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ビビりのひーさんと幽霊娘のミカちゃん  作者: もものけだま


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2/5

第二話 報酬に釣られ幽霊娘の奴隷になった結果

 十二月の深夜というのは、油断していると骨の髄まで冷気が染み込んでくる。


 コンビニの重い自動ドアを出た瞬間、僕は身をすくめさせた。アスファルトを吹き抜ける風はもはや気体ではなく、研ぎ澄まされた氷の刃となって容赦なく僕の頬を切り裂いてくる。


 右手には温かい肉まんと缶コーヒーが入ったレジ袋。指先に伝わるわずかな熱だけが、この凍てつく世界で唯一の味方のように思えた。


 カサカサというビニール袋の乾いた音を伴奏に、僕は孤独な夜道を自宅へと急ぐ。


 白い息を吐き出しながら歩く道すがら、前方に見慣れた白いガードレールが見えてきた。


 あの日以来、ここに花が供えられることは無くなった。


 未練を果たしたマコさんをこの場所で見かけることもなくなり、僕はようやく平穏な帰路を取り戻していた。


 丁寧で律儀だった彼女は、今頃お母さんと一緒に温かい場所で地縛霊をしているはずだ。


 今のマコさんは地縛霊と呼べるのかは分からないが、もう僕がこの場所で悲鳴を上げることもない。


 そう確信して、通り過ぎようとしたその時だった。

 

 


 僕の視界の端というのは、どうしてこうも僕の安らぎを台無しにするようにできているのだろう。


 街灯の薄暗い明かりの下、白い鉄枠の根元。


 マコさんがいつも座っていたまさにその場所に、別の誰かがあぐらをかいて座っていたのだ。


 茶色のボブカットにカチューシャ。この極寒の中にありながら、へそ出しの黒トップスに、赤チェックのミニスカートという、季節感を完全に無視した露出度の高い格好。


 真夏の格好をしたギャルか? ……いや、今は十二月だ。気温は零度を下回ろうとしている。


 なのに彼女は震える様子もなく、鼻歌でも歌いそうなほど涼しい顔をして座っている。


 そして何より彼女の吐く息は全く白くなかった。


 即座に認定。間違いなくあっちの人……こいつも幽霊だ。


 そんな彼女が、僕の方にスーッと顔を向ける。



「ひぃぃぃ!!」



 本日一度目の絶叫が、静まり返った住宅街に響き渡る。


 ……やってしまった……完全に油断した。彼女と目が合い、その目を逸らす事が出来ない。


 肉まんの入った袋がガードレールにぶつかり音を立てるが、そんなことを気にする余裕はない。


 心臓が早鐘を打ち、全身の毛穴が恐怖で引き締まる。

 


 するとそのギャルの幽霊は、ゆっくりと口を開いた。



「あ、いた!噂のひーさんだ!」


「……え?」


「あんたが、ひーさんでしょ?」


「なぜ僕の名前を知っているんですか? 僕は貴方のことなんて、これっぽっちも知らないのに……」


 あぐらをかいたまま、少女がニヤリと笑った。


 マコさんのようなお淑やかさは微塵もなく、どこか刺々しくそれでいて妙に大人びた笑みだ。



「マコから聞いてるよ」


「はい?なにをですか?」と、身構えながら僕は答える。


「困った事があったら、悲鳴が面白い、ひーさんに頼んでみればって言われたんだ」


「……僕は幽霊なんて見えませんけど?」


「今、私の目を見て話してるじゃん!」


「独り言の多い不審者なもんで……」


「そっかぁ……じゃあしょうがないね」


「はい。では、僕は寒いので帰ります」



 恐る恐る、そのギャルの幽霊の横を通ろうとした時、僕の耳に低いトーンの声が聞こえてくる。

 


