第十二章④『核心』
冷然と燃えるシャムスの金の瞳を、エアは凛然と澄んだ蒼海の眼差しで貫いた。
「――ほう。この私の眩いほどの威容を、その矮小な瞳に映す蛮勇を、今ここで発揮するとは。砂利は砂利でも、さしずめ純水の蒼海に沈む珊瑚屑には劣らぬ気骨はあったとは」
「っ……あなたに一つだけ伺っても、よろしいですか」
「……本来であれば、そのように不躾な眼差しを無断で向け、私の許可なくに口を開いた時点で、本来貴様の首は今頃飛んでいるはずだが。まあ、よかろう。貴様の愚かしき蛮勇が、何かしら私を愉しませてくれる香辛料にはなるかもしれぬと期待する。今回は特別に許す。さあ、小娘よ。今更この私に何を訊きたいというのだ?」
エアの意外な申し出に、シャムスの冷徹な双眸は一瞬虚を衝かれたように軽く開いた。
暗い期待を孕んだ冷笑に見つめられながら、エアは意を決して純粋な疑問を突き付けた。
「どうして……それほどまでに偉大な王であるあなたは、あのように理不尽で非道な仕打ちを、民に平気で為せるのですか」
「――ふっ、ふはははははっ! やはり砂利は所詮砂利に過ぎぬか。この王に対し、特別に口を開く無礼を直々に許されたのだ。もう少し有意義な問いを投げかけてくるかと期待してみれば……随分と退屈な質問をしおって! 理由は単純明快だ。”愉しいから”に決まっておるではないか!」
シャムス王の邪悪な唇から、期待以上とも、期待外れとも捉えられるような蔑笑が炸裂した。
あまりにも身勝手な答え、エアの真剣な問いに対する侮蔑的な態度。
さすがに、エアの声と眼差しも自然と鋭くなった。
「っ……あなたは、あんなことをして本当に愉しいのですか!? あんな酷い真似を」
「ふはははははっ、当然であろう!? 幼き頃の貴様にすら心当たりがあるのではないか?
道端で有象無象に転がっている砂利を踏み荒らし、蹴とばすあの爽快感!
焼きつける地を這い群がる蟻どもを、一匹ずつ丁寧に潰すように……。
己の手のひらでもがく蟻の愚鈍さ、泣けるほどの必死さに笑いを堪えながら、最後はこの手で擦り潰す。
それと同様、我が民に為す行いも全て些末な児戯に過ぎぬ。
たかが子どもの児戯を罪だ、といちいち咎める者がどこにおる?
この地も、この民も、最終的には全世界とあらゆる価値あるもの全ては、私の所有物だ。
すべての人間の王にして、全知全能の神に等しき力と権力、財力、その全てを手にしている私の、な。
己の庭でどう振る舞い、所有物をどう扱うかは自由だ。それの何が悪い?」
エアの真剣な問いを、シャムスは下らないと吐き捨てる。
天より高き王としての傲慢、冥界より深き唯我独尊を貫くのみ。
真っ当な人間としての善悪、神の代理人である王の義務感――あらゆる価値観や倫理といった根底が、シャムスには欠落しているようだ。
傲慢な暴虐王と自分は、決して理解し合えない。
たとえ天地が転覆しても。
エアは、果てなき絶望にのまれそうになる。
それでも。
「ならば……あなたは、自身の愉悦と快楽のためだけに、傲慢で好き勝手に振る舞い、ザハブの民を虐げている。そう仰るのですね?」
「無論だ」
「愉しいから、ですか?
でしたら、何故あなたはそんな”つまらなさそうな表情”を、しているのですか」
「何……?」
ザハブの民を所有物と見なし、己の快楽を満たすために虐げることも厭わない王を、エアはただ非難して終わる。
そうシャムスは、エアを正直侮っていた。しかし、エアが紡いだ言葉の意図を掴みかねたシャムス王は、虚を衝かれた表情でエアを見つめ返す。
エア自身は、冷酷非道な王の真意を、見透かすつもりもなかった。
ただエア自身としては、自分と王は互いを決して理解できないし、認められないからこそ――。
人としての倫理も、神としての敬虔さ、そして善き王としての在り方すら放棄した傲慢な王に、心まで屈服したくはない。
心から強く希っただけに過ぎなかった。
一方、己の理解に苦しむエアの言葉に、シャムス王の腹の底から、漠然とした苛立ちが急激に、黒く、沸々と燻り始めた。
とはいえ、たかが小娘の言動にいちいち反応するのも癪らしい。
シャムス王は、エアを静かに睥睨した。
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