第十章①『新しい生命』
涜神の暴虐王を戒めるために、主神サマーァは新たな策を講じる必要があった。
主神サマーァは、妻のラビア神、助言役のアクルマイヤ神、タビーア神、太陽神アッシャムスらを呼び出し、神会議で議論を再度交わした。
半神半人の王シャムスに対抗するためには、人間にも神にも当てはまらない勇士――神智を超えた"最強の存在"を創ることを、女神アクルマイヤは閃いた。
女神アクルマイヤの名案に、皆は大いに賛同した。
人間や神にも属さず、自然と神を超越し得る力を秘めた最強の存在を創るという、前代未聞の試みは決行された。
手始めに、女神ラビアは黒曜石のように輝く一粒の種に、豊穣と生命の源となる己の血を注いでから、大地に蒔いた。
ラビアの種が埋まった土に、女神アクルマイヤは水をまき、力の神ハルブは己の糞を混ぜた肥料をまき、太陽神アッシャムスは太陽の恵みを注ぎ、種子の成長を促進した。
生命と力の恵みを神々から賜った種子から、瞬く間に青々とした新芽が地上へと顔を出した。
天の柱を彷彿させる一本の巨大樹がそびえ立った。
天高き巨大樹の青葉には、満月さながら大きな一粒の蕾が実った。
蕾の内側からは、清らかで美しい花が咲いた。
大きな純白の花びらの中心から、茶水晶に澄んだこれまた大粒の実が落ちた。
風に姿を変えた女神ラビアは、転げ落ちた茶水晶の実を受け止めた。
生まれて間もない無垢なる生命へ、慈愛と共に天命を刻んだ。
「さあ、目覚めるのです。さあ行くのです、愛しい我が子よ――。
主神サマーァを信奉せしザハブにおいて、我々の手足となる人間を苦しめ、我々神を冒涜する御子シャムス。
彼の御子の傲慢と愚罪を、今こそあなたの力で懲らしめるのです。彼の御子我々のもとへ還すのです――」
女神ラビアは、茶水晶の丸い実を広大な大地へ再び転がした。
やがて雪玉のように、さらに巨大になった実から、大木のように太く逞しい四肢が生えてきた。
種子だった物体は、若草色の長い獣毛でもっさり覆われ、鹿と同じ樹状の細長い両角を生やしていた。
瞬間を以て、神の御手から創られた神災の"神命体"は、傲慢の罪と苦痛の蔓延びるアルドゥアラーへ生まれ落ちた。
神命体の産声は、天雷のごとく雄叫びとなって灼熱の空を裂き、肥沃の大地を揺るがした。
神智を超越する力を解き放てば、広大無限のアルドゥアラー全域を、焼野原に変えることも可能である。
地上最強の暴虐王シャムスに対抗し得る神の最高傑作――大いなる怪物を生み出すことに、神々はめでたく成功した。
しかし、またしても神々の想定し得なかった誤算は生じた。
「何と嘆かわしい。怒涛の力を秘めたこの神命体には、我々に従僕し、天命を全うしようとする意思――"知性"が欠落している」
「この者は森に棲む獣と共に野原をかけ、水場で肩を押し合い、果実と木の実を貪り、他の動物たちと戯れて、毎日を終わらせる。ただ本能に従って生きる術しか知らぬようだ。母なる女神ラビアが天から幾ら呼びかけても、この者の耳にまったく届かぬ。これでは知性なき獣畜生と何ら遜色ない!」
「獣のように無垢なこの神命体に、あえて知性を授けなかったことが失敗の要因だ」
シャムスのように高い知性を持つが故に、神への叛逆感情を灯す可能性を、神々は恐れた。
故に神々は、神に依る破壊の力と生命力を注ぎ、あえて知性と心を与えなかったのが、かえって仇となった。
結果、生まれたばかりの神災の怪物は、己の本能のままに呼吸する獣として、神の庭を謳歌した。
以降も、父と母なる神々は、獣なる神命体へ天界から幾度と語りかけた。
しかし、知性なき神命体は、やはり動物と共に美しき清廉の森や黄金に輝く野原を、無邪気に駆ける日々に没頭するのみ。
またしても、自分達の手に負えない無垢なる神命体の処分について、神々は再審議せねばならなかった。
度重なる審議の末、主神サマーァは、知識と夢の女神イルムの力を借りて、彼女と女神アクルマイヤを神命体のもとへ送った。
最輝の満月の夜、女神アクルマイヤと女神イルムは、神命体の夢を訪れた。
二柱の女神は、美しく澄んだ声で神命体に優しく語りかけた。
「よくお聞きなさい。あなたには、あなたにしか為すことのできない天命があります」
「しかし、そのためには先ず、あなたは学ばなければなりません。世界、神、人間、命、心とは、いかなるものか――全てを学習するのです」
「思い出すのです。あなたの天命を。あなたの力を――誰が為に――何が為に、その力を解き放たなければならないか――先ずはあなたの真名を――」
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