第一話 地縛霊の奴隷になった結果
十二月の寒風というのはどうしてこうも人の心を削ぐのだろう。
アスファルトを吹き抜ける風はもはや気体ではなく、見えない刃物となって頬を切り裂いてくる。
僕は身体を小さく丸めながら、夜道を急いでいた。
時刻は午後八時を回ったところだが、冬の夜は既に真っ暗だ。
残業で疲れ切ったサラリーマンに対する仕打ちとして、この寒さはあんまりだ。
「……早く帰りたい」
熱いシャワーを浴びて、早く布団に包まりたいその一心で足を速める。
しばらく歩くと、前方に見慣れたガードレールが見えてくる。
そこは、この通勤路で僕が最も通りたくない場所だった。
ヘッドライトに照らされると、墓標のように白く浮き上がるその場所には、いつからか花束が供えられるようになっていた。
「……見ない。絶対に見ないぞ」僕は自分に言い聞かせる。
こんな寒い日に、ウロウロと外を出歩く幽霊なんて、よほどの物好きか、あるいは……。
視線を足元のアスファルトに固定し、通り過ぎようとしたその時だった。
僕の視界の端というのは、こういう時に限って余計な仕事をする。
白い鉄枠の脇に供えられた青紫色のリンドウの花束の隣。
そこに女性が、ちょこんと座っているのをバッチリ捉えてしまった。
「ひーーーーー!!」
喉の奥から、自分でも情けなくなるほどの裏返った悲鳴が飛び出した。
心臓が早鐘を打ち、全身の毛穴という毛穴が恐怖で引き締まる。
僕はビクッと身体を跳ね上げさせ、後ろに下がろとするが、足がもつれ無様に転倒した。
「痛たた……」尻に走る鈍い痛み。
けれど、そんなことを、気にしている場合ではない事に気付く。
……終わった。完全に目が合ってしまった。
座り込んでいたのは若い女性だった。ウェーブがかった茶色の髪、育ちの良さそうな顔立ち。
しかし異様だった。
彼女はこの極寒の屋外で、薄手のグレーのニットに、白いロングスカートという秋口のような格好をしていたのだ。
コートも羽織らずマフラーもしていない。
普通ならガタガタと震え、吐く息が白く濁るはずだが、彼女は微動だにせず、白い肌には鳥肌ひとつ立たず、呼気は透明なままだ。
僕はガチガチと歯を鳴らしながら、頭の中で警報を鳴らす。
伊達に幼い頃から、この視える体質と付き合ってきたわけじゃない。
経験上、この手の地縛霊は二種類に大別される。
ひとつは、自分が死んだことに気づかず、この世に留まっている霊だ。
もう一種類のパターンは、誰かを自分と同じ目に遭わせようとする奴だ。
今、僕の前にいる霊の目は虚ろじゃない。
自分の死をはっきりと理解している理知的な目だ。
ということは後者の霊……つまりタチの悪い悪霊ということになる。
僕が恐怖で硬直していると、彼女はスーっと立ち上がった。
「……くる……これは人に依存するタイプの霊だ」
とりあえず、近くの神社か寺に逃げ込もうと思ったが、転んだままの状態から動く事が出来ない。
僕はギュッと目を閉じて身構えた。
「驚かせてしまいましたね。こんなにも、お足元の悪い中なのに、私がこんな所に居るせいで転んでしまって……申し訳ありませんでした」
聞こえてきたのは、寒風にかき消されそうなほど細く、けれどあまりにも流暢で丁寧な謝罪だった。
「え?」予想外の言葉に、僕は閉じていた目を開く。
目を開けると、幽霊の顔が僕を覗き込んできた。
「ひーーーーー!!」と、本日二度目の絶叫をあげる。
滅多には出会わないが、話せる霊も居ることは居る。
だが、悪霊だという僕の完璧な考察と、耳に入ってきた丁寧すぎる謝罪のギャップに脳の処理が追いついてこない。
パニックになる僕を彼女は心配そうに覗き込んでいる。
「あの~。お怪我はありませんか?」
彼女は困ったように眉を下げ、少しも悪霊らしい覇気がない。
むしろ、めちゃくちゃ恐縮している。
なんだこれ……調子が狂う……でも怖いものは怖い。
「僕、霊感とかないです!ただの独り言が多い不審者です!」
そんな意味不明な言い訳を叫んで逃げようとする僕を見て、彼女は不思議そうに小首を傾げスッと真顔になる。
「あの、私のこと視えてらっしゃいますよね?」
「視えてません!独り言です!」
「……さっき目が合いましたよ?……今も合っていますよ」
幽霊女が普通に話しかけてくるので、慌てて逃げる口実を探す。
「気のせいです!僕は何も知らない!」
「声も聞こえてますよね?」
「聞こえてません!」
「お願いします。私の話を……」
「何も見えないし聞こえてません!ああー!風の音がうるさいなー!」
僕が耳を塞いで拒絶すると、彼女は少し考え込むように顎に手を当てた。
そして、にっこりと花が綻ぶような美しい笑顔を見せた。
「……そうですか。視えていない、聞こえていないと言う事なら、こっそりとあなたを祟っても気づかれませんね」
サラッと言った!今、この人、笑顔でとんでもないことを言った!
