃんは申し訳なさそうに首を傾げた。
「気持ちは嬉しいんだけど、多分幽霊のあたしは飲めないと思うなぁ」
「お供えって事にしても無理なの?」
「あたしにはお供えを受け取れる場所が無いからねぇ」
「そうなんだ……なんかごめんね」
「全然へーき! その気持ちだけで嬉しいよ」
ミカちゃんは手をひらひらと振ってそう言うと、急に真剣な顔になって身を乗り出してきた。
「そんな事よりも、大変な事が起きてんだよ!ひーさん助けてよ」
「嫌です」僕は即答した。
「困ってるばーちゃんが居るんだよ! もう約束しちゃったんだよ! そういうのが得意な、チョロいひーさんが居るって言っちゃったんだよ!」
「勝手に僕の不名誉な噂を広めないでください! そして今回は絶対に嫌です!」
僕は彼女の手を振り払いながら叫ぶと、ミカちゃんはにやりと笑っている。
「お礼に、そのばーちゃんがパンツを見せてくれることになってるよ? 今回は本当にパンツが見れるよ?」
……あまりにも予想外の言葉を聞いて、どう返事をして良いのか分からず、固まってしまう。
「どした? 嬉しさのあまり固まった?」
と、ミカちゃんが僕の顔を覗き込んでくる。
「ミカちゃんは大きな勘違いをしてる」
「え? どんな?」
「パンツなら、誰のでも良いわけじゃないんですよ!」
深夜の住宅街に僕の叫びがこだまする。
僕は何てことを叫んでしまったんだ。
……やばい……通報される。
そう思ってその場から逃げようとすると、視界の端に顔を赤くしているミカちゃんが映った。
彼女は視線を泳がせ、モジモジと自分の厚底ブーツの先を見つめている。
「……私のは見たがったじゃん」
いつもとは違う消え入りそうなお淑やかな声だ。つられて僕も、つい本音を言ってしまう。
「……それは……ミカちゃんのだったから……」
沈黙が流れ、深夜の歩道には、ヒュ~っと深夜の歩道を吹き抜けていく冷たい風の音しか聞こえない。
「……と、とりあえず、話だけでも聞いてみてくれない?」
顔を赤くし、俯きながら僕を見つめる顔が可愛いと思ってしまう。その不意打ちのような態度に、僕はこの場から逃げる事が出来なくなってしまった。
「……はぁ。話を聞くだけですよ?」
「うん……ありがとう……」
しばらく歩き、ミカちゃんに連れて来られた場所は見覚えのある家の前だった。
「ひーさん。ちょっと待っててね」
そう言うと、ミカちゃんが家の前に立ち、大きく息を吸い込む。
「お~~~い! マコ~~~~! 出て来いやー!」
ミカちゃんの叫び声で思い出した。そうだった。ここは僕が不審者扱いをされた、あのマコさんの家だ。
しばらくすると、玄関の扉をすり抜けマコさんが現れた。
「よう! マコ!」
「ミカさん。どうしたの?」
マコさんは嬉しそうに駆け寄ってきて、僕に気づくと目を輝かせた。
「あっ! ひーさんも一緒なんだね」
「……お久しぶりです。マコさんも成仏してなかったんですね」
「うん!」
相変わらずマコさんの笑顔は可愛いが、よく考えると幽霊だと言う事を思い出す。
しかもこの幽霊も僕が未練を解決したはずなのに、成仏せずにこの世に留まっている様だ。
あんなに頑張ったのにと少し落ち込むが、また会えたことにも少し嬉しく思ってしまう……。
「マコ! ちょっとこっちに来て」
「ん? どうしたの?」
首を傾げているマコさんの腕を、ミカちゃんが引っ張ってこちらに連れてくる。
「ひーさんはそこにいてね」
「……はい」
ミカちゃんは僕の前にマコさんを立たせ、自分はマコちゃんの後ろに隠れてしまった。
「今回のお礼の前払いだ! 刮目せよ! おりゃーーーー!」
ミカちゃんはそう叫ぶとマコさんのスカートを思いっきり捲りあげた。
スカートが捲られると、徐々に白い肌の綺麗な細い脚が見え、その後に真っ白い物が見てくる。
一瞬なにが起きたのか理解が出来ず、マコさんの真っ白なパンツを凝視しながら固まってしまった。
「きゃーーーーー!」
我に返ったマコさんが慌ててスカートを手で押さえる。
マコさんの声に僕も我に返り、急いで視線を逸らした。
