大出世……?
「なるほど、王都に出稼ぎですか」
「うん。本当なら朝イチの馬車で向かうつもりだったんだけどさ」
「鞄を落としてしまったんですね……」
「そうなんだよねえ」
侍衛の仕事を引き受けた私は、ひとまずリルファーナの家に案内されることになった。
その道すがら、私は彼女に頼まれて『学都』に来るまでの話をしていた。
「もーほんとにやらかしたよ。バレたらお母さんにすんごいお説教されちゃうもん!」
「飢え死に一歩手前でしたもんね」
まさか私も、昔に遭難した森以外で飢え死にするとは思わなかった。しかも大きな街の中で。
「リルファーナは命の恩人だよ。本当にありがと!」
「あはは……」
リルファーナは私のやらかしっぷりに引き攣り気味の苦笑い。彼女の綺麗な紫の瞳が遠慮がちに私の頭の上を見た。
「ところで、その……ミナルカ? 貴女の頭の上に陣取っている子は?」
「ん? おもちのこと?」
『ナァ?』
リルファーナが小刻みに首を縦に振る。
私の頭の上を陣取って、半分溶けたような格好で鳴く毛玉の化身に、リルファーナの好機の視線が注がれた。
「犬や猫ではないですよね? 南部の生き物ですか?」
「んーと、わかんないんだよね」
「へ?」
『ナー』
わかんないよねー、みたいな雰囲気で同調するように鳴くおもち。自分のことでしょ、お前はわかっててよ。
「この子、私が森で拾ったの」
初遭遇の時、こやつは木漏れ日の下で呑気に日向ぼっこをしていた。魔獣がいる森で寝息を立てて鼻ちょうちんまで膨らませる無警戒っぷり。
なんと私が触るまでまったく気がつかなかったのだ。今までどうやって野生で生きてきたのか心配になったのを覚えている。
で、なんやかんやあって私にくっついてきた。
同じ毛玉の仲間を探す素振りもなかったし、そのままなし崩しで飼うことになった、という経緯があったりする。
「私以外にもお父さんに懐いてたから魔獣じゃないと思うけど……犬種……品種?は村の誰も知らなくてさ。だからよくわかんないまま飼ってるの」
「なるほど……?」
私のいい加減な説明に首を傾げたリルファーナは、おっかなびっくり、おもちに手を伸ばす。おもちはチラッとリルファーナを見たあと、珍しく、特に抵抗することなく触るのを容認した。
「わ、柔らかい。それにおとなしい子ですね」
「普段はもっと警戒するんだけどね。ごはんもらったからいい人判定してるのかも」
『ナァ』
肯定の鳴き声だった。
昔っから警戒心の割にチョロいんだよね、コイツ。
「そういえばわたし、何も聞かずにりんごをあげちゃいましたけど……」
「大丈夫だよ、おもち雑食だから。肉魚野菜なんでも食べる」
「それならよかったです」
リルファーナがほっと胸を撫で下ろした。
おもちの心配までしてくれるなんて、私はやっぱり良い雇い主に出会えたみたい。
「ちなみになんですが。頭、重くないんですか?」
「昔は重かったよ。でも今は鍛えたからへっちゃら! ほら!」
『ナ!』
平気なことをアピールするように、指でおもちに合図して頭の上でピョンピョンと跳ねてもらった。それをしっかり受け止めると、リルファーナが口を開けて唖然としていた。
「す、凄いバランス感覚ですね」
「鍛えたからね!」
「鍛えてどうにかなる領域ではないような……?」
十二年、毎日欠かさず続けた特訓の成果のうちひとつだ。
「そういえばリルファーナ、侍衛ってどんなお仕事なの?」
側仕えって言われたけど、その辺の知識がまったく無かった私は思いきって聞いてみた。
「どんな、と言われますと……わたしのことを守ってもらう仕事、ですね」
「用心棒みたいな?」
「はい、その認識で合ってますよ」
ふわりと柔らかい笑顔を浮かべるリルファーナ。仕草がすごく綺麗で言葉遣いも丁寧。なんかこう、すごく“お嬢様”って感じだ。
私と同い年くらいに見えるのに私のことを雇えるみたいだし……もしかしてリルファーナのお家はとても裕福なんじゃ?