「ひぃーー!視えてる!視えてます!聞こえてます!だから祟らないで!」
僕は即座に両手を上げて降参した。
「やっぱり……嘘はダメですよ?」
少し頬を膨らませて、怒っている幽霊女に、すかさず誤りを入れる。
「すみませんでした」
「許してあげますので、代わりに私の話を聞いてくださいね」
にっこりと笑う幽霊の女の子を見て思う。
前言撤回。やっぱりこいつは、タチの悪い悪霊かもしれない。
彼女は改めて僕に向き直ると、深々と頭を下げた。
「脅すような真似をして申し訳ありません。ですが、どうしてもお願いがあるのです。
厚かましいお願いだとは重々承知しておりますが、私の母に、ある言葉を伝えていただきたいのです」
「は、はぁ?なんですかそれ」
「お願いします!私が視えて、声が聞こえる人なんて、他にいないんですよ!」
「嫌です!赤の他人の家なんて行きたくないです。
夢枕に立つとかして、自分で伝えればいいんじゃないですか?」
僕が断ると、肩をすぼめてスカートの裾をギュッと掴んで、泣きそうになっている。
「それができればどんなに良いか……私はなぜか、この場所から離れられないのです。それに母の夢に出ることも、やり方を知らないので、できません」
「ああ、なるほど。やっぱり地縛霊ってやつですか……」
「……そうだと思います。他の幽霊さん達は皆、好き勝手に移動してるんですけどね」
(こいつ……幽霊の仲間がいるのかよ。こいつから逃げてもそいつ等に追われたら意味無いじゃん)
どうしたものかと悩んでいると、今にも泣きだしそうな顔で幽霊の女の子が僕に追い打ちをかけて来る。
「お話だけでも、聞いて頂けませんか?」
少し可哀そうだと思ってしまい、お話だけなら……と返事を返すと、彼女の顔がパッと明るくなる。
「ありがとうございます」
両手で頬を覆い、ニコニコと僕を見ている幽霊を見て、つい思ってしまう。
可愛いじゃね~か……。
一応いつでも逃げ出せるように、僕は少し彼女から距離をとり、近くの神社の場所を思い出しながら話を聞くことにした。
「それで、そのお話ってなんですか?」
彼女は供えられた花を見つめ、そして一呼吸してから、少し下を向きながら話し始めた。
「母が毎日ここに来て、自分を責めて泣いているんです。そんなの見ていられなくて……私はもう怒っていないと、そう母に伝えて欲しいのです」
彼女の大きな瞳が、今にも泣き出しそうなほど潤む。
僕はビビリのくせに、こういう湿っぽいのに弱い。
でも寒いし怖いし、何より幽霊になんて関わりたくないと思う気持ちは全く消える事は無い。
僕は心を鬼にして首を振った。
「無理です!僕には関係ないことですし、寒いですし帰ります」
僕が立ち去ろうとすると、彼女はさらに悲しげに消え入りそうな声で呟いた。
「そうですか……でもこのままですと断られた事が忘れられなくて、あなたの事を祟ってしまうかもしれませんね……」
彼女の顔を見てみると、さっきまでの笑顔は完全に消えている。そして僕をまっすぐ見つめている。
「どうしよう……私は誰かを呪ったり祟ったりしたくないのに……このままだと、私の意思とは関係なく、私の中の悪い子が暴走してしまいそうです。……どうすれば、いいでしょうか?」
そんな事を呟きながら、彼女は僕をまっすぐ見つめている。
「きょ、脅迫だ!これは幽霊による恐喝だ!」
彼女の目を見ずに反論をしてみる。
「私はあなたの事を、祟りたくなんて、ないんですけどねぇ……」
囁くような彼女の声に、僕はチラッと視線をあげて顔を見てみる。
幽霊女の目は、まったく笑っていない。
