8話 夢想現実世界
久々に、その名を目にしたような気もする。あいつ…レックスは歴史に残りおとぎ話としてまで語り継がれているがその名前はもう知っているものはほとんどおらずどの書物も『不死王』という言葉で表している。
ま、歴史書の名前なんていちいち覚えてらんないし気持ちは分かるかな。あいつの名前分かりにくいし。
「…さてと、感傷に浸ってる暇は無いし、さっさと再封印しちゃおうかな。」
案の定といったところか、封印が弱まっている。着々とその身に残った呪いが今か今かと封印を破壊しようと蠢いているのだ。
「……ごめんね、レックス。それだけは許容出来ないんだ。偶に話し相手ぐらいにはなるから。許してね。」
杖を天高く掲げ…詠唱を始める。それはフィーナにしか扱えない、六大精霊魔術と封印魔術の複合魔術。洗練された魔術は今尚不死王を封じ続けている。
フィーナは詠唱中に術式の内容を頭に思い浮かべてる。
(術式強度…低下、補強の魔術を書き加える。結界欠損率5割超過、結界を修復して上から対呪い用の結界を重ね掛ける…)
相も変わらず、凄まじい呪いだと実感する。ただそこにあるだけで自分の最高の封印を解こうとしてくるのだ。もうそこに、その男はいないというのに。
長々と考えながら詠唱を終え、その最後の節が述べられる。
「六つの色を重ね、穢れを呑み込み、虹の円環を以て此の闇を永遠に封じよ!『封印虹陣』!」
虹色の光が魔石を包み込み、一つに纏まっていく。膨大な魔力によって風が吹き荒れ花びらが宙を舞いより幻想的な光景を描く。
そして、その纏まった虹色の塊が…虚無へと返還されて、魔術式が役割を終える。これにて再封印完了…
「きれーい…」
「ふぅ………えっ?」
…私が一息着いていると、その少女と目が合った。あれ…なんでこんなところに子供が…というかこの子、どこかで見たような…
「おねーちゃん、すごーい」
「えっと、あは……あれ?」
フッと、目の前が真っ暗になる感覚。この子を見ていると何故か…何でだろうか…魔力が上手く練れなくて…あれ?
「怖い…」
私はその小さな少女から、恐怖を感じた。……あぁ、その恐怖で、思い出した。これは…今は…
「私、エマっていうの、おねーちゃんは?」
エマの魔術に掛かっているんだ。
* * *
「いやぁ、うちの子が悪いね。いつの間にか森に入っていたみたいだ。後で言っておくよ。」
優しそうな神父服の老人が頭を下げる。彼は確か…レヒテト村の神父だったか。私の弟子になる前のエマの保護者だった人だ。
「はぁ」
「ごめんなさい。おねーちゃん。」
……なるほど。自覚しても解けるやつじゃないのか。かと言ってこの規模の魔術を展開し続けている限りエマからも決め手となる魔術が使われるとは考えにくい。いや…
「…エマなら考えそうだよね。」
最悪を想定するならば、抜け出す方法を考えることを辞めてはならない。
「…精神干渉の魔術を解く方法は…それが掛けられていることに気付くか、術者の課した条件をクリアすること…かな。」
これが一般的なものなら…だが。エマは今日、私の想定という殻を間違いなく破った。きっとこの魔術にも何かある。
「どれ、魔女様。少しお茶でもどうかい?」
「あ、はい。」
思い出せ…確かこれは間違いなく私の記憶を元に作られた…世界だ。だから、この後どうなったかなんとなく分かるはずだ。
「かれこれ魔女様と知り合ってもう30年は経つのかねぇ。私ばかり老いてしまって…少し寂しいものがあるよ。」
「あはは、そうですか…」
うーん、いいお茶だ。香りがいいね。こんな感じの会話もしたっけな。
「それにしても、あの子が邪魔しなかったかい?あの子は普段は体調が良くないことが多くてね。偶には外を歩かせてあげたかったんだ。本当に申し訳ない。」
「へぇ…」
…あ、降ってきた。思い出した。そうだ。そうだそうだ。確かこの後…
「…魔女さん、少し、私の頼みを聞いてはくれないだろうか?」
「…?」
首を傾げる。うん、予想通りなら…
「あの子を引き取ってやってはくれないか。」
少し驚いた素振りを見せといて…考え込む振りをする。
よし、なるほどね…見えてきたかも。これは多分…
その人が1番怖いと感じた記憶を掘り起こしているんだ。
「…正解です。師匠。」
神父にあの子と呼ばれた少女が、答え合わせを口にした。
* * *
不死王と対峙した時も、魔物と対峙する時も然程私は驚く事も、恐怖することもなかった。それは私自身が不死身になったことでより明確にそうなったと言える。
でも私はこの時…初めてと言ってもいい、明確にその少女から恐怖を感じたのだ。まるで…本能的に、生命の危機を訴えるように。
パリンと、その世界が崩壊し…真っ暗な世界に戻る。まだ…術は解けていないのか。
「正解なら解放してほしいけどなぁ…」
「生憎…私の師匠であり続けるならば、自力で解いて頂きたいです。」
「手厳しいね。」
おやおや…そう言ってるのに…これだけで済ませないつもりか。
光の鎖が、世界によって隠されていた無数の鎖が私目掛けて縛りつけようと放たれる。
「精神干渉と封印の合わせ技…か。」
思いついても普通はやらないし、出来ない。ただそれをエマの無尽蔵に吸収し続ける魔力と天才的な技術が可能にしてしまった。
「確かに…これじゃ私は抜け出せない…かな。」
「では…」
