第10話 白狼と呼ばれた冒険者
肌を刺すような強い雨が降る日、俺達の家でザックの葬式が行われた。
葬式は、教会から来た神父が進行を勤めた。
「ザックは良き父であり、勇敢な男でした。
彼は己の使命を全うすべく、華々しく散っていったのです。
全能なる女神イリス様。
貴女様の子を、どうか天へお導きください。」
ザックの最期を知る者は、俺達パーティー以外誰もいなかった。
それが、皆の気持ちだった。
魔物として朽ち果てた最期より、英雄らしく散っていった最期とする事が、彼の尊厳を守る唯一の方法だからだ。
しかし、あの時起きた事は、それだけではなかった…
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ザック…どうして…
「こんな事に成ってしまい、申し訳ない…」
グレイブの言葉を聞き、俺は冷静さを取り戻した。
まだ、仕事は終わってない…
俺は、ザックが残した物を出来る限り集め、馬に積んだ。
「馬車に乗ってくれ…
ザックの為にも、この仕事をやり遂げる…
あんたらを、アスラン王国へ送り届ける…」
しかし、グレイブとロベルは馬車に乗らなかった。
「…アルベルトさん。
貴方の仕事は、ここで終わりです…」
?!
グレイブの言葉に、俺は耳を疑った。
「どういう事だ?!
俺の…俺達の仕事は、あんたらとそこの積み荷をアスラン王国まで護る事だぞ?!」
「…これを見てください…」
グレイブがそう言うと、ロベルは思い詰めた顔をしながら、黙って積み荷を開けて中を見せた。
そこには、何も入ってなかった。
積み荷は、空だった。
「え?…これは…一体…」
「我々は、いわば“囮”です。
我々を襲ったのは、ゴドリン商会が差し向けた…」
グレイブの言葉に、俺の中の何かが切れた…
「てめぇら、一体何を知っている?!
何が目的だ?!
何で…何でザックは死ななくちゃ成らなかったんだよ?!」
グレイブ首に剣を当て、白状するよう脅した。
しかし、グレイブの顔に恐怖はなかった。
あったのは、罪悪感で溢れた顔だった。
「我々の目的は、ゴドリン商会に自らを襲わせ、その証拠を掴み、奴らを失脚させる事でした。」
ふざけるな…このまま切り殺してやろうか…
でも…それで終わらせて良い訳がない…
俺は剣を離した。
「全部話せ。」
「はい。」
グレイブは、この依頼の本当の目的、ここに至るまでの事を全て話した。
「我々、グリーンバッグ商会とゴドリン商会はここ暫くの間対立していました。
現在、ギルド内で高い影響力を持つゴドリン商会は圧力をかける事で我々を牽制し、その結果我々は事業範囲を伸ばせなく成りました。
そこで、商会の会長であるグリーンバッグ氏は、ゴドリン商会を失脚させる為の計画を立てました。
計画の内容は、ご覧の通りです。」
グレイブは、積み荷の箱の裏を見せた。
そこには、サーペンス王国の紋章が描かれていた。
「この紋章…まさか、この依頼は王も関与しているのか?!」
「さようでございます。
王家は、我々の事業に一目置いておりました。
故に、この計画は王家にとっても利害が一致するのです。
我々は、王家から任を受けた事を、ゴドリン商会の息がかかった酒場であえて漏らし、我々を襲わせ、ゴドリン商会が行った証拠を掴み、反逆罪を擦り付け失脚させようとしました。」
「それでか…
“重要な荷”にたった2人しか雇わなかったのは、襲われ易くする為か?!」
「そうです。
大勢の護衛が居れば警戒されます。
その為、護衛には少数精鋭である必要があったのです。」
そんな…そんな事の為にザックは…
「つまり…俺達はいいように利用されたて訳か…」
「我々の任は失敗です。
人を魔人に変える武器は、我々としても想定外でした。
あれでは、証拠を掴む事は…」
「知るかよ…
後は、あんたらで勝手にやれ…」
俺は、商人達を置き去りにして、アスラン王国へ戻った。
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ザックは…俺達は、利用されていた…
神父は追悼と祈りを捧げ、俺達は墓を囲みザックの冥福を祈った。
しかし、“俺達”の中にレイアは居なかった…
「レイア…どうして来ない…」
「アル…母さんにも何か訳があるんだよ…」
知るかよ…ザックが死んだんだぞ…
どうして…どうして?!…
…いや…そんな事、もうどうでもいい…
今は、それよりもやるべき事がある…
…奴らを1人残らず殺してやる!!
俺は、墓に供えられたザックの剣を取り、サーペンス王国へ向かおうとした。
「待て、アルベルト!!