とにかく逃げ場はないという、圧力だけは伝わってくる。
「わ、わかりました!行けばいいんでしょ!行けば!」
僕は涙目で叫んだ。祟られるよりは、お使いの方がマシだ。
ようやく僕が折れると、彼女はパッと顔を輝かせた。
「ありがとうございます!えっと……」
言葉につまったかと思うと、すかさず質問が飛んでくる。
「あなたのお名前は、なんですか?」
「え?僕の名前ですか?」
「はい。なんて、お呼びすれば良いですか?」
個人情報を隠しながら生きる現代において、見ず知らずの人に本名を言う事すら躊躇ってしまう癖がついているのに、幽霊に名前を教える事なんてできる訳がない。
「僕の名前を知って何をする気なの?もしかして、僕が逃げたら祟る時に使うの?」
軽い気持ちで、そう告げてみる。
「……そうかも、しれませんね」
真顔で近づきながらそう返してくる、彼女の言葉も顔も怖すぎた。
「ひ、ひーーーーー!!」
本日、三度目の絶叫が、静かな夜の住宅街に響き渡った。
すると、彼女はポンと手を打って真顔で頷いた。
「なるほど。ひーさんですね」
「え?ひーさん?」
「さっき自分で、ひーって仰ったじゃないですか」
「それは君が顔を近づけて来たから、悲鳴をあげてしまっただけで……」
「では、よろしくお願いしますね。ひーさん」
彼女は僕の抗議を華麗にスルーし、優雅に微笑んだ。
彼女の名前は、マコというらしい。
なんでも、彼女が亡くなった日の朝に母と喧嘩をした事で、いつもよりも早く家を出たら事故にあったとの事。
その事を『母のせいじゃ無い』と伝えたいのだそうだ。
マコさんに教わった家は、花が供えられていた場所から、歩いて十分ほどの距離にあった。
立派な一軒家だが、どことなく家全体が暗く沈んでいるように見える。
「……帰りてぇ」
地縛霊のマコさんは、ここまで来る事すらできない。
僕はこれから、一人で見ず知らずの他人の家のインターホンを押さなければならないのだ。
不審者だよ……。どう考えても不審者だよ……。
でも戻れば幽霊にマコさんに祟られる。
「ええい!ままよ!」
僕は震える指で、インターホンのボタンを押した。
「ピンポ~ン♪」と聞きなれた音がする。
しばらくすると、インターホン越しに女性の声がした。
「……はい」
元気のない声が聞こえてくる。
「あ、あのぅ……マコさんのことで、お伝えしたいことがありまして……」
僕が恐る恐る切り出すと、空気が張り詰めるのが分かる。
「……どういう事ですか?」
相変わらず聞こえてくる声は弱弱しいが、少しだけ僕に興味を持ったことがわかる。
「えっと……その……マコさんから伝言を預かって来まして……」
「マコとは、どういった関係なんですか?」
「さっき知り合って、祟ると脅されただけの関係です」
沈黙……そして氷点下の冷たさを帯びた声が返ってきた。
「……帰ってください。……警察呼びますよ?」
それだけを僕に伝えると、すぐにガチャリと通話が切れた。
「だよねー!普通そうなるよねー!」
見知らぬ家の前で少し考えてみる。
警察が来る前に、ここを離れなければと思ったが、手ぶらで帰ればマコさんに何を言われるかわからない。
僕はポケットから手帳を取り出し、震える手で走り書きをした。
『娘さんは怒っていません。自分を責めないで』
これで良いはずだ。
寒いから文字がガタガタなのも、幽霊からの手紙っぽくて良い味をだしている。
僕は殴り書きのメモをちぎり、郵便ポストにねじ込むと、逃げるようにその場を後にした。
次の日、仕事終わりに昨日の道を通ると、マコさんが心配そうな顔で待っていた。
