第16話 使役者(テイマー)
聖イリス教国近郊
薄暗い森の中、小さな洞穴から微かに光が漏れ出ていた。
洞穴の中には、祭壇が置かれていた。
しかし、その祭壇に祀られていたのは、女神イリスではなかった。
黒装束を着た怪しげな男が、祭壇の前に跪き、狂気的な声色で信仰の対象へ祈りの言葉を捧げていた。
「ああ、偉大なる悪魔“ルシファー”様!
あと、もう少しだったのです!!
あと、もう少しで、忌々しい女神の都を滅ぼせたのです!!」
黒装束を着た男は、始まりの悪魔と呼ばれる存在“ルシファー”を信仰していた。
聖教国より始まり、この大陸全土に広がっている神話には、『始まりの悪魔ルシファーがこの地を滅ぼそうとした際、女神イリスが降臨し悪魔を討ち滅ぼした。』とされている。
そして、人々は女神イリスを唯一神として祀り、“イリス教”と呼ばれる宗教が大陸全土へ広がった。
しかし、中には女神イリスを悪と考える者達がいた。
その者達は、女神イリスの神話は、聖教国が作り出した偽りの話と考え、始まりの悪魔ルシファーこそが人類を導き、救済する存在だと信じていた。
後に、その者達は自らを“悪魔教団”と名乗り、イリス教に関わる施設や人を燃やしたりと、大陸各地で破壊工作を繰り返していた。
悪魔教団は、破壊工作を“粛清”と呼び、対象となる人には、男、女、子供と言ったものは存在しなかった。
全てが、平等に燃やされた。
よって、聖教国は聖騎士団を動かし、大陸各地で破壊工作を行う悪魔教団を次々と討ち取っていった。
そして、悪魔教団は壊滅し、100年以上の間歴史にその姿を現す事は無かった。
今までは…
黒装束の男は、首にぶら下げている、禍々しい赤色の宝石が着いたペンダントを握りしめた。
「これは、わたしの使命…いや、天命!
あの時、貴方様が降臨した事を、“あの御方”が御教えに成った瞬間、わたしの運命は決したのです!」
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ブレロー王国
王都から離れた村で、パンを作っている一家がいた。
その一家は、村の人々から『良心的な価格で、パンを売ってくれる。』と良い評判を受けていた。
しかし、この一家には秘密があった。
この一家は代々、始まりの悪魔ルシファーを信仰する悪魔教団だったのだ。
100年以上前、聖騎士団から逃れる事に成功した、悪魔教団の少年がいた。
その少年は、自身が悪魔教団である事を隠し、この村に住み着いた。
そして、ルシファーを祀る教えは代々受け継がれ、今に至った。
聖教国が教われる3週間前
「オルムンドさん。
おはようございます。
今日も良い天気ですね。」
「ああ、メイベルさん。
おはようございます。
ええ、これだけ良い天気だと、こっちも頑張ろうて張り切っちゃいますよ。」
パン屋の店主オルムンドは、いつも通りの日常を送っていた。
朝日と共に目を覚まし、顔を洗い、仕込みを始める。
仕込みを始めると、村の人々も家から出で、近所の人に挨拶をする。
特に、オルムンドにとって、村娘のメイベルとの挨拶はとても幸せな時間だった。
何故なら、オルムンドは小さい頃からメイベルに思いを寄せていたからだ。
しかし、オルムンドの中には不安な気持ちがあった。
自分の家が代々悪魔を信仰し、それを教えられてきた事を、いつかメイベルに知られてしまうのではないかと思っているからだ。
(もしも、僕の家系が悪魔を信仰している事を知られれば、彼女は離れてしまう…
そんなのは、嫌だ!
…こうなれば、全て捨ててしまおう。
そして、今日メイベルに思いを伝える!
僕には、悪魔や女神なんてどうだっていい!
僕には、メイベルさえいれば!)
オルムンドには、先代程の信仰心は無かった。
子供頃から狂信的な教えの中で育ったが、彼の心はメイベルへの思いによって狂信に染まらなかった。
オルムンドは、家に入り、メイベルへ思いを伝える為、悪魔教団の品々を全て処分しようとした。
「あら?ダメじゃない。
ルシファー様の像をそんな風に扱っちゃ。」
オルムンドの後ろに、黒装束を着た女が立っていた。
顔は、フードで隠されて見えないが、声色と体型で女である事は分かった。
「誰だ?!」
「そうねえ、古い呼び方だけど、“ヴィーリア”と言えば分かるかしら?」
「ヴィーリア?!」
(ヴィーリアと言えば、悪魔ルシファーに使えていた、3人の悪魔の1人…
いやいや、待て!