「……呪うしかないか」



「え?」足を止め、幽霊の方に向き直る僕の目を、しっかりと見つめながら、彼女は話しだす。



「マコから聞いたんだけど、頼みを断られたら呪うしかないんだってさ。うひゃひゃひゃひゃひゃ」


「ひぃぃぃ!わかりました!話くらいなら聞きますから、呪わないで!」



 このちびっ子ギャル幽霊の笑い方が凄まじく怖すぎて、僕はあっけなく軍門にくだってしまった。



「マコの言ってた通り、頼めば断らないチョロい男だな」


「……それってどういう事ですか?」


「マコから聞いたの!ひーさんはビビりだし、チョロい人だよって」


「マコさん……僕の不名誉な情報を拡散しないでくださいよ……」


「あたしはミカ!よろしくな、ひーさん♡」


「というか、ミカさん?その格好はなんですか?見てるこっちが風邪を引きそうです」


「幽霊は風邪なんて、ひかないし!」



 ミカちゃんの見た目は若い女の子なのに、胡坐をかいて腕を組みならが話すその仕草が、もの凄くおじさんっぽい。

 

 さらには僕の持っているレジ袋を見て、舌打ちをしている。



「てかさぁ……その程度の荷物でレジ袋代3円払ったわけ?ありえなーい!資源と金の無駄っしょ!そんなんだからマコにチョロいって言われるんだよ?」



 今度は近所のおばさんみたいな事を言いだしてくるので、少しだけ考え僕は反論する。

 


「……いきなり現れて説教ですか?」


「あたしは無駄遣いが嫌いなの!」


「……そうなんですね。でも僕が買ったのは肉まんとコーヒーです。肉まんを丸出しで持ったまま歩く勇気も無いし、食べながら歩くなんて不作法もしたくないんです」


「そのバッグにでも入れて帰れば良いんじゃない?もしくは、そのパーカーに付いてる大きなポケットなら余裕で入るっしょ?」


「……それはそうですね。これからはそうする事にします」


「おう!是非そうしなさい!」


「では、僕はこれで帰りますね。貴重なご意見をありがとうございました」


「うん!気を付けて帰れよ」



 僕はギャルの幽霊の脇を通り抜け、そのまま帰路につく事にした。


 元気よく手を振っていた彼女だったのだが、何かに気付いたような顔に変わる。



「いやいやいや!ちょっとまってよ!」


「ちっ!逃げきれなかったか……」


「ひーさんって意外と策士だね……」


「これでも小さい頃から霊的な者達は視えていましたし、それに君のような幽霊に会うのは2回目ですので……」


「……逃げたら呪うよ?とりあえずこっちを見なさい」


「……はい」と観念し、話を聞くことにする。



 この子は呪うとは言っているが、アホっぽいし、あまり怖さを感じない。それでも、一応は少しの距離をとり、冷たいガードレールの鉄柱に尻の半分を乗せ、少しだけ楽な体勢を取る。



「……それで、そのエコロジーな幽霊さんが、わざわざ僕を待ち伏せていた理由はなんなんです?」


「あたしは訳があって成仏できずに幽霊をやってる。その心残りを消すのを手伝って欲しい」


「ミカちゃんの成仏できない訳って何なのですか?」


「私の親友のリナの所に行って、預かってた120円返してきて欲しいんだ」


「120円?」


「そう。あいつから120円預かってジュースを買いに行った時に私は死んじゃったから、あいつの金を奪ったまま、死んだみたいになってんのがマジで不潔!貸し借りがあるまま成仏なんて私には無理なの!」


「嫌ですよ!たった120円の返却のために夜中に女子のアパートを訪ねるなんて、不審者扱いされて通報される未来しか見えません!警察を呼ばれたら僕の平穏な生活が台無しです!」


「……ケチだなぁ」


「それに120円なんて、きっとそのお友達も気にしてませんよ」


「あたしが気になるんだよ!」


「気にしすぎですよ!」



 う~んっと何かを考えだす幽霊のミカちゃん。少しすると何かを思いついたのか、目を輝かせ、僕に顔を近づけてくる。

 


