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新バビロニア物語~ギルガメッシュ王に妹嫁がいたら~  作者: 水澄
第十二章『業火の太陽、聖緑の大地、勝り得るは』
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第十二章⑧『互角』

 エレツの重く固い斧の攻撃を、シャムスは鋼の盾さながら強靭な守りと気迫で辛うじて防ぐ。

 シャムスは、渾身の力でエレツを押し返そうとする――が中々微動だしない様に、シャムスも息を吞んだ。


 楚々とした女性らしい顔立ちに咲いた、淑やかな微笑みは崩れる気配もなく。

 岩石のように重い斧を片手で振り乱し、シャムスを押し潰そうとする尋常ならぬ怪力に、誰もが驚嘆を隠せなかった。


 かつてのエレツに備わっていたのは、神の怒りを体現する自然災害さながらの凄まじき力と気迫。

 しかし、神災そのものの強さは、エレツがヒトの姿と心を得た時点で弱体化した。

 それでも尚、エレツの力と強さはシャムスにも決して後れを取ることはなく、むしろ互角である。


 かつてないほど無駄のなき柔軟性に富んだ動きと素早さ、戦法――それに必要な「知性」を、今のエレツは備えている。

 燃やされる恐怖も、凍らされる儚さすら克服した樹木のように。

 エレツの神速も、動きの一つ一つは、まるで宙を舞う花びらのように柔らかく。

 機転の利くガゼルさながらの鋭敏さで、美しく体現された武勇と雄姿も、見る者全てを魅了した。


 「おのれ……よりによって神でも人間ですらない枝木の分際で、この私と互角にやり合うというのか……!」


 一方、今まで己の無敵さを誇ってきたシャムスは、自分と対等の強さを備えて相手と、今初めて対峙している。

 生まれて初めて味わう苦戦に、眉を忌々し気にひそめるシャムスに対し、不意にエレツが口を開いた。


 「ねえ、僕からも一つだけ訊いてもいいかな?」

 「っ……ほう。己が生きるか死ぬかの戦いの最中に、漫談を交わす余裕があるか」


 言葉を紡ぐ最中も決して緩むことのないエレツの圧撃を受け止めながら、シャムスはエ応える。

 平静を装っているシャムスだが、指一つでも力と気の抜けない状況にある。

 四十年も続いた退屈な荒野に緑地(オアシス)が突如出現したような衝撃を受けていることは、間違いない。


 相手を一方的に攻め嬲るのが性分なだけあり、今の己の状況もそうだが、何よりシャムスが気に喰わないのは、エレツの()である。

 咎めるというにはあまりに優しく、憐れみにしては冷徹な色に澄んだ眼差しが。


 「かつての君は、敬愛なる神々の与えてくれたザハブの地の繁栄を、ザハブの民には幸福をもたらすために鍛錬と尽力を惜しまなかった、と聞いたよ」

 「それがどうした! 貴様が今述べた存在は既に死んでいる! 私にとって、あれは恥ずべき限りだ。よもや貴様まで、あの小娘と同じくだらぬ説教を再び並べるか」

 「いや。私は所詮、人生の一年すら経っていない花樹に過ぎない。君のように遥か未来も、神と人間――その心の深淵も見通すような力なんてない。ましてや、君のように()()()()()()()()()()()といった真っ当な感情を、私は未だ知らないのだから」


 己を謙遜する言葉から垣間見えるエレツの見解は、シャムスの胸の奥を爪弾いた。

 エレツの真意を詰問するように、烈火の眼光がエレツを貫く。


 「敬虔なる理想の王子として、神々にも民にも愛されていた。()()()()()、君は――」


 シャムスが眼差しで訴えた疑問の答えともつかない言葉を、エレツは静かに返す。

 怒りも悲しみも憐れみもなく、どこまでも静謐に澄み渡った眼差しで、シャムスの深淵を映そうとしている。

 心の底から忌々しいにも関わらず、何故か目を離すことのできない透明な視線に、シャムスは炎の殺意を燃やした。


 「侮るな! この世の全てを手にする王であるこの私の真なる力、貴様に思い知らせてくれる!」


 エレツが最後の言葉を遮るように、シャムスは己の屈辱と憤怒を忌々し気に吐き捨てた。

 無敵の王としての矜持に後押しされたのだろう。

 シャムスは燃え猛る火星を彷彿させる気迫と重圧で、エレツの斧を遂に押し返した。


 エレツの圧撃を弾き飛ばしたシャムスの胸を今燃やすのは、怒涛の激情――動揺に近い何か。

 人間らしい感情も、神のごとき叡智も持たぬ、ただの神の木偶に過ぎない神命体の言葉が、眼差しが、全てが理解に苦しむ。


 全てを徹底的に支配するために手段を選ばず、己の利己的欲求を満たすためであれば、誰かの血と涙を啜ることも厭わない冷酷非情な王シャムス。

 力も地位も財宝も全てを思うままにしている自分が、この世界と人間、神に退屈を覚えることはあっても、今更何を願い、怒り憎むというのか。


 しかし、エレツが最後に何を述べようとしていたのか、シャムス自身も心の何処かで気付いていた。


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