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第一章⑦『最後の夜』
「おやすみなさい、メル。今夜も一緒に素敵な夢を見れますように」
エアも薄い麻布団を被り、羊のメルを抱きしめて眠りに就く。
かくして、清貧の村における平和で幸福な生活は、ゆるやかな流れを保つ小川のように続いてきた。
灼熱の太陽が昇る頃に、今日と変わらぬ優しい明日は訪れる。
明日で十四歳を迎える年頃のエアは、やがて一人の身近な男子と共に淡い恋心を育み、平穏な家族を成すだろう。
何の変哲も無き平凡な、けれど心満たされる穏やかな生活は、今後も繰り返されていく。
エアを含む村人の誰もが、そう信じて疑わなかった――。
「お迎えにあがりました、エア様――。あなたこそ、我らの王の”花嫁”となる御方」
エアがこの世に生を授かって以来、決して流れを変えない小川のように平和な日常を大きく揺るがす岩石は投げ込まれた。
突如、何の前触れもなく。
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