「もし、あたしのお願いを聞いてくれたら、スカートの中くらいなら見せてやってもいいぞ?」



 あまりにも予想外の発言に少し戸惑う。

 

 いくら幽霊だからって見た目は女子高生だ。仕草は若干おっさんぽいが、良く見ればかなり可愛い顔をしている。金髪のショートカットで服装もギャルっぽいが、肌の色は白く、化粧も薄い。

 

 そんな子のスカートの中……動揺で口から意図しない言葉が勝手に出てしまう。

 


「……そ、そんな不純な動機で僕が動くと思っているんですか?バカにしないでください!」


「えー?現役だった女子高生のスカートの中だぞ?メイドの土産になるぞ?」



 すぐに反論してきたミカちゃんが、両手でスカートの裾を持ち上げると、少しだけ真っ白な太ももが見える。



「……僕は健全な市民なんです……それに成仏するのはミカちゃんの方なので、冥途の土産は僕にはまだ早いです」



 またもや動揺からか、口から意図しない言葉が勝手に出てしまうと、ミカちゃんがスカートから手を離し、白い太ももがスッと隠れてしまう。

 

 そしてスカートを抑えながらミカちゃんが言った。


「あっ!そういえば、今日はパンツ履いてなかったわ」


「……え?」



 沈黙……風の音さえ聞こえないほどの、絶対的な静寂が夜道を支配した。


 そして僕は、自分の理性が音を立てて崩れ去るのを感じた。


 不審者として捕まるリスクと、未だかつて見たことのない神秘の光景。

 


 僕の中の天秤は一瞬で傾いた。



「……一応、そのお願いとやらを、お兄さんに詳しく説明してみなさい」


「……ひーさん……本当にチョロいね」


「……返す言葉もございません」



 僕はミカちゃんに案内され、友人リナのアパートへ向かう事になった。

 

 

 



「ふん、ふふ~~ん♪なんか久々に誰かと歩くと楽しいな~」


 

 僕の隣には女の子の幽霊が、鼻歌を歌いながら機嫌よく歩いて……いや、胡坐のまま浮きながら進んでいる。


 深夜の街を一人で歩くのと、幽霊に付き添われて歩くのとでは、こうも精神的な削れ方が違うのかとしみじみ思う。


 怖い……怖すぎる。


 隣に笑顔の幽霊が居る事が怖すぎる。


 僕は寒さ以外の理由で体を丸めて歩いていた。

 

 

 

 


 数十分後、リナの部屋の前に着く。


 リナとはミカちゃんの幼い頃からの親友らしく、いつも一緒に居たとの事。


 ミカちゃんとは違い真面目で行儀も良く、何よりギャルではないらしい。


 優しくって良い子だよ!とミカちゃんは言っていたが、どんなに良い子だろうと、夜中に不審者が訪問してきたら優しく対応なんてしてくれるはずがない。

 

 


