29話 寄り添う手
ようやく、ようやく書きたいところまで行けた…
エマはどう話を切り出すか迷いつつ…ベランダへとアルセリアを連れて踏み入った。
(…声が聞こえてつい尋ねてしまいました…)
偶然、深夜お手洗いを済ませて部屋に戻るところでそれが聞こえたのだ。流石に放って置く訳にもいかず、声を掛けるに至った。
(着いて来てもらったはいいものの…)
足取りが覚束無いし、フラフラしている。危ないだろうしやはり戻った方がいいのかもしれない。
「あの、やっぱり中で話しませんか?冷えますし…」
「…大丈夫。丁度外の空気が吸いたかったから。」
悩んだが、本人の希望だ。エマは握っている手は離さないよう決意しそれを了承した。
「……」
「…」
2人の間に沈黙が訪れる。
「エマ……今は暗い?」
「…?はい、深夜ですから。」
「そう、じゃあ星空は綺麗なのかな?この辺りはあまり街灯も無いし、よく見えると思う。」
「えぇ…まぁ、そうですね。」
見えない分、気になるのだろうか……とも思ったが、それだけではない気がした。
何かを隠すために、わざと口にした言葉。
そんな印象が、エマの胸に引っかかる。
「くしゅっ…」
「寒いですか?」
「…夜は冷えるからね。」
だから中で話そうと言ったのだが…それは口にせず、代わりにエマは短く詠唱し、手元に小さな火を灯した。
「どうですか?」
「暖かい…それ、魔術だよね?」
「分かりますか?」
「うん、目は見えなくっても…魔力の流れは見えるんだ。……昼間、エマが出て行った後…」
一拍置いてから、アルセリアは続けた。
「ちょっとだけ、練習してみたの。」
エマは驚く。アルセリアもずっと俯いていた訳では無いのだと知って。
「それでも…全部は見えないし、呪いのせいか身体は重いし…なんだか気分も落ち込んじゃってる。…ごめんなさい。何度もこんなこと聞かせて。」
「…いいえ。私で良ければ幾らだって聞きます。」
「そう?……ありがとう。じゃあ…ちょっと話してもいい、かな…?今日の…昼間の、続きなんだけどさ…」
* * *
「私ね…大好きな人がいたの。とても…大事な…」
「その方とは…?」
エマに問われ…記憶から掘り返そうとしたのだがどうにも上手く言葉として、形として口に出せなかった。まるでぽっかりその部分だけ空いたように。
「ごめんなさい…呪いの影響かな。上手く思い出せないの。」
「大丈夫なんですか?それ。」
「今は…平気。エマが居るからかな?」
自然と溢れ出た言葉だ。事実先程よりも安らぎをアルセリアは感じている。
「…その人はね、私に言ったの。強くて、皆が憧れる魔王になってほしいって。」
今も昔も…多分その『期待』がアルセリアの原点だ。
「私もその人に憧れて期待に答えたくて…強くてかっこいい魔王を目指していろいろ頑張ったんだ。目標は英雄譚の主人公、みたいな?」
それが誰を指すのか、弟子であるエマに言うのは少し恥ずかしくて誤魔化した。
「……だから、私は……強く在りたいの。今はこんなだけどね。」
「…なるほど。だから昼間は…」
「うん…少し、似てるなって、思って。」
勝手だろうが、似たもの同士だと思って……今もこうして悩みを、今までの思いを聞いてもらっている。
きっとフィーナが相手だったら見栄を張ってしまって何も言えなかっただろう。
「では、少し…私からも、いくつか聞きたいことがあったので、良いですか?」
「…うん、この際だし…聞かせて。」
何を言われるのだろうと…少しドキドキしながら、エマの言葉を待った。
そして…数秒の沈黙の後、エマがそれを口にした。
「…なぜ、貴方は何もかもを一人で成し遂げようとしているのですか?」
* * *
それは……エマの胸に、ずっとつっかえていた疑問。
「……なんでって……私は……魔王だから……」
何を今更、という響きを含んだ言葉だったが、エマはそこで引かなかった。
「魔王は、人を頼ってはならないのですか?では、家臣や従者は何のためにいるのですか?」
「魔王はっ……強くなきゃ、だめなの。一番先頭に立って、みんなの代わりに……」
「では、聞き方を変えましょう」
エマは一度、言葉を区切る。
「そうやって貴方が先頭に立ち、無茶をして……命の危険にまで晒された。」
ごくりと、アルセリアが唾を飲む。
一拍置いて、エマは核心を突く。
「それが、貴方が“期待に応えようとした”結果ですか?」
「っ……」
否定の言葉は出てこなかった。
「……否定しないのですね。」
責める声ではない。ただの確認だった。
「やり方を間違えていると、自分でも分かっていますね?」
「……うん。分かってる。分かってるよ……」
ぽつりと、続く。
「……だって……私は、弱いから」
それは自嘲でも、投げやりでもなかった。
ただ、事実をそのまま受け入れるような声音だった。
エマは、すぐには返事をしなかった。
──弱い。
その言葉が、あまりにも自然に、当たり前のように使われたからだ。
