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第一章⑧『最後の朝』

 「どうか我々に――否、我らの王に従い、こちらへ。偉大なる王イムベラトル様は、エア様にただちに城へ赴くよう、仰っております」


 爽やかな青天に昇る太陽は、大地を侵蝕する勢いで炎々と照る――実に普段と変わらない酷暑の早朝にて。

 商人の集いである隊商(キャラバン)の眼中にすら留まることのない貧しくて小さな村。

 そこへ、()()()の従者を名乗る人間が予期せず来訪したことに、村は一瞬にして剣呑(けんのん)な沈黙にのまれた。


 貧しいエア達にとって、王様とは雲の遥か天上に君臨する神に等しき身分。

 その王が、何故わざわざ一人の平凡な村娘を手に入れようとするのか、誰の理解と想像にも及ばない。

 しかし、しがない村人達と周辺に生息する鹿にすら自明の理は、唯一つ。


 「もしも王の命令に逆らうのであれば――」


 決して有無を言わさず、理由を問う暇すら与えず。

 慇懃な口調で要件を述べた従者達は、エアを連行しようとする。

 広大無辺な肥沃地帯アルドゥアラーにおいては、中心に座するザハブの統治者である王の命令は、いかなる場合も唯一絶対なのだ。


 もしも王に逆らえば、村人達の命どころから、この村そのものが地図から抹消されるだろう。

 ザハブのように豊かな大都市とは無縁の貧しい農村に住む大人達ですら、風の噂で思い知らされている。

 ザハブの王様はいかに偉大で、同時にいかに冷酷非道な手腕をもって、”蹂躙”と”暴虐”を冒しているのかを。


 「――わかりました。参ります」


 王の従者が醸し出す冷徹な空気、彼らの背後から漂う暴虐王の威圧。

 事の重大性を瞬時に悟ったエアは、大人しく頷いた。

 天真爛漫と評されるエアですら、今の自分が取るべき最善の選択と賢いやり方を理解し切っていた。

 王の従者のもとへ一、二歩踏み出したエアの表情も声も、青天にも劣らず凛と澄んでいた。


 「待てよ! エア! 行けばお前は……っ。頼むから行くな……!」


 騒然と立ち尽くす村人の群れから抜け出すエアを、ガザルは後ろから必死に呼び止めた。

 しかし、エアは一度だけゆったりと振り返ってから柔らかく微笑むだけで、決して足を止めない。

 危険を承知で自分を呼び止めてくれたガザルの勇気と愛情に、エアは嬉しさと共に、胸が張り裂けそうになった。


 今ここでエアの出発と従者を阻止すれば、どれほど恐ろしい報復が待ち構えているのか分からないほど、ガザルは愚かではない。

 とはいえ、灼熱地獄と貧窮を強いる太陽と灼熱への憎悪を和らげるほどに、優しい光そのものとなってくれた存在こそが、エアという乙女。

 この村にとって太陽と花のように尊いエアが、暴虐の王の手へ渡ってしまうことに、心の痛まない村人はいない。

 遠ざかるエアへ手を伸ばそうと、ガザルは一歩前に出た。


 「もうおやめ! ガザル!」

 「ごめんな……だが、仕方のないことなんだ」


 エアを連れ戻そうとすうガザルを止めたのは、彼の両親の行為は至極自然だ。

 しかし、悲壮感を纏った両親の表情と口ぶりから全てを悟ったガザルの顔にも、愕然と絶望が広がった。

 ガザルの言葉にならない理不尽な怒りと絶望を、痛いほど理解している両親は、嗚咽と共に謝罪を零した。


 生後間もないエアを拾った老夫婦亡き後、ガザルの両親はエアの成長を最も長く見守ってきた。

 彼らも最初は勇気を振り絞り、王の従者の説得を試みた。

 しかし王の従者と言葉を交わすうちに、ガザルの両親は抗い難い恐怖に屈した。

 エアを守りたいという彼らの良心と愛情は、いつのまにか恐怖と絶望の汚泥で塗り潰されてしまった。


 王様は、いかに暴悪な砂嵐のように凄まじく残虐な御方であるか――逆らった者の末路はいかに凄惨か。

 王の従者達は氷塩(ひょうえん)のように冷酷無比な口調で語りながら、ガザルの両親を恐怖に貶めた。

 刃物で一片ずつ、丁寧に切り刻んでいくように、じわじわと。


 「許してくれとは言わない。でもこれは、仕方のないことなんだっ」


 惑星の呼吸一つすら操る宇宙ごとく絶対的な王権、神に等しき威厳をもって、アルドゥアラー全域と人間達を思うが儘に支配する暴君――。

 イムベラトル王の吐息一つによって、エアは悲しき運命を背負う羽目となった。


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