 僕はドアの前でしばらく考え込んでいた。


「ねぇ……せめて明日の昼に来ない?」と提案してみる。


 しかしミカちゃんが躊躇うことなくチャイムを鳴らした。



 ピンポ~ン♪と深夜に響くチャイムの音に、慌てた僕はミカちゃんに詰め寄る。



「何してんだよ!しかも押せるのかよ!」


「このくらいなら幽霊にだって出来るんだよ?」



 しばらくすると、ドアが少し開き、その隙間から声が聞こえてくる。



「……どちら様ですか?」



 案の定、リナはチェーン越しに僕を不審者扱いした。



「……120円を返しに来ました」と言うしかなかった。


「はい?……変態さんですか?」と予想していた答えが返ってくる。



 真夜中に知らない男が突然やって来て、しかも120円返しに来ましたなどと言っているのだから当然の反応だろう。


 寒いし怖いしで上手く頭が働かない中、どうしようかと悩んでいると、隣の幽霊も眉を顰めて悩んでいる。



「リナは警戒心が強い方だからなぁ。しかもここは女子寮だし……」


「なんで今になって、そんな情報を足すんだよ!女子寮だなんて聞いてないよ!」



 思わず叫んでしまった。すると少しだけ開いていたドアが静に閉まっていく。


 ヤバいと思ったが、僕のやる事は1つしかなかった。



「……120円を返しに来ました」と僕が伝える。


「……警察を呼びますよ」とリナから返って来る。


「待ってください!ミカちゃんの代理なんです!」


「ミカの代理?意味がわかりません。ミカは……ミカはもういないんです」



ミカちゃんは腕を組んで玄関を見つめている。



「ヤバいな……リナの奴、ひーさんの話をまったく信じてないぞ」


「当たり前じゃないですか!」


「出直すか?」


「無理ですって!次は確実に捕まりますって!」



 ミカちゃんと口論をしていると、閉まりかけたドアの隙間から、リナの声が聞こえてくる。

 


「……誰と話してるんですか?本当に警察を呼びますよ?」



 そうだった……ミカちゃんの声はリナさんには聞こえてないので、今の僕はよそ様の玄関先で独り言を叫んでいる不審者だった。

 

 絶対通報される!これはヤバいと思った僕は、ミカちゃんに問い詰める。


「ミカちゃん!早く!」


「ん?なにを?」


「ミカちゃんと彼女にしか分からない秘密を、教えてください!」


「えーー!そんな~、恥ずかしい~、キャッ!」


「ふざけてる場合じゃ無いですって!早く秘密を教えてください!じゃないと、本当に僕が通報されてしまいます!」



 泣きながら必死に幽霊に秘密を教えろと懇願する僕の姿が面白かったのか、ミカちゃんは笑っている。

 

 こいつめ……誰のせいで、こんな事態になってると思ってんだ!早く教えろよ!と幽霊はやっぱり怖いので心の中で怒る。

 


「あー、じゃあこれを言って」


「な、なんですか!早く!早く教えて!リナさんが通報する前に教えて!」


「『リナのパンツは地味すぎるぞ』って言ってみ」


「……ミカちゃん?」


「な~に?」


「この状況でそれを言ったら、僕は確実に捕まります」


「大丈夫だって!ほれほれ、試しに言ってみてよ」


「マジかよ……不審者から変質者になるだけじゃん……」



 リナさんの、もう良いですか?の声に、時間が無いと思った僕は勇気を出して叫んだ。



「リナのパンツは地味すぎるぞ!」



 ……終わった。言った後に、すぐに後悔が押し寄せて来た。

 

 僕が靴紐を確認し、軽く屈伸をして逃げる準備をしていると、玄関の開く音が聞こえてくる。

 


 ガチャン、ギィィーー。



「……本当なの?」と言いながら、女性が出て来た。


 黒髪のショートボブのような髪型で、キリッとした顔立ちの美人さんだ。ミカちゃんと同じ年齢だと聞いていたが、どうみてもリナさんの方がずっと年上のお姉さんに見える。

 

 そう見える理由の一つに、とても小柄なミカちゃんと違い、玄関から出て来たリナさんは高身長だった。

 

 細身のパンツスタイルに、上は白いシャツをきちんと着て清楚そうではあるが、何よりも大きなお胸が目立っている。

 

 通報しないの?と思いながらも、外に出て来た事に驚いて固まってしまう。

 

 そんな僕とは違い、幽霊のミカちゃんは嬉しそうに手を大きく振って「久しぶり!」などと言っていたが、声が届いてない事に気付き、少し寂しそうな顔になっていた。

 

 不安そうな表情のリカさんが、僕を怪訝そうに見つめながら聞いてくる。

 


「……本当にミカが居るのですか?」



 その言葉に、今がチャンスだと思い、すぐに言葉を返す。

 