普通に考えてみろ!
そんなの本当な訳がない!
そもそも、ルシファーだって実在したか分からないんだ!
仮に、実在したとしても神話の時代に、他の悪魔と共に滅んでいる!)
「あら?その顔は何?
もしかして、信じられない?」
ヴィーリアと名乗る女はオルムンドに近付き、頬に手を当てた。
「じゃあ、ちょっとだけ見せてあげる。」
『記憶の伝心』
自身の持つ記憶を、強制的に相手に共有させる魔法。
上空階級魔法 記憶の伝心。
この魔法は、強制的に記憶を共有させる事によって、相手の精神を破壊したり、人間性や価値観を改ざんしまう可能性がある為、禁忌とされている。
魔法が発動されると、オルムンドは白目を剥き硬直してしまった。
この間、オルムンドの脳内には、ヴィーリアと名乗る女の記憶が洪水の様になだれ込んできた。
「そろそろ、良いかしら?」
ヴィーリアと名乗る女は、魔法を止め、オルムンドから手を放した。
1分後
オルムンドは目を覚ました。
しかし、その目は、愛する人の為に因果を絶ちきろうとした決意の目ではなく、抽象的な存在への狂信的な目へと変わり果てていた。
「ああ、ヴィーリア様!
あの御方…偉大なる悪魔ルシファー様は降臨なされたのですね!」
ヴィーリアは、笑みを浮かべオルムンドへ命を下した。
「偉大なる御方の使徒よ!
貴方に天命を与えます!
聖イリス教国に滅亡をもたらしなさい!
さすれば、偉大なる御方もお喜びになります!」
オルムンドは、ヴィーリアの前に跪いた。
「慎んでお受けします!
しかし、わたしの力だけではとても…」
「心配はいらないわ。
貴方にこれを与えましょう。
偉大なる御方からの贈り物よ。」
ヴィーリアは、懐から禍々しい赤色の宝石を着けたペンダントを取り出し、オルムンドへ渡した。
「これは、魔物を従えるペンダト“マヌヴール”。
これを使えば、貴方は魔物を思いのままに操る事が出来るわ。」
「しかし、魔物はどうすればよろしいのですか?
わたしは、魔物のいる場所を知りません。」
不安なオルムンドに、ヴィーリアは優しく言った。
「心配はいらないと言ったでしょ。
貴方が望めば、魔物はやって来るわ。
試しに、使ってみたらどう?」
オルムンドは、試しにゴブリンの襲来を望んでみた。
すると、村の外から10匹のゴブリンが現れ、村を襲った。
その襲撃で村は焼かれ、オルムンドの思い人であるメイベルまでもが殺された。
「あはは、あはは!
やりました!
これで、わたしは偉大なる御方のお役に立てます!」
正気を失ったオルムンドの目には、もはやメイベルの姿は写らなかった。
「上出来よ。
でも、これだけは注意して。
1回に呼べる魔物の数は限られている。
そして、魔物の数はその大きさや強さに比例する。
分かったかしら?」
オルムンドは理解していない様子だった。
「要は、強い魔物を呼べば、それだけ数が少なくなるのよ。
今は、まだ10匹程度だけど、ゴブリンなら50匹以上は呼び出せるハズよ。」
「承知致しました!
このオルムンドが、必ず天命を果たしてみせます!」
「よろしい。
では、もう行きなさい。」
オルムンドは、ペンダントを首にぶら下げ、悪魔教団の品々を持って村を出ていった。
ヴィーリアは、邪悪な笑みを浮かべてオルムンドを見送った。
「これで、良いのかしら?」
「…」
「ええ、上手くいけばね。
それにしても、あの男も災難ね。
自分の手で、愛する人を殺さなきゃいけなくなるなんて。」
「…」
「勿論よ!
私は、貴方を愛しているから、そういう気持ちは分かるの。」
「…」
「もうちょっと、良い言葉は無いの?
せっかく私が…
まあ、いいわ。
この戦いが終わったら戻るわ。」
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「今度こそ、全てを蹂躙し、天命を成し遂げてみせます!
…来たな、我が切り札よ。」
オルムンドの前に、魔物の中でも極めて恐ろしい魔物が姿を現した。
「明日が、女神を祀る邪悪な都の最期の時だ!」
オルムンドは、恐ろしい魔物の頭を撫でながら、他の集まった魔物の軍団を見回した。




