第七章④『緑の温もり』
神様にも、世界にも、人間にも、全てから見放され、世界でただ独り残されたように、深淵の森で独り泣いていたエア。
失われた小さな幸福へ帰りたがっていたエアを外敵とは見なさず、彼女の痛みと悲しみを慈しみ、優しい自然のように無条件で抱擁してくれたのは――。
人間でも、動物でも、恐らく神でもない――温かで広大な大地さながらの心優しき緑の精霊。
野人の無垢で慈悲深い抱擁は、どことなく懐かしく、それでいて生まれて初めて与えられたようなぬくもりに、エアは切ない歓喜で涙した。
ずっと想い焦がれていた母なる存在と、ようやく邂逅を果たした幼子のように。
愛する故郷と村人との離別を強いられたエアは、すみれのように小さくも幸福な日々を奪われた。
豪華で贅沢に極め尽くされても、愛と優しさの欠片もない城で、大いなる暴虐の王に服従して生きなければならなかった。
常に薄塩を渡り歩む恐々とした日々の末、身も心も傷つけられ、純潔と名誉まで危うく辱められかけた。
全てを失った孤独なエアにとって、半神でも半人でもなく、地位や名誉も関係ない――ただ一人の少女としてありのままのエアを、目の前の野人は抱きしめてくれた。
少女の笑顔に喜びを示し、少女の哀しみに慈しみを示した。
森の静寂のように広く静かなる優しさを、温かな巨手に籠めて。
甘酸っぱい果実を口にしながら涙しているものの、エアの顔に白い蓮華草のように柔らかな笑顔が咲く。
喜びの舞を踊るかのように、野人は自らの巨体を左右に小さく揺らし、どことなく嬉しそうだ。
異質で厳めしい容貌らしかぬ、温かで優しい鳴声を、野人は森中に響かせた。
踊り歌うように巨体を揺らす野人に、エアは花の微笑みを一層深めた。
「あなたも、一緒に、食べよ……?」
エアは自分の小さな口、と長毛に覆われた野人の口元辺りへ、甘く酸っぱい果実や木の実を交互に運んでいく。
エアと野人は、彩りの甘美な果実や木の実によって口に広がる甘さに、喜び震え、時に酸っぱさや硬さに驚き、大袈裟に笑い合った。
エアが笑えば、野人も笑う。
エアが驚けば、野人も驚く。
エアが喜べば、野人も喜ぶ――。
まるでエアは感情豊かな子ども、野人は愛しい我が子に共鳴する慈母のようだ。
動植物達からも、温かで微笑ましい光景として映った。
「ここで、眠りなさいって、ことかな」
「――」
「ふふふっ、あったかい。あなたの腕は、とっても温かいね。私を助けてくれて、ありがとう。優しくて、温かい……”緑の精霊さん”――」
「――……」
幸せの花の咲く種を蒔き、緑のように深いぬくもりの籠った腕で抱きしめられる。
途轍もなく大きくて、温かくて、優しい、不思議な生命体を、エアは精霊さんと呼び慕う。
野人は、温かな長毛に覆われた巨大な腕でエアを包み込むと、共に眠りに落ちた。
愛しい我が子を胸に抱いて眠る親熊のように。
眠りから目覚めまでの間ずっと、野人の温かな両腕は小さなエアを守るように、胸にしっかりと抱いてくれた。
野人の纏う大地のぬくもりと緑の爽やかな香りは、エアの胸を懐かしい幸福で満たしていく。
今宵、エアは久しぶりに心から安心して眠れた。
生まれてから一度も逢ったことのない母と父による、無条件のぬくもりに抱きしめてもらえた夢を辿るような――。
胸が締め付けられるほどの幸福と安息に抱かれて。
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