「は、はい。今もここに居ます……幽霊ですけど……」



 何も居ないはずの空間を見つめているリナさんを見て、ミカちゃんが僕の腕を引きながら言う。

 


「な?大丈夫だっただろ?」



 僕が睨むと、ミカちゃんはニカッと笑顔を見せていた。



「ミカは……いや、あなたは何でここに来たんですか?」


「えっと、ミカちゃんが預かってた120円を受け取って貰えますか?」


「……そんな事の為に、わざわざ来たんですか?」


「僕もそう言ったんですが、ミカちゃんがどうしても返したいと駄々を捏ねてまして……」



 そう言うとリナさんが笑い出した。



「あははははは!ミカっぽい!ミカってすっごいドケチだったもん!幽霊になっても変わってないんだね。あはははははは」



 お腹を抱えながら豪快に笑っているリナさんを前にして、僕は隣の幽霊のミカちゃんに、小声で話す。

 

 

「信じて貰えたみたいだし、早く120円を渡して帰ろうよ」


「幽霊が現金なんて持ってるわけ無いだろ!」


「え?もしかして僕が代わりに出すの?」


「任せろ!代わりのものをちゃんと持って来た」



 すると玄関の前に、なにも無い所からヒラヒラとカードが舞い落ちて来た。



「これを代わりに渡すってリナに伝えて」



 それは彼女の遺品となった、ミカちゃんが生前必死に貯めていたポイントカードだった。


 僕はカードを拾い上げると、リナさんに渡しながらミカちゃんの言葉を代弁した。



「……あ、あのこれ、預かったままになっていた120円の代わりに受け取ってほしいそうです。240ポイントあるから120円分引いてもお釣りがくるのでお得だとの事です。期限が切れる前に使わないと損だから、あんたにあげる。これで借金はチャラだ!……だそうです」



 リナは震える手でカードを受け取った。


 そして大粒の涙をこぼしながら、吹き出すように笑った。



「……もうミカったら……死んでもミカは変わらないね」



 リナのその言葉に惹かれたかのように、ミカちゃんの想いが僕に乗り移ったのがわかった。


 ミカちゃんの想いが、僕の口から言葉となって出て来る。




 リナ……ごめんね。

 

 ずっと一緒だったのに独りにしちゃってごめんね。

 

 でも、リナなら大丈夫!

 

 リナならきっと頑張れる!

 

 あたしがそれをずっと見護ってやるから、元気に生きろ!

 

 

 

 その言葉に、リナさんは当たり前のように、まるで親友にいつも話していたかのように答えた。

 


「……でも、あの時に私も一緒に行っていれば、ミカは死なずに済んだのかもしれないじゃない」



 その問いに答えるかのように、僕の知らない情報が勝手に口から発せられる。

 

 


 あの時に通り魔に刺されて死んじゃったのも、ただの私の不運だ!

 

 あいつは私のストーカーだったんだから、あんたのせいじゃない!

 

 リナが……リナが気にすることじゃないよ。

 

 ……まったく……可愛いって損だよな。

 

 

 僕の中に溢れてくる幽霊のミカちゃんの想いが、さらに大きくなっていく。

 

 そして僕は、ミカちゃんの最後の言葉を、親友のリナさんに伝える。

 

 

 

 ……リナ……今までありがとな……心配かけてごめん

 



 僕は必死にその言葉を一語一句代弁した。


 リナさんはその言葉を、うんうんと頷きながら涙を流しながら聞いていた。


 自分がジュースを頼んだせいで親友が死んだと、自責の念に駆られていたリナさん。


 自分も一緒だったらと、自責の念に駆られていたリナさん。


 その顔から次第に後悔の色が消え、大きな瞳から涙が流れ続けていた。



「……ミカ……私も……いっぱいいっぱいありがとう」



 僕も涙を流しながら二人の想いを聞いていると、これも伝えてと、ミカちゃんの声が聞こえてくる。その言葉を発する事に躊躇した僕は、確認の為に心の中で幽霊に聞き返す。



「え?本当にそのタイミングでそれを言うの?」


「うん!きっとこれが、リナを1番元気に出来る言葉だと思う」


「マジかよ……」



 僕はミカちゃんが、どうしても最後に行って欲しいと言う言葉を預かった。

 