「そんな大事な仕事、ほぼ初対面な私に頼んじゃっていいの?」
「もちろんです!」
リルファーナは一歩前で振り返って、紫の真摯な眼差しで真っ直ぐに私の瞳を射抜いた。
「貴女は見ず知らずのわたしたちを助けるために、たったひとりで魔獣に立ち向かってくれた。その後も、救助が来るまで怯える人たちを励ましていました。そんな人柄の貴女になら……いえ、貴方にこそ頼みたいとわたしは思っています」
「そ、そう? なんか照れるな……えへへ」
真っ直ぐに褒められるのがくすぐったくて、私はにへらと笑って後頭部を掻いた。
一歩、目標に近づいた気がして嬉しかったし、守れてよかったと改めて思った。
「それじゃあ、私の仕事はリルファーナに危険がないようにそばで守るってことでいいの?」
「おおむねその通りです。ただ……」
一度そこで口ごもったミナルカは、『学都』中央に陣取る大きな建物を見上げる。
真っ白な外壁に囲われた立派な建物。一目で特別なものだってわかるそれをつられて私も見上げていると、隣のリルファーナが切り出した。
「ミナルカには、ちょっと変わったお願いがあって」
「変わった?」
「護衛の一環で、わたしと同じ——この魔術学園に通ってもらいたいんです」
「………………はへ?」
◆◆◆
ハステア魔術学園、という名前らしい。
王国中の有望な子供たちが集まって、魔術を学びながら切磋琢磨する場所なんだとか。
リルファーナの説明では、百年以上も歴史がある由緒正しい学び舎らしい。
「ヤ、ヤバいよおもち……!」
そんな学園の応接室でひとり待つ私は、膝上に抱きかかえたおもちをギュウギュウと圧迫しながら青い顔。
『ナ゛ァ゛……』
「そうなの! ヤバいの!」
二つ返事で引き受けちゃったお仕事は、リルを護衛するために一緒に魔術学園に通うというもの。
ここでひとつ、私には大きすぎる問題がある。
「私、魔力なんてこれっぽっちもないのにぃ〜!」
私……ミナルカは、魔術を使うために必要な魔力を、生まれつき全く持っていないのである!
つまり、魔術なんて絶対に使えないのだ!
「詰んだ……! お仕事探しに逆戻りだよお……!」
『ナ゛、ナ゛ァ゛……』
部屋の外に聞こえないように小声で絶望する。
せっかくリルファーナが熱のこもった勧誘をしてくれたのに、私の体質のせいで断らなきゃいけないなんて……。
軽い試験を行うから待ってろ、と言われて待たされているわけなんだけど、気分はお母さんのお説教が確定した時みたいだ。超こわい。
ちなみに本当ならもっと難しい試験をいくつもこなさなきゃいけないらしいけど、リルファーナの推薦のおかげでそのほとんどを無条件で免除してもらえている。
……もしかして、リルファーナのお家ってかなり凄い?いや、だとしたらその期待を裏切るのが余計に怖い……!
「……いや待って?」
追い詰められた私はふと冷静になる。
もしかしたら入学試験では魔術に関する能力を測らないかもしれない。それか、私の身体能力である程度誤魔化せるものかもしれない!
「もうそこに懸けるしかない! 魔力ない問題は入学後にもあるだろうけどひとまず先送りにできる!」
——だからどうか、誤魔化せる試験内容でありますように!
「んじゃ、この水晶板に手ぇ置いてくれ。まずはお前の魔術適正……“魔力の色”を調べっから」
私渾身の祈りは、くたびれた顔をした赤髪赤目の男教師の無慈悲な宣告で粉々に砕け散った。
「ナァ……」
あまりの絶望に、おもちの鳴き声みたいな悲鳴がこぼれた。




