第11話 ハーフリンクの商人
聖天暦484年
ヤンガー川沿いに、1台の荷馬車と5人の冒険者パーティーが聖イリス教国へ向かっていた。
荷馬車には大量の荷物が積まれ、冒険者パーティーはその護衛として、荷馬車を操る若いハーフリンクの商人に雇わていた。
「旦那は、この辺りの土地は初めてなのか?」
パーティーのリーダーが商人に話かけた。
「ええ、まあ。
エルドワールから出た事が無かったので。」
「でも、旦那は行商人なんだろ?
それに、商会や商人ギルドはサーペンス王国にしか無いぜ?」
リーダーの詰め寄りに、少したじろぎながら商人は答えた。
「一応商会には入っていますが、本部までは行ったことが無いんです。
それに、『エルドワールで仕事をしていれば良い』とも言われましたので。」
「へぇ、変わってんな。」
こうした何気無い会話をしながら、一団は聖教国を目指して川沿いを下って行った。
一団は、川沿いを下っていくと流れが緩やかな場所を見つけた。
そこは、森が近く、魚が沢山泳いでいた為、一休みするにはうってつけの場所だった。
一団は、昼食を兼ねて一休みする事にした。
冒険者は、森の中へ薪代わりになる物を取りに行く者を3人、飯の魚を獲りに行く者を2人といった型で仕事を分担させた。
そして、商人は野営を準備する役に任命され、荷馬車から道具を取り出して野営の準備を始めた。
暫くすると、魚を獲りに行ったリーダーと、もう1人の冒険者が戻ってきた。
商人の方は、野営の支度をほぼ終わらせていた。
しかし、火を起こす為の薪がまだ無い為、一行は昼食を作る事が出来なかった。
「おいおい、せっかく魚を獲ってきたてのに、火がなくちゃ焼けねぇじゃねぇか!
あいつら、一体いつまで待たせるんだ?」
リーダーが毒づいた。
「まったくだぜ!
こっちは、腹ペコだっていうのに!」
続けて、もう1人の冒険者も毒づいた。
一先ず、直ぐ焼ける状態にする為、獲ってきた魚の内蔵を取って下処理を終わらせてから、薪が来るのを待つことにした。
待っていると、森の方から微かに声がした。
「…げ…ろ…
にげ…ろ!…」
声は段々大きくなっていった。
薪を取りに行った冒険者が戻って来たと思い、一同は声のする森の方を見ると、1人だけ森の中から出てきた。
しかし、その姿は尋常なものでは無かった。
身体は白い糸に覆われ、何かから死に物狂いで逃げている様だった。
「逃げろ!!
早く逃げろ!!“あいつ”が来る!!」
リーダーは立ち上がり、戻って来た冒険者へ詰め寄った。
「おい、何があった?!他の2人は、どうした?!
それに、その姿…」
「話している暇は無い!!
急いで、荷物をまとめるんだ!!
俺達じゃあ手に負えない!!」
森の中から、木を折る音が近付いてきた。
それは、巨大な何かが近付いている事を示していた。
そして、それは森から姿を現した。
「あぁ…もうお仕舞いだ…
皆喰われちまう…」
森から出てきたのは、黒い体毛に覆われ、8本の鋭い脚と鋭い牙を持った、巨大な蜘蛛“アラグノ”だった。
「嘘だろ…あの森はアラグノの巣だったのかよ!!」
ピュガッガッガッガ…
ピュガァァァァー!!
アラグノは恐ろしい唸り声を上げ、野営をしていた一団を餌と認識した。
唸り声を聞いた馬は錯乱し、一団を置いて逃げてしまった。
「先生方、馬が!!」
「おい!!戻って来い!!
置いていくな!!」
馬は逃げ退路が絶たれてしまった。
森から出てきた冒険者はその場に崩れ、もう1人の冒険者は逃げていった馬を見つめ嘆いていた。
「退路が絶たれたなら、戦うしかない!」
リーダーは、アラグノを前に剣を抜き身構えた。
「無理だ…勝てっこない!!」
そう言うと、嘆いていた冒険者はその場から逃げてしまった。
「あいつ!!」
リーダーは森から出てきた冒険者を見たが、彼は錯乱していて戦える状態では無かった。
「先生!ここは、逃げましょう!」
「そいつは、無理ってもんだ…
馬が無きゃ、あいつから逃げきる事は出来ない…
クソッ!割に合わないぜ!」
リーダーは目をつぶり、何かを決心して言った。
「旦那、あんただけでも逃げてくれ。
俺が時間を稼ぐ。」
「そんな事出来ませんよ!