 しょうがないなと思いながらも決心した僕は、泣いているリナさんに声をかける。



「リナさん?もう一つ伝言があるのですが、良いですか?」


「……はい。ミカの伝言なら全部聞きたいです」



 僕は大きく息を吸いなおし、意を決して最後の伝言を伝えた。



「リナのパンツは地味すぎる!もっと可愛いパンツに変えろ!……との事です」



 一瞬、僕の顔を見つめたまま固まっていたリナさんは、静にその視線を自分のお腹の下へと移す。

 

 つられて僕の視線もリナさんのスラっとした足の付け根へと動き、しばらく見つめてしまう。

 

 すると、お腹を抱えてリナさんが大きな声で笑い出した。

 


「ぷっ!あはははははは」



 その瞬間、リナの心を縛っていた重い呪縛が、その笑い声と共に解けていくのがわかった。


 だがそれとは違い、すぐにリナさんのおまたから視線を外した僕は、なんだかここに居たたまれなくなり、逃げるようにこの場を離れる事にした。

 


「で、では、僕は帰ります」


「はい。ありがとうございました」



 リナさんは始めに見た時の顔とはまったく違い、涙交じりの綺麗な笑顔で、僕に頭を下げてくれた。

 

 そして腰に手を当てながら、玄関の前で叫んだ。

 


「私もミカに言っておくね。ミカもフラフラしてないで早く成仏しなよ。もしまだ成仏したくないなら私の所においで」



 その言葉にミカちゃんは何も返事をせずに、涙を堪えながら可愛らしい笑顔をリナさんに向けていた。






 アパートを離れ、ミカちゃんの後ろを着いて行くと、徐々にその姿が薄くなっている事に気付いた。


 彼女が成仏をする前に、僕はどうしても気になっていたことを意を決して彼女に尋ねた。



「ミカちゃん?どういう事なのか本当の事実を教えてよ。本当は彼女を守ったんだろ?そのせいでミカちゃんは命を……」


「ひーさんって実は結構鋭いよね」


「まぁ、霊が視えるくらいだし、普通の人よりは感が鋭いのかもしれないね」



 少し黙ってから、静かに真実を教えてくれた。



「……あいつ……あたしを刺した奴は、本当はリナのストーカーだったんだよ」


「え?じゃあ、何でミカちゃんが刺されたの?」


「リナに付きまとっていたそいつを見かける度に、あたしがぶちのめして追い返したりしてたんだよね」


「ミカちゃんって強いの?」


「小っちゃい頃から空手やってた」


「今も小っちゃいじゃん…」


「あ?」


「……すみません……それで話の続きは?」



「だけどある日、リナとの帰り道で後ろから嫌な気配がして振り返ったら、包丁を持ったそいつを見つけちまってさぁ。


リナの部屋についた時に、忘れ物をしたって嘘をついて外に出て警察に通報しようとしたんだ。


寮から少し離れた所で電話してたら犯人に見つかっちゃってさ。抵抗する間もなく後ろからブスっとやられちゃった」



「……そっか……ミカちゃんも大変だったね」


「リナを庇って私が刺されたなんて知ったら、リナは一生自分のせいで親友が死んだって暗い部屋で泣き続けるだろ?そんなの胸クソ悪いじゃん!だから私のストーカーってことにした」