「……弱い、ですか。」
「うん。」
アルセリアは小さく頷く。
「本当は、分かってるの。私は母様や、物語の英雄みたいにはなれないって。」
夜風が吹き抜け、灯した火が一瞬だけ大きく揺れる。
「それでも……私は、魔王だから。」
その声は、震えていた。
「だから……強くあろうとした。皆に知られるのが、怖かったし……認めたく、なかった。」
一度、息を吸う。
「魔王になれないかもしれない、なんて。」
「……」
「それで結局……一人で何とかしようとして、失敗して……竜の時も……今回も……」
声が掠れる。
「……情けないよね。魔王なのに。」
そこで、エマは静かに首を横に振った。
「いいえ。」
きっぱりとした否定だった。
「それは……弱さではありません。」
「……え?」
「貴方は、怖いと分かっていても立った。期待から逃げずに、背負おうとした。」
アルセリアは何も言えず、ただ耳を傾ける。
「それを……弱いとは、私は呼びません」
一拍。
「ただ────」
エマは、ほんの一瞬だけ言葉を選んだ。
「それ以外のやり方を、知らなかったのでしょう」
「……」
「一人で抱え込むことを、強さだと信じていた。だから、今回の失敗に繋がった……私は、そう思います。」
沈黙。
「もし、貴方が倒れていたら。もし、帰って来られなかったら……」
エマは、そこで言葉を切った。
「それを悔やみ続ける人が、どれだけいたか。
……想像したことは、ありますか?」
アルセリアの指先が、きゅっと握られる。
「……そんなの……」
声が震えた。
「……考えたく、なかった」
「でしょうね。」
責める調子ではなかった。むしろ、静かな理解だった。
「だから私は、聞いたのです。」
エマは、改めてアルセリアの方を向く。
「なぜ、貴方は何もかもを一人で成し遂げようとするのかを。」
少しだけ、声を和らげて。
「……それは、魔王として強くありたいからではなく……怖かったからでは、ありませんか?」
アルセリアは答えなかった。
だが、否定もしなかった。
ただ────
握られたその手が、ほんの少しだけ、エマの方へ寄せられた。
* * *
アルセリアが寄せた手に、エマは何も言わず、ただ応えるように力を込めた。
強く握るでもなく、離すでもない。
そこに居る、と伝える程度の、静かな温度。
「……大分、冷えてきましたね。」
先に口を開いたのはエマだった。
あまりにも沈黙が深く、言葉を続けなければ、また彼女が自分の内側へ沈んでしまいそうで。
「……うん。」
短い返事。
だが、その声は先ほどよりも幾分、落ち着いていた。
「中へ戻りましょう。今の貴方では、足元も危なそうです。手はそのままで。」
「……えー、そんなこと……」
反論しかけて、アルセリアは言葉を切った。先程まで流暢に言葉を連ねていたものの、確かに体は重く、意識もはっきりとはしない。
見えない視界のまま夜風に晒されているのも、正直つらかった。
「……じゃあ、お願いしよう、かな。」
その一言に、エマは一瞬だけ目を瞬かせた。
だが、すぐにいつもの表情に戻り、静かに頷く。
「はい。」
ベランダから部屋へ戻るわずかな距離でさえ、今のアルセリアには長い。
エマは半歩前に立ち、歩調を合わせながら導く。
その背を、アルセリアはぼんやりと感じ取っていた。
──あぁ、私、今……ちゃんと、後ろを歩いてる。
先頭に立たなくてもいい。道を示さなくてもいい。
そんな当たり前のことを、今さら実感する。
部屋に入ると、エマは手際よく灯りを落とし、代わりにランプを点けた。
柔らかな光が広がり、夜の冷えを遮る。
「座ってください。」
「……うん。」
促されるまま椅子に腰を下ろすと、足から力が抜けた。思った以上に、無理をしていたのだと分かる。
「……ふぅ。」
小さく息を吐いたアルセリアに、エマは何も言わず、毛布を肩に掛けた。
「……ありがとう。」
自然に出た言葉だった。見栄も、照れもない。
「どういたしまして。」
エマは短く答え、少しだけ間を置いてから続ける。
「……先ほどの話ですが」
アルセリアの肩が、わずかに揺れた。
「今すぐ、何かを変えろとは言いません。」
静かな声だった。
「今日、すべてを理解しなくてもいい。強くなり方を、今すぐ見つけなくてもいい」
エマはアルセリアの方を見つめる。
「ただ……」
一拍。
「一人で抱え込まなくてもいい、という選択肢があることだけは……覚えていてください。」
それは命令でも、説得でもなかった。ただ、事実を差し出すような言い方。
アルセリアは、しばらく黙っていた。
毛布の端を指でつまみ、考えるように、確かめるように。
この魔族領編をやるに当たって、必ず書こうと思っていたパートがここでした。具体案は未定でしたが対話相手はエマとフィーナで悩み、話の流れからエマが最も適しているのかな、とそこまでは最初から決めていました。感無量です<(_ _)>