「あ!ひーさん!どうでしたか?」
マコさんがこちらへ駆け寄ろうとするが、一定の距離以上は進めないようだった。
しばらくの間、必死で見えない何かに抵抗しているマコさんを眺めていた。
そんな様子を数分、眺めていると、マコさんが怒りだした。
「はぁ、はぁ……なんでそんなに遠くに居るんですか!もっとこっちに来て下さいよ!」
どうやら、僕の方へ来ることを諦めたようだ。
「母はどうでした?ちゃんと伝わりましたか?」
「一応行ってきましたけど、まったく信じて貰えませんでした。警察呼びますよって言われて切られました」
「そ、そんな……」その場に座り込み、落ち込むマコさん。
「でもマコさんのお願いは、ちゃんと済ませてきましたので、僕はこれで帰りますね」
「……話せなかったのに、どうやって伝えたんですか?」
「素晴らしい置手紙をポストにぶち込んで来ました!」
僕はそそくさとその場を去ろうとしたが、マコさんが慌てて僕の前に回り込む。
「待ってください!手紙ってなんですか!ちゃんと口で伝えてくださいよぉ!」
「無理ですよ!これ以上やったら、本当に警察を呼ばれますって!」
「お願いします!ひーさんならできます!
むしろひーさんにしか出来ません!」
僕達が揉めているその時、道路の向こう側から誰かが歩いてくる音がし、二人でその方へ視線を向ける。
「あ!お母さんだ!」マコさんが嬉しそうに叫んだ。
街灯の明かりの下、憔悴しきっている中年の女性が歩いて来る。
確かにマコさんと母娘だと言われれば疑わないだろう。
マコさんを少し太らせ、歳を取ればかなり似ている気がする。若い時はきっと美人さんだったのだろうなと思う。
その手には、僕がポストに入れたメモが握りしめられていて、読んでくれたのだと安心した。
しかし僕に気付くと、その場に立ち止まり、凄い形相に変わりこちらを睨んでいる。
「たぶんだけど、君は昨日の夜に家に来た人ね」
その問いかけに、素直に「はい」と答えてしまった。
「こんな悪戯をして何が目的なの?お金?それとも娘を冒涜して楽しんでいるの?」
完全に最悪の方向に誤解されていると思い、慌てて弁解をする。こんな事で警察沙汰になったらと思うと、幽霊も怖いが現実世界の制裁も怖い。
「ち、違います!僕はマコちゃんなんて知りません!人違いです!」
とっさに嘘をつき、僕は逃げようと背を向けたが、マコさんが行く手を阻むように立ちふさがった。
「ひーさん!今です!今なら顔を見て話せます!」
「無理だって!これ以上関わったら僕の人生が終わる!」
僕とマコさんが言い争っていると、後ろからマコママの声が聞こえてくる。その声は、昨日僕に『呪う』と言っていたマコさんの声よりも数倍は重く感じられた。
「君……意味の分からない事ばかり言ってないで、せめてこっちを向いて話なさい!」
後ろのマコママの声に気を取られていると、前を塞ぐマコさんが叫びだした。
「早く!今なら話を聞いてくれます!お願いします!」
前後からの圧力に逃げ場を失った僕があたふたとしていると、マコさんの叱咤が飛び、胸に全力で突き飛ばされたような衝撃が走った。
「意気地なし!」
その声と同時に、何もない空間から強い力で押され、僕は後ろへとつんのめった。
「わっとっと!」と数歩下がり、気配を感じ振り返ると、マコママが目の前に立っていた。
何この母娘の連携技……僕は完全に逃げるタイミングを失った。
「チャンスです!私の言葉をそのまま叫んでください!」
必死に僕に訴えかけるマコさんを見て、僕は観念した。
……やるしかない。やって終わらせるしかない!