「120円を返したいからってのは嘘だったんだね。もう……素直じゃないんだから……」


「いや、嘘じゃないよ。私が電話を掛けに外に行くときにジュースを頼まれて120円を渡されたんだよ。


だから返したかったのも嘘じゃない。……秘密だよ?リナに言うなよ?」


「ミカちゃんって、実は優しいんだね」


「それはもっと早くに見抜いて欲しかったよ……感の良いひーさん♡」


「最初は口の悪いギャルだとしか思えなかったからね」


「まぁ、否定はできないかも……」



 夜道を幽霊と会話をしながら歩く。不思議とこの幽霊に対する怖さも薄れていた。

 


「でも、そのストーカーが出所したらどうするの?またリナさんが狙われるかもしれないでしょ」


「それは大丈夫!」



 自信満々にそう叫ぶミカちゃんを見て、僕の中にある仮説が浮かぶ。

 


「まさか!僕にずっとリナさんを守れって言うの?」


「それはビビりのひーさんには無理だと思うけどな~」


「ずっと守るってことは、僕がリナさんと付き合うしかないか……」


「ひーさんならビビりだから変な事はしなそうだし、それでも別に私は良いんだけど、残念ながら、ひーさんはリナのタイプじゃないかな~」


「……なんだろう……今日1番のショックなんだけど」


「あはははははは」


「でも、もう大丈夫ってどういう事なの?」


「あいつはもうまともに歩く事もできん!病院のベッドで一生天井を見上げて過ごすことになる!」


「え?何をしたの?」


「……聞きたい?」


「……いえ、結構です」



 僕は背筋が凍るような恐怖を感じ、それ以上聞くのをやめた。

 

 

 

 しばらく歩くと、いつもの見慣れたガードレールに差し掛かると、ミカちゃんが立ち止まった。



「んじゃ、ひーさん。本当にありがとうございました」



 僕に向かって丁寧にお辞儀をする幽霊のミカちゃんが聞けかけた時、僕は慌ててそれを止める。

 


「待った!」


「え?なに?」


「……ご褒美は?約束の報酬は?」


「……完全に忘れてた……ってか本気にしてたんだ」


「……本気でした」


「しょうがないな~」



 そう言いながらミカちゃんがスカートの裾を掴む。

 


「これがお礼だ!しっかり目に焼き付けな!」



 ミカちゃんはニヤリと笑い、豪快にスカートを捲り上げた。


 そこにはバッチリ……黒い短パンが見えた。



「……なにこれ……パンツは?ってか履いてない筈じゃないの?」


「約束はパンツを見せるじゃなくて、スカートの中を見せるだろ?約束は守ったじゃないか!それに、ちゃんとパンツは履いてなかっただろ?」


「そ、そんなぁ」と、僕はその場に崩れ落ちる。


「今どきの普通の女子高生のスカートは短いが、パンツ丸出しなんて少ないぞ?」


「そうなの?」


「そのくらい女子高生のパンツには価値があるのだよ♡」


「さいですか……」




「……でもこれで未練がはれたわ。ひーさん。本当にありがとう。マコから聞いた通りの優しい良い人だったよ」




 消える前のミカちゃんは、これまで見せていた小生意気な態度が嘘のような、もの凄い可愛い笑顔を見せた。

 


 そして彼女は夜風に舞う光の粒となって消えていった。

 


 そんな光景を見せられた僕は思う。

 

 結局またいいように幽霊に使われただけか……

 

 

 冷え切った体を引きずり僕は自宅へと歩く。


 帰り道で見かけた自販機の前でふと思いつく。


  そう言えばミカちゃんて、ジュースを買う前に幽霊になっちゃったんだよな。


 そのくらいなら買ってやるか……。

 

 

 そう思い、持っていた小銭を自販機に入れる。



「ん?なんでだ?」



 小銭を入れるが自販機のボタンが光らない。



「……10円足りないのか……自販機の値段が130円になってやがる」


「ごめんミカちゃん!また今度買ってあげるから、ちゃんと成仏してね」



 僕はすべてを忘れようと、凍える夜道を全力で走って帰った。


おしまい

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