貴方を見殺しになんて!」
リーダーは、少し笑みを浮かべて続けた。
「ありがとよ。
でも、これが俺の仕事なんだ。
あんたは、あんたの仕事を全うしてくれ。
さあ、行け!!」
リーダーは、剣を握り締め、アラグノに向かって行った。
商人は、リーダーの行いを無駄にしない為に、荷馬車が向かった方へ全力で走った。
リーダーは、商人が荷馬車に辿り着く為の時間を稼ぐ為、勇敢に戦った。
しかし、勇気では実力差を埋める事は出来なかった。
リーダーは、アラグノの体制を崩す為、脚の関節に斬りかかろうとしたが、アラグノはリーダーの方へ顔を向け口を大きく開いた。
リーダーは、危険を悟り、退避しようとしたが、既に遅かった。
アラグノは口から白い糸を放ち、リーダーの動きを止めてしまった。
リーダーは、アラグノから出される糸に覆い尽くされ、蛹の様な姿に成り、まともに身動きが取れなく成ってしまった。
それでもリーダーは、脱出しようと抗うが、アラグノは無慈悲にも毒針を刺し、リーダーを殺した。
その後、死んだリーダーを喰らい、錯乱して動けなく成っていた冒険者も頭から喰らった。
2人を喰ったアラグノは、次に商人を狙った。
商人は必死に逃げたが、ハーフリンクの脚の長さでは、追い付かれるのは時間の問題だった。
そして、遂に商人はアラグノに追い付かれてしまった。
アラグノは、商人が逃げられない様糸で覆い尽くそうと口を開いた。
その時、炎の矢がアラグノの胴体を刺した。
ピュガッァァァー!!
痛みに吠えたアラグノは、矢が飛んできた方を睨み付けた。
そこには、1人の男がアラグノに向かって走っていた。
その男は、色が抜けた様な白い髪を持ち、人とは思えない赫色の眼をしていた。
男は、背中の剣を抜きアラグノの右前脚の関節に目掛けて飛び掛かった。
その速さと跳躍力は、アラグノと勇敢に戦い敗れた、リーダーの比では無かった。
男は、アラグノの右前脚を切り落とすと、今度は左前脚の関節へ飛び掛かり、切り落とした。
アラグノは、両前脚を切り落とされ、その場に崩れた。
男は、アラグノの顔の前に着地し止めを刺そうとした。
しかし、アラグノはそれを待っていたかの様に口を大きく開けた。
そして、糸を出して男を拘束しようとした時、男は左手をアラグノの口へ突っ込み呪文を唱えた。
『炎の息吹き』
男はアラグノの口へ炎を放った。
その炎はアラグノが吐こうとしていた糸に引火し、糸を溜めている尻まで燃え広がった。
そして、尻が中から爆発しアラグノは死んだ。
男は左手に酷い火傷を負っていたが、顔色1つ変えていなかった。
冷静に、腰のポーチからポーションを取り出し、手を治した。
男は手を治すと、商人の方へ行き無事かを確かめた。
「おい、大丈夫か?」
「あぁ、はい…
大丈夫です…」
商人は自分が生きている事と、男の凄まじい戦いに腰を抜かし、まともに答えられなかった。
「落ち着け。もう、終わった。
ところで、ここに白い糸まみれの冒険者が来なかったか?」
商人はリーダーの剣が落ちている事に気付き、全てを悟って、ひきつった顔でアラクノの死骸を指差した。
「クソッ!!
間に合わなかったのか!!
クソッ!」
男は冒険者を救えなかった事を嘆いた。
「彼…らは、ぼく…わたしを守る為に…」
男は目をつぶり、一息ついて続けた。
「そうか…少なくても、あんたを救えたらなら、彼の死は無駄じゃ無かった。」
商人は、漸く立ち上がった。
「あ…あの、ありがとうございます。
あの、貴方のお名前は?」
男は少し考え、身構えながら答えた。
「アルベルトだ。
一応は、冒険者だ。」
「わたしは、パウロという者です。
行商人をしています。
不躾で申し訳ないのですが、わたしの護衛として一緒に来て貰えませんか?」
アルベルトは、助けた相手が行商人に知り、顔を強張らせた。
「悪いが、行商人の護衛は御免だ。」
「そこを何とか。お願いです。
…貴方、さっき仰いましたよね?
彼らの死は無駄じゃないと…」
「それは…」
「お願いです!
この先にある村までで良いんです!
そこから先は、村で新しい護衛を雇いますから!」
アルベルトは、荒らされた野営と近くに落ちていた剣に目が行き、暫く考えて答えた。
「…わかった。
その村まで、護衛してやる。」
「ありがとうございます!
では、その間よろしくお願いします!」
俺とパウロは、握手を交わし、契約が成立した事を証明した。
30,000ペルーで短い護衛。
報酬と仕事は釣り合うが、俺を動かしたのはパウロを命懸けで護ろうとした、前の護衛の思いだ。
そして、俺の仕事はパウロが乗って来た荷馬車を探す事から始まった。
ここまで、読んで頂きありがとうございます。
今回から第2章に入り、アルベルトの冒険が本格的にスタートします。
その為、本編の章設定を軽く解説します。
まず、本編は4章の構成と成っています。
それぞれに、「○○譚」と書かれ章全体の物語を示します。
また、4章別けたのにも理由があります。
4章に別ける事で、それぞれが“起”、“承”、“転”、“結”の役割を持つ事が出来ると考えた為です。
今回からの第2章では、章のタイトルにもある通り、アルベルトが旅の仲間と出会い、パーティーを結成するまでの物語が描かれます。
また、章タイトルにある「狙われた聖教国編」とは、第2章の最初の物語を示します。
本当は、
「○○譚」
「○○編」という上下に分けた構造で作りたかったのですが、無理そうなので横に並べました。
狙われた聖教国編以降は、次章に入るまで
「○○編」だけの章タイトルに成っていきます。
今回の解説は以上に成ります。
これかも応援のほどよろしくお願いします!




