39話 別れの告白
2人は庭へ出て…互いに向き合った。しばらく沈黙が続き、春風の凪ぐ音だけがその間を渡っていく。
「さて、何か言いたいことがあるんだろう?」
「……でも、私、負けましたし……」
「別に決闘のルールなんざ決めてないだろ。それに俺は…最後にお前が素直になってくれたことが嬉しい。そのために、今こうして時間を割いているんだ」
ここ最近見なかった、飾らない兄の言葉。
セレスティアは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
「では……話しても?」
「あぁ、聞こう」
何から話せばいいのか分からなかった。言葉を選ぼうとして…やめた。
きっと兄の素直な言葉を受けたからだろう。
「兄様……兄様は、なぜ人族の方へ行くのですか?」
「王になるためだ。言わなかったか?」
「それは、分かりますが……」
「どうして今の生活を捨ててまで、王になりたいのかってことか?」
セレスティアは、小さく頷いた。
「簡単な話だ。俺は…力を得たいんだ」
「……力、ですか?」
「あぁ。ただし魔術の腕じゃない。権力や地位……そういう力だ」
「それを得て、どうするのですか?」
真っ当な疑問だった。レオンハルトが、ただそれに憧れる人間だとは思えない。
「……これを言うのは、少し恥ずかしいな」
「答えて、くださるんですよね?」
目を逸らす兄に、セレスティアは一歩踏み出した。距離が、詰まっていき…もう一歩近づけばその手に触れれようという具合になった、その時…
───ようやくレオンハルトは、口を開いた。
「────守りたいんだ」
「……え?」
言葉の意味を理解するよりも先に、温もりが来た。
抱きしめられたのだと、遅れて気付く。
「あ……兄様……?」
鼓動が、近い。息が、重なる。
逃げることも、離れることも出来ず、ただ見上げた。
レオンハルトは、真剣な目でセレスティアを見つめていた。
「こんなに可愛い妹がいて……さらには師匠もいる。皆まとめて───守りたいんだ、僕は」
それは、告白だった。
長い年月をかけて積み上げてきた想い。決して折れない、信念。
セレスティアの胸が、ぎゅっと締め付けられる。
「……えっと……」
言葉が出ない。意味は分かるのに、実感が追いつかない。
「困った顔も可愛いな、セレスティア」
「ありがと……?じゃなくて!」
兄の調子に飲まれそうになり、慌てて声を張る。
だが、レオンハルトはもう一歩引いていた。
「意味はそのうち分かる。お前も、お前のやりたいように生きればいい」
その言葉が───終わりの合図だった。
胸の奥で、何かが崩れる。
「……待って、まだ……」
伸ばした手は、空を掴む。
「悪いが、時間切れだ。心配するな。お前の兄は……強い」
背を向ける姿が、やけに遠い。
まるで、危険から遠ざけるために自分を切り離しているようで。
───だから、セレスティアは叫んだ。
「私……兄様の帰りを、待っていますから!」
声が震えるのも構わずに。
「私だけじゃない!師匠も……絶対に……兄様のことが、大好きなんです……だから……だから……!」
言葉にならない感情が、溢れ出す。
「……分かってる。分かってるよ。僕もだ」
一瞬だけ、足が止まった。
「だから……行くんだ」
振り向かない。
それが、最後だった。
レオンハルトは、今度こそ立ち止まらずに歩き去っていった。
* * *
~レオンハルトが王都へ向かってから3年後~
『親愛なる師匠と妹君へ
光の精霊が空に長く留まる季節となりました。夜でさえ街は淡く照らされ、民は祝祭の準備に追われています。
さて、挨拶は程々にご報告を。この度、正式に次期王となる旨を伝えられました。来年には国中にお触れがあると思います。その際、式典もあるそうなのでよければ顔を出してみてはどうでしょうか?
レオンハルトより』
* * *
〜レオンハルトが王となってから10年後〜
『親愛なる師匠と妹君へ
風の精霊が街道を駆け巡る季節です。噂も旅人も、留まることを知らずに広がっています。
挨拶はさておき、この度夢が叶いました。『不死王と色彩の魔女』という本の出版に成功したのです。
ぜひ読んでいただきたく、1冊手紙に付けております。返事には感想を付けていただけると嬉しいです。
レオンハルトより』
* * *
レオンハルトが王となってから……50年後
『親愛なる師匠、セレスティアへ
闇の精霊が夜を支配する季節となりました。街は早く灯りを落とし、星だけが長く空に残っています。
さて……挨拶はここまで。前置きとして、この手紙が届いているということは既に僕は黄泉をくぐっているのだと思います。
最後に1目でもあなた達の顔が見たかった。それだけが心残りですが…どうでしょうか?今の世は。
生きやすいですか?それとも、窮屈でしょうか?
前者であれば嬉しく、後者であればもっと精進しようと…もう死んでしまったので来世に期待ですかね。
少し長くなってしまいましたね。まだまだ書きたいことは沢山あるのですが…それすらももう叶いそうにない。
それぞれに言いたいことをまとめて、分けておきました。あまり見せびらかして欲しくはないので、1人の時に読んでください。
では、これを最後に僕は先に黄泉の国で2人を待っています。…いつまでも。
アウグストゥス・レオンハルト・フォン・ローゼンシュタインより』
〜〜〜
『セレスティアへ
面倒な挨拶はいらないだろう?先にあっちの手紙を読んでると信じてこれを綴る。
セレスティア、僕が言っていたことの意味は分かっただろうか?…こんなことをあまり言いたくないが、分かっていないものだと僕は思っている。
それも当然だ。きっと君の周りではずっといつも通りの日々が過ぎていっているのだろうからね。
別に答えを教えようだとか、そう言うつもりは無い。何よりも……僕は、僕自身も答えが見つけられていない。現に僕は先立っているからね。
僕が言いたいのは……
(そこから先は涙で滲んで読めなかった) 』
〜〜〜
『師匠へ
師匠に対しては……セレスティアのように強くあれないこと、まずはお許しを。
師匠、僕は……貴方に何かを残すことが出来たでしょうか?あの本も、様々な政策も……全部、あなたの為に頑張りました。
別に頼んでない……なんて言われたら少し寂しいですが、もし、ほんの少しでも……よかったのなら……お褒めの言葉が、聞きたかった。
本当は貴方とセレスティアを残して逝きたくなんてない。もっと生きて、恩返しがしたい。でも……もう叶わぬのですね。
いままでありがとうございました。親不孝を許してください……母さん
(そこから下は血で汚れていた) 』
* * *
セレスティアは、しばらく手紙を見つめたまま動かなかった。
文字の滲んだ紙を、そっと指でなぞる。
「……兄様……」
声にしたはずの言葉は、ひどく小さく、風に溶けた。
隣では、フィーナが師匠宛の手紙を胸に抱いたまま、何も言わずに座っている。 いつもの軽口も、茶化す声もなかった。
庭には、精霊たちの気配だけが満ちていた。
光の精霊は淡く瞬き、風の精霊は木々を揺らし、闇の精霊は影を深くする。
まるで世界そのものが、別れを悼んでいるかのように。
「……もう、会えないんですね」
ぽつりと、セレスティアが呟いた。
フィーナは何も答えない。ただ、静かにフィーナはセレスティアを抱き締めた。
「……師匠」
「すぐにすぐ向き直る必要はない。ゆっくり…ね?」
その温もりだけが、現実だった。
そして────幾ばくかの月日が経った頃、遠くから馬の蹄の音が聞こえた。
不自然なほど、急いだ音で……慰めの時間を断ち切るには充分だった。