「…参った。降参だよ。それにこれ以上続けると…危ないだろうからね。」
私の言葉を聞いてパッと明るい顔をエマが浮かべた。その直後…今度はこの暗い世界にヒビが入る。
「あ、れ…」
「…ゆっくりと休むといいよ。慣れない力を使い過ぎたんだ。」
気付けば辺りの景色は元の、エマの家の近くの森へと戻っていた。エマの力が解けたということだ。
「…お師匠様…」
「無理は禁物。頑張る子は好きだけどそうも言ったはずだよ。」
「…はいぃ…」
ぐでっと力無くへこたれるエマを支える。ついでにブローチの術式も元に戻しておいた。しばらくすればまた元気になるだろう。
「私、貴方を超えました…か?」
…きっと、この子の今までの原動力だったのだろう。エマなら私を越えられると、そう言った時から…
なんて真面目なんだ。うちの弟子は。
「充分、想像の遥か先を行かれてびっくりだよ。後であの魔術式について教えて欲しいな。」
「やった……やっと…」
と、言い切る前に…エマはすぅすぅと眠り出した。魔力を使い過ぎたのだろう。全く、世話が焼けるね。
「…私を怖がらせたんだし、これぐらいの芸当はしてくれなきゃ困るけどね。」
私の弟子の中で唯一私を超え私にも勝ちうる器を持ってると確信した。それはエマがまだ僅か5歳の時。それ程の才をこの子は秘めていた。
「師の言葉は信じるべきなんだよ。やっぱり。」
眠ってしまった弟子を背負い、私は帰路を辿った。
* * *
その日は…夢を見た。エマの魔術の影響が残っていたのか関係はないのか分からない…ただ…
「私はエマ!エマっていうの!」
その少女に近付かれた瞬間、呼吸が荒くなったのが分かる。これは、緊張?動悸…?長らく機能していなかったものが働き出している。
「へえ…そうなんだぁ…」
見たところ魔力過剰吸収症候群だろう。周囲の魔力を吸収し続けている。それだけならきっと私をここまでさせる器じゃない。つまり…
「面白い…ね。」
なぁに、怖くても死ぬことは無いんだから。大丈夫だよ。きっと。それよりも…この子の才を放っておくのは人類の、いや…魔術の世界における最大の損失だ。だから私は…
「この子、うちで引き取ります。」
老人の提案を受け、正式にその子を弟子とした。
* * *
「…もう朝か…」
夢の内容が明確に頭を残っている。いやはや、振り返ってみてもこの時の行動だけは理解できないなぁ!あはは!
普通怖いなら遠ざけるでしょ馬鹿なの?
「ま…私は普通じゃないことは既に分かってるんだけどね。」
私のすぐ側で眠っていたエマの寝顔を見つめながら呟く。野宿やら何やらを共にしてきたが私の方が先に起きるのは珍しいためなんだか不思議な気分だ。
「昔を思い出すなぁ…」
あの頃は流石に私の方が早く起きてたかな。でも家事をエマがやり出してからは…お察しの通りだ。
「…起こしちゃ悪いか。」
そう思い貴重な寝顔を念写の魔術で撮った後、起こさないように慎重にベッドから降りる。
「ん…良い匂い。ルカの朝食だ♪」
あの子は早くに寝ていたし既に起きていたのだろう。私達の戦いが眠りを妨げなかったようで一安心だ。
「ルカ、おはよう。」
「おはようございます!魔女様!」
「今日も元気だねぇ。…エマはもう少し寝るみたい。」
「そうでありますか!では、おねーさんの朝食は取り置きしておくであります!」
「頼んだよ〜」
自然な流れでテーブルにつき、適当なパンを1切れ手に取った。
「…んん?なんか忘れてる気が…」
…エマの魔術の影響かな?…後でモチに聞けばいっか。
* * *
それからなんやかんやあって3日。私達一行はエマの施しを余すことなく受けていた…
そんな、ある時の朝食。
「ところで師匠は…色々あって旅に出ると言っていましたが…その、色々については話せないのでしょうか?」
「……ん?旅…?」
え、私が旅をしてた?冗談…きつい…
その時、色んな記憶が頭に降って湧いてきた。
「…もしかしてここ最近なんか忘れてると思ってたのは…これ?」
『冗談だろ?ご主人様よ。』
「魔女様?」
流石にモチも不安そうだ。ルカも。みんなを心配させちゃってる。
「…うー…でも、確かになんか…記憶が途切れ途切れだけど…あるにはある、かな。旅をしてたはず…」
私の言葉を聞いたエマが顔色を変えて顔を近付けてきた。
「師匠、もしや私の魔術で…」
「…んー…ありえるけど、ほとんど無いかな。私、ああいうのには対策を施してるから。だから、これは多分…別の原因だ。」
心当たりはあるにはある。それもつい最近に。
「ちょうどいいや、色々にも関係あるし…ね。」
私はエマに旅に出ることになった経緯を説明した。
「えっと…つまり、占いが良くない結果だったから、ですか?」
エマは信じられないという顔をしていた。…ま、そうなるよね。
「きっかけはそれだけど多分…間違いは無いよ。だから助かる道を探す兼世界に好かれたら何とかならないかな…みたいな?」
「…そうですか。では、それと先程の原因には何か関わりが?」
エマの問いに…私はあっけらかんと、言ってみせる。その…私の弱点を。
「うんとね…直接的じゃないんだけど…多分ね、『呪い』が弱くなってるんだと思う。」
そう…これは定期的に起きるこの呪いの異変なのだ。
話の流れで分かる通り、フィーナと不死王の関係はただの仇敵というわけではありません。