僕は覚悟を決め、マコさんの言葉を自分の魂に乗せて叫んだ。
「お母さん!あの日の卵焼きしょっぱかったよ!」
マコさんの言葉を、僕はそのままマコママへ伝える。
「お母さん!あの日の卵焼きしょっぱかったよ!」
その言葉に、マコママは目を丸くして驚いている。今しかないと思った僕は、次の言葉を叫ぶ。
「でも本当は、お母さんの甘じょっぱい卵焼きが一番好き!」
マコさんの想いを僕がそのまま叫ぶ。
「しょっぱい卵焼き?それって私とマコしか知らないはずなのに……何で君が知ってるのよ」
するとマコさんが僕の体をすり抜け、マコママの前に立ち叫ぶ。僕の意識はそのままなのに、知らない情報が勝手に僕の口から出て来る。
「お母さんだっていつも忙しいのに、いつもいつもご飯を作ってくれてありがとう……。
なのに文句ばっかり言ってた……ごめんなさい」
「嘘……マコ?そこにいるの?」
僕は畳み掛けるように、マコさんの溢れる想いを叫び続けた。
「あの日、行ってきますって言えなくてごめんなさい!
あの日、どうでもいい事で喧嘩しちゃってごめんなさい!
あの日、ごめんねって言えなくてごめんなさい!
本当は、お母さんの事が大好きだよって言えないまま死んじゃってごめんなさい!
私のせいで、毎日悲しい思いをさせちゃって……ごめんなさい。
……お母さんよりも先に死んじゃって……ごめんなさい」
僕の目からも勝手に涙が溢れてくる。
「うわ~~~ん。お母さ~ん。ごめんなさ~~い」
マコさんからの最後の伝言は、幼い少女が母に叱られて、泣きながら謝っているような、純粋な子供の叫びだった。
僕の伝言が途切れると、母親はその場に崩れ落ち、子供のように泣きじゃくる僕の声に応えるように慟哭した。
「……お母さんこそ……ごめんね」
その言葉に、マコさんが母親の隣にしゃがみ込み、その背中を愛おしそうに抱きしめる仕草をしていた。
しばらくすると、母親の涙は少しずつ穏やかなものに変わっていくと、やがて涙を拭い顔を上げた。
その目は僕にしか視えないはずの、マコさんがいる空間を真っ直ぐに見つめていた。
「……君に、マコに伝えて欲しい事があるの」
「はい。しっかり伝えます」と僕が答える。
「こんな所に居ないで、さっさと家に帰って来なさい!」
母親の叱声が寒空に響いたその瞬間、マコさんの顔いっぱいに笑顔が咲いた。
「うん!お母さん!私!お家に帰る!」
マコさんは立ち上がり、スカートの裾をつまんで深々とお辞儀をした。
「ありがとうございました。ひーさん♡」
不思議な事に、マコさんが話し終わるのを待っていたかのように、マコママも話し出した。
「君の事、変な人だと思っちゃってごめんなさいね。
信じられない事のはずなのに、君の声は娘のマコそのものだったわ」
そう言うと僕に深々と頭を下げ、2人で夜道を帰って行った。
マコさんは母の横に寄り添い、スキップでもしそうな足取りで母についていく。
ふと母親が振り返った。
「そうそう……言い忘れてました。お手紙ありがとね。あの手紙を読んでマコに会いたくなっちゃって、今日ここに来たの。本当に来てよかったわ」
もう一度、二人揃って僕に丁寧に頭を下げると、仕草がまったく同じで驚く。
一人残された僕はガードレールのすぐ傍で、二人の背中が見えなくなるまで黙って見送った。
「……はぁ……マジで疲れた」
僕はガードレールにへたり込んで空を見上げる。
冬の夜空には、やけに明るい月が浮かんでいた。
「さっむ!」
僕は鼻をすすりながら重い足を引きずって歩き出した。
もし風邪を引いたら、あの幽霊に治療費を請求しに……いや、二度と会わない方が身のためか……。
僕は苦笑いをして、誰もいなくなったガードレールを背にした。
そう言えばマコさんって地縛霊だったんじゃ……そんな事がふと頭をよぎったが、どうでもいい事は忘れて、早く家に帰ろうと思った。




