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30話 歩み寄る


目を覚ましたとき、最初に感じたのは静けさだった。


胸の奥で、ずっと鳴り続けていた不快なざわめきがない。頭を締め付けていた鈍い痛みも、今は遠くに退いている。


アルセリアは、しばらくそのまま動かずにいた。

見えない。それは変わらない。

けれど、昨夜とは違って闇はそこにあるだけのものになっている。


目を閉じているのか、開いているのか────その区別が、ようやくつく。


「……あ」


小さく声を出して、喉の調子を確かめる。掠れはあるが、痛みはない。

呼吸をするたびに、胸がきちんと上下するのが分かる。


それだけで、少しだけ安心してしまう自分がいた。


(……夢、見てない……?)


悪夢も、断片的な記憶も、ない。

目覚めと同時に、何かが零れ落ちていく感覚もなかった。

代わりに残っているのは────昨夜の、言葉の感触だけ。


エマの声。

自分が、何も言えずに黙り込んだこと。

それでも、手を離されなかったこと。

アルセリアは、ゆっくりと指を動かす。

布の感触を確かめるように、ぎゅっと握って、また緩めた。


「……昨日よりは……マシ、かな」


独り言は、思ったよりも穏やかだった。

立ち上がれるかどうかは、まだ分からない。

このまま歩けるとも、戦えるとも言えない。

それでも────『壊れていく途中』では、なくなった気がした。


そのとき、少し離れた場所で、かすかな気配が動く。

圧倒的な魔力が、空気感そのものを揺らす。

そんな表現をせざる負えない人間などこの世にただ一人。


「……フィーナ?」


呼びかけると、即座に返事が返ってきた。


「うわっ…こりゃひでぇ」


フィーナの声ではなく、とてもダンディな男性の声だったが。



 * * *



私は大変不服な気持ちを抑えながら、準備した宿の一室にアルセリアを案内した。


「…むぅ…」


『いつまで拗ねてんだよ。らしくねぇ。調子狂うだろうが。』


「だってぇ…」


誰のせいだと思っているんだ。この使い魔は…


「私が度々記憶無くなってたの、モチが食べてたんでしょ?」


『しゃーねぇだろ。死なねえ期間が続くとどうしても呪いが強くなんだよ。昨日も言ったろうが。』


…本当に偶然。以前私達が知るために王立魔術学院にさえ訪れたその情報。

私の記憶力やらに不調が起きていた原因、それこそが…モチが、私の呪いを食べていたことだったのだ。


「でもでも!言ってくれたらいいじゃん!」


『…あのなぁ、一応言っとくが…この類の会話はもうこれで30回目だ。どういう意味か分かるか?』


……え?


「聞く度に私、忘れちゃってたの?」


『そういうことだ。……そろそろ無駄話はやめにしようぜ。』


無駄話と片付けられたことに少し悲しさを覚えたが…今は私のことは後だ。


「ごめんね。来てもらったのに置いてけぼりにしちゃって」


「…それはいいんだけど、誰と喋ってるの?さっきからやけに渋い声が聞こえて気になるんだけど…」


「あ、この子はね、私の使い魔のモチ。桃毛のカーバンクルでとっても可愛いの」


モチをアルセリアの手のひらに乗せる。

驚いたのか少しピクリと身体が震えたが…すぐに落ち着いたようで、モチの頬をモチモチと揉み出した。


『……』


「あれ?モチ…いつもなら怒るのに…」


『今は触らせとけ。少しでも安らぐだろ』


いいなぁ…私がやったら…そもそもあんまり触らせてくれないんよね。


「うふ…もちもち……」


「…まぁ、いっか」


あんな笑顔じゃ止めるのも憚られる。しばらくそのままにしておこう。


「…そろそろエマも来るかな」


今からやることは少々…私だから、少々で済むのだがかなり危険なことだ。だから念の為エマとルカに見ておいてもらうことにしたのだ。


「魔女様!今参ったであります!」


「すみません師匠!」


そう考えていたところ、丁度よく元気な声と慌てた声が扉の外から聞こえてきた。


「さて…アルセリア、覚悟は出来てる?」


「…モチ…モチ…モチ…」


…うん、まぁ…そうなるよね。分かる、分かるよ。


『流石にうぜぇからそろそろ止めろ』


モチもご立腹だったため、私はモチをアルセリアから取り上げた。

…とても名残惜しそうにモチを手放すの、やめてくれないかな?罪悪感凄いんだけど。



 * * *



「さて、これからやることを説明しようか」


パチンと手を鳴らし、皆の視線を集めた後私はその説明を始めた。

お、今のはちょっと師匠っぽいんじゃない?