「ミカさん! 何してんですか!」
マコさんは顔を真っ赤にしてミカちゃんを睨みつける。
「いや、ひーさんが報酬にパンツを見せろって言うからさ」
「だったら自分のを見せれば良いじゃないですか!」
「だって! あたしが死んだときに履いてたパンツはあまり可愛くないんだもん!」
ミカちゃんは唇を尖らせながら言うが、マコさんの怒りは収まらないようで、スカートをしっかりと手で押さえながら睨んでいる。
「そんなの理由にならないですよ!」
「なるよ! マコのは可愛かったし良いじゃん! ねぇ、ひーさん? マコのパンツは可愛かったよな?」
ミカちゃんがこちらに話を振ってきたので、慌てて答える。
「いや……僕は見てないです。一瞬の事だったので、まったく見てなかったので安心して下さい」
「……本当ですか?」
そう言いながら、マコさんが僕を睨みながら詰め寄って来る。いつもの大きな目は、半分くらいしか開いていない。
「……はい」
見てないと言い張る事に決めた僕に向かって、ミカちゃんが横から叫ぶ。
「はぁ? 嘘つくなよひーさん! 思いっきり見てたじゃん! 見たんだからあたしの手伝いしてよね!」
「……見てないです」
「嘘をつくなーー!」
叫ぶミカちゃんに、マコさんはどんな反応をしているのか気になり、恐る恐る視線をあげる。
するとそこには、もの凄い顔をしたマコさんが居た。
「ひぃぃぃぃぃぃ!」と思わず叫んでしまう僕。
「……本当に見てないんですか? 嘘をついてはいませんか? 本当の事を言わないと呪いますよ?」
一歩一歩近づきながら話すマコさんの迫力に、僕は震え上がった。
……怖かった。
……あまりの怖さに、僕は嘘をつきとおせなかった。
「すみませんでした……見ました」
「ほら~! やっぱり見えたんじゃん!」
ミカちゃんが勝ち誇ったように叫ぶと、マコさんがゆっくりとミカちゃんの方を向いた。
「……ミカさん?」
その声は冷たい。
「なに?」
「ミカさんのせいでもあるんですよ?」
「悪かったって!」
ミカちゃんは両手を合わせて謝るが、マコさんの怒りは収まらないようだ。
「二人ともそこに並んで下さい」
「え? なんで?」とおどけているミカちゃんをひと睨みし、マコさんは道路の端を指さしている。
「……並んで下さい」
「……はい」
「……はい」
深夜の誰も通らないような住宅街の奥まった道。僕とミカちゃんはそんな道路の端で正座して座っている。
「なんかマコが凄いデカく見える……」ミカちゃんが小さく呟く。
「僕は何も悪い事してないのに……」と僕も小さく呟く。
何かを考えながら僕達を見下ろしているマコさんに、耐えられなくなったミカちゃんが顔をあげる。
「マコだってひーさんに助けて貰ったんだし、そのお礼だと思ってさぁ。ね? そんなに怒んないでよ」
ミカちゃんが弁明を始めたが、マコさんは無視して僕の方を向いた。
「……ひーさん?」
「は、はい」僕は思わず背筋を伸ばす。
「今のは前回のお礼って事で……許してあげます」
「ありがとうございます!」
「ミカさんは、あとでもう一度私の家に来てくださいね」
マコさんがミカちゃんの方を向いてそう告げると、ミカちゃんは肩を落としながら「……はい。わかりました」と答えている。
「それと……ひーさん?」
「な、なんですか?」
「ミカさんの事も、ちゃんと手伝ってあげて下さい」
「え? なんでですか?」
「さっき見た私のパンツには、その分の報酬も含まれていますので……」
マコさんは少し照れた顔で、スカートを抑えている。
「……はい。畏まりました」と僕が答えると、ミカちゃんが飛び跳ねながら喜ぶ。
「おおお! さすがマコ! ありがと~。そうと決まったらすぐに行くよ! ひーさん♡」
「……はい」
僕とミカちゃんは、マコさんから逃げるようにその場を後にした。
こうして僕は、またもやミカちゃんの手伝いをさせられることになった。
しかし僕には、真っ白なパンツの良い思いでが出来たので、今回は少しだけ気持ちも軽やかだった。
つづく