何をする気だ?!」
ギュンターが俺の腕を掴み止めた。
「やるべき事をやるまでだ…」
「そんな事、ザックは…」
ギュンターの手を振り払い、俺は怒りに任せてその場を後にした。
それが、旅立つ前の、皆との最後だった。
………
……
…
サーペンス王国
ゴドリン商会の会長は、自身の計画が上手くいった事を祝い、雇った傭兵達を屋敷へ招いていた。
「先生方、助かりましたよ。
これで、我が商会は安泰です。」
「御安いご用さ。
矢を1発射っただけで、片付いちまうんだからな。
あの冒険者も災難だな。
まさか、自分が生きたまま魔人に成るとは、夢にも思ってなかっただろうよ。」
会長は少し考え、疑うような視線で傭兵の頭に聞いた。
「それで、奴等の荷馬車には何が入っていました?」
「さあな、わからん。」
その答えに、会長は顔を強張らせて更に聞いた。
「分からないとは、どういう事だ?
まさか、奴等ら始末したか確認してないのか?!」
「例の矢を射った後、魔人の唸り声が聞こえたんだ。どうせ、奴等は死んで…」
話の途中で、屋敷の警護兵が慌てて部屋に入ってきた。
「旦那様!
今すぐお逃げください!
白髪の冒険者に、門が破られました!」
会長は、その知らせを聞き顔が青ざめた。
「まさか、生きていたのか…」
「面白ぇ、白狼とか言う冒険者の腕を拝見させてもらおうか。
行くぞお前ら!」
「「「「おう!!」」」」
傭兵達は、頭を筆頭に部屋から出ていった。
許さない…許さない…
殺す…殺す…
1人も逃がさない!!
屋敷へ入ると、そこには警護兵だけでなく、商会に所属する商人、メイド、執事もいた。
だが、関係ない。
商会に関わっている奴は全て殺す!
「ま、待ってくれ!
わたしは、ただの…グァ!!」
殺す…
「お願いします!
どうか…どうか命だけは…ギャァ!!」
殺す…
「おいおい。
てめぇ、随分とひでぇ事してるじゃねぇか。
この惨状、ここは地獄か?」
あいつは…
あの時、一瞬だけ見えた顔…
矢を射った奴の顔…
殺す!!
「何だ、黙りか?
おい、てめぇら!
やっちまえ!」
「「「「おう!」」」」」
そうか…5人だったのか…
でも、関係ない…
虫が5匹いたところで、何も変わらない…
俺は向かってくる傭兵の首を、虫を落とす様に切り落としていった。
こんな、虫にザックは…
俺は血にまみれた顔で、最後の傭兵を睨みつけた。
傭兵の顔は化物でも見ているかの様に凍りつき、身体は蛇に睨まれた蛙の様に動かなく成っていた。
「おい。」
「は、はひぃ!」
「会長はどこだ?案内しろ。」
傭兵は顔を縦に振ると、逃げる様に会長のいる部屋へ走っていった。
部屋の前に着くと、直ぐに扉を開けた。
部屋の中から声が聞こえる…
「おお、先生!
奴を殺して頂けましたか?!」
「ああ…おでぇは…」
「ご苦労。」
俺は、後ろから傭兵の口に刃を突き刺し、そのまま首を捥いで床に転がした。
「ひっ、ひぇぇ!!」
何だよ、うるせぇな…
「おい、お前が会長か?
安心しろ、本物なら殺さねぇ。
これから、たっぷり金を搾り取る予定だからな。」
恐怖で満ちた顔が、希望を持った顔に変わった。
「そう、そうでごさいます!
わたくしめが、ゴドリン商会の会長 グリンベル・ゴドリンでございます!
白狼様!金はお望みのまま、いくらでも…」
「バカか?
俺が、本気で殺さないとでも思ったのか?」
会長の顔は、再び恐怖で満ちた顔へ変わった。
「ありがとうよ。自分から名乗ってくれて。
楽に死ねると思うなよ?
地獄の業火に焼かれながら、苦しんで死ね。」
俺は、会長の首を締め上げた。
「お、おでがいしましゅ…
こどょさないで…」
「もう、聞き飽きたよ。」
『断罪の炎』
最も重き罪を犯した魔法使いへ与えられる処刑魔法、こいつにぴったりの魔法だ…
会長の身体中は炎に包まれ、絶望と苦痛の悲鳴を上げ焼死した。
ゴドリン商会は、焼け焦げた会長と共に潰えた。
俺は最後に、全てを燃やし尽くす為、火の灯ったランタンを床に叩きつけた。
ランタンの火は直ぐに床中に燃え広がった。
俺は、血に染まった自分の手を見つめた。
もう、皆の所へは帰れそうにない…
俺は自分の冒険者証を取り出し、炎の中に投げ入れた。
屋敷を出ると、夜空が煙で更に濃くなり、屋敷は大きな松明となり辺りを照らしていた。
白い髪を血で染めた俺は、灯りの届かない方へ歩み、闇夜へ消えた。