「ざっくり言うと、アルセリアの呪いをどうにかする目処が経ったので実行します。以上!」


「……?」


「……」


ルカはキョトンとした顔で私を見つめ、エマは呆れた様子で溜息を吐く。


「えっ、ほんとに?」


そしてアルセリアは驚いた様子で尋ねてきた。


「ほんとほんと。ただちょっと準備が必要で、危ないからエマを呼んだの」


「…何を為さるつもりですか?」


「モチに呪いを食べさせるの」


「…?」


真剣に考えていたであろうエマの顔さえキョトンとさせてしまった。確かに言葉のインパクトは凄いよね…


「えっと…モチはカーバンクルでしょ?魔力を餌として消化できるから、それと同じ原理で呪いが宿ってる魔力を食べてもらう」


「…そんなこと、出来るんですか?」


懐疑的な目でエマがモチを見つめる。


『あぁ、そりゃ俺がこいつの呪いも食ってんだからな』


「私が記憶無くしてたの、モチが呪いを食べてたのが原因らしいよ」


「…マジですか?」


「マジだよ。大マジ」


いつもの丁寧な口調にちょっとした訛りが混ざるくらいにはエマも驚いている。私も初めて聞いた時びっくりしたもん。


『原因ってなぁ…俺はお前のためにやってんだ』


「…優秀な使い魔のようで、助かりますよー…」


それを黙ってやるのがまたモチらしい。全くこのツンデレは…


「ま、だからモチならなんとか出来るはずだよ。それ相応の準備は必要だったけどね。」


「…だから、目元に隈が?夜更かししたんですか?」


「う……思ったより時間かかっちゃってぇ…それと、魔術の研究もしちゃったから……ごめんなさい。」


「はぁ……」


いや…しょうがないじゃん?時間は限られてるんだし…それに、思いついたアイデアはすぐ試さないと忘れるじゃん!


「今はとにかく!やるよ!ルカ!」


「はい!なんでしょう!」


「隣の部屋に置いてある魔道具取ってきて……不安だからエマ、着いてったげて!結構重いから気をつけてね。」


もうこうなったら勢いで始めてしまおう。そう思いルカとエマへ指示を出し、私は私の準備を始めた。


「ここをこうして…」


床に魔術式を刻んでいく。徹夜で考えただけあって中々に美しい術式になっているじゃないか…

ニヤけそうになるのを抑えつつ、今度はアルセリアの元へ。


「何か魔力の流れが見えたのだけど…」


「ちょっと魔術式を書いててね。……震えてるけど、大丈夫?怖い?」


見ればアルセリアの肩が僅かに震えていた。

確かに見えない中ゴソゴソと何かされているとちょっと怖いものがあるよね。


「…ねぇ、フィーナ」


「ん、何?」


「信じて、いいんだよね?」


…うわお。急にらしくない事を言われてお姉さんびっくりしたなぁ…

どうしたんだろ…そういえば昨日…エマと何か話してたっけ。

でも、深堀するのは野暮かな。今言えるのは…


「私を誰だと思ってるの?」


「…確かに、そうだね」


アルセリアの口元が緩む。目を瞑っているからかまるで満面の笑みのように見えた。

というかなんか…昨日の陰鬱な感じから一気に明るくなったね。呪いは特に変わってない、どころか()()してるというのに。エマ、凄いなぁ…


「笑うと可愛いね」


「えっ、きゅ、急に何…?」


何この可愛いの。もっと言いたくなる気持ちを抑え、今は作業に集中することにした。


「ふふん、どーよこれ。いい出来栄え!」


「…何を着せられたの?」


「魔道具だよ魔道具。とびきり可愛いやつ」


「魔道具なのに、可愛い…?」


そこ気にしなくていいの。デザインは大事だからね。

所謂魔術師のローブというものだ。それに魔術式を編んだ簡易的な魔道具。

でも、その魔術式が沢山の花々に見えるからお洒落なんだよね。


「思いついた時は天才だと思ったよね」


『時間の無駄だろ…寝ろよ』


「あー、モチまでそんなこと言うんだ」


多分エマに言っても理解されないだろうし…全く、ちゃんと魔術式として機能させつつこういった装飾にするのがどれだけ難しいか…


「…ありがとう、ね。フィーナ」


アルセリアがローブを手で触って確認しながら、礼を述べた。

…あ、そういえば魔力の流れが見えてるんだっけ?だったらこの装飾も見えてるのかも…


「お易い御用だよ」


…ちゃんと見えてたか、色々終わったら聞かなくちゃ。




アルセリアの素はこんな感じです。

…そもそものじゃロリ概念自体作者の趣味だったので…

代わりに目隠しっ子要素が増えるぞ!!

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