クリームソーダのきもち
あたし時々考える。
あたしはなんでバニラなんだろう? って──
死ぬのは幸せ。
『フォーティーワン・アイスクリーム』の店頭でショーケースの中から愛嬌振りまいて──
カラフルな他のアイスのみんなと今日も競い合う。
「ぼくを買って!」とオレンジソルベくんのあかるい声。
「あたし美味しいわよ」とラムレーズンさんの色っぽい声。
「爽やかなわたしをどうぞ選んでぇー!」とポッピングミントちゃんのかわいい声。
「あんたはわしを選ぶべきじゃ」とあずき大納言さんの渋い声。
「あたし! とろとろとろけるよ」
あたしも負けじと黄色い声を張り上げる。
お客さんに選ばれて、あたしたちはおおきな業務用のバルクからディッシャーでちいさくこそげ取られて、コーンの上やカップの中に丸く移されて──
買ってくれたお客さんのお口の中でとろける幸せ。
「むにゅむにゅむにゅむにゅ……美味しいね!」
ちいさな死。しびれるほどに幸せな死。
「ぴちゃぴちゃ、もぐもぐ……ああ、美味しかった!」
ありがとう。あたしをとろけさせてくれて、ありがとう。さようなら。
でも分かれたあたしの命はそこでなくなっても、おおきな業務用バルクの中にあたしの命はまだあって──
それがなくなる時があたしのほんとうの死。
店長さんが言った。
「バニラがほとんど売り切れだな。……よし、おまえら休憩だ。片付けていいぞ」
バイトの女の子二人が喜びの声をあげた。
残り少なくなったアイスは追加されることなくアルバイトの子が裏でお口の中に片付けるのだ。
世間話を交わしながら、アルバイトちゃんたちにあたしは食べられた。
さようなら、さようなら。
さようなら、今世。
でもまた産まれ変わる。
産まれ変わって、またすぐに次の人生ならぬアイス生がはじまるの。
でも、ここであたしは時々考える。あたしはなんでバニラなんだろう?
何度産まれ変わっても、いっつもバニラ。
べつにバニラが嫌なわけじゃない。でも、たまにはチョコレートとかにもなってみたいとも思う。あるいはちょっと個性的なポッピングミントちゃんとかになってもみたい。
あっ。アルバイトちゃんが最後のあたしを食べ終える。
とろとろ、とろ〜ん……
最高に幸せなきもちで、あたしは死んだ。
目を開けると、黄色がかった白い色。やっぱりあたしはまたバニラだった。
「あれっ? でも……」
つい、声が出た。
「ここは……どこ?」
ぱたん、と上で蓋が閉められた。
ぐるぐる、回りだす。
ぐるぐる、ぐるぐる──
どんどんどんどん速くなる!
「め……、目が回るよーっ!」
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるシャシャシャシャラララー!
ぱかっ。やがて蓋が開いた。
「やあ、皆さん! あいすくりーむが出来ましたぞ!」
あたしがアイスクリームに転生する前、人間だった時に教科書で見た板垣退助さんみたいなヒゲのおじさんが頭上にいて、楽しげな声で言った。
これもまた人間だった時に映画で観た『鹿鳴館』によく似た建物の中に、人がいっぱいいた。
なんだか貴族っぽい。何のコスプレだ、これ。キラキラしたドレスの貴婦人と燕尾服の紳士がいっぱい。
「さァさ、溶けないうちにふるまいますぞ! お飲み物をこちらへ!」
板垣退助ヒゲのおじさんが丸いスプーンであたしを掬いあげ、もう片方の手に持ったヘラであたしをそこへ移す。
シュワシュワと泡を立ててる緑色の飲み物の上へ。
とぷん──
移された。
シュワワーッ!
メロンソーダの水面に白い泡が立って、あたしは溺れそうになったけど、必死でグラスの縁を手で持って、浮かんだ。そこへ頭の上にチェリーが乗っかった。
ハァハァ……、ハァハァハァハァ……なんだ、これ。
今回の転生はどう見てもフォーティーワン・アイスクリームのお店じゃない。どう見てもこれ……明治時代?
あたし、過去に転生しちゃったの!?
「きゃあ! これがアイスクリームソーダですのね!」
貴婦人たちが騒ぎだす。
「なんて見目麗しいお飲み物なのでしょう……!」
長いスプーンであたしを掬い、紅を塗ったその口の中へ放り込む。
「甘味! 甘味ですわ!」
緑色まみれになってたあたしはソーダと一緒にあったかいお口の中で溶かされる。
「素敵! Charmanteですわ!」
あぁ……もう……、気持ちよすぎて何も考えらんない……。
あっという間にあたしはとろっとろにとろけて、死んだ。
目を開けるといつもの店内だった。
周りにはカラフルな仲間たちが取り囲んで並んでる。
「やぁ、バニラちゃん。お帰り」
「また新しいアイス生だね」
「いっぱいとろけようね」
いつも通りの産まれ変わりだ。
さっきのは何だったんだろう……? やっぱりタイムスリップ?
なんだかバニラ・ビーンズというよりレモンみたいな香りしてたな、あたし……。昔のアイスって、あんなんだったのか。
もうすぐ夏が終わる。
アイスクリームショップ『フォーティーワン』では夏季限定で、フローズンソーダを販売してる。
凍ったソーダの上にアイスクリームを乗せて、キンキンにお客さんの頭を冷たくしてあげられる一品だ。
上に乗るフレーバーは爽やかなシャーベット系が人気。トロピカルソルベくんやオレンジソルベくんがよく選ばれる。
でもやっぱりメロンソーダの上にはバニラだよな。
メロンソーダの上に乗って、冷凍庫なんかない時代、レトロな洋館の天井の下で、シュワシュワとろけるきもちになってた自分を思い出すと、なんだか自分がバニラだってことが誇らしく思えてくるのであった。
エッヘン!