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第一章④『平和の歌』

幼馴染のアサドと妹のフラウラ、他の子どもたちで集まると、エアは村の小さな涼地洞窟に湧いた、小さな地底湖へ赴いた。

 陽に煌めく空色の湖にて、エアと子ども達は汗を流し、太陽で焼け焦げた肌を冷やし清める。

 湖の妖精のように無邪気に遊ぶ子ども達を、年輩のエアとアサドは、親のように温かく見守る。


たとえ貧しくても、小さな幸せを見出して微笑むことができる。

 一つ一つの果実を大切に摘むように。

 平穏で慎ましやかな暮らしに眠る幸福――その象徴である子ども達の明るい笑顔に、エアは胸が温かくなる想いを口ずさむ。


 星のように、白く、小さな、お手々で、実らせた、彩の野菜、果実


 赤、青、緑、黄、紫、桃、宝石のようにツヤツヤ、キラキラ、輝いているよ


 真っ赤な林檎、一口齧ると、泉のように瑞々しい音を奏でるの


真っ赤な薄皮の向こうには、月のように色白い実が、たくさん詰まっているよ



「聴いたこともない歌だな、エア」

 「これは、野菜と果実の歌。たった今、私がつくったの」

 「そうなのか。でも、エアは読み書きを習ったことあるのか?」

 「まさかアサド。この村には、読み書きを教えてくれる大人はいないはずよ?」

 「なら、どうしてエアは歌の美しい言葉を、そんなスラスラと紡げるんだ?」

 「さぁ、何でかしら。でも時々、”声”が聞こえてくるの。名前も顔も知らない”誰か”が、ずっと遠くから、私に呼びかけている。それも小さい頃から」


 この世に生を授かった瞬間から――時折遠くから”誰か”がそよ風のように自分に呼びかけているような不思議な声が、エアの頭に入り込んできた。

 不思議な声は、澄み渡る青天の向こう側から響く時もあれば、別の時は真珠月の夜夢で。

 草花を波打つ風のように力強く、それでいて慈悲深い、どこか懐かしい響き。


 しかし、不思議な声の正体も、自分に求めていることは何なのかも、エアには見当もつかない。

 しかも、声の紡ぐ言葉の輪郭も意味も、風音にかき消されるように明確に聴き取れていないはず。

 それでも、学んだ記憶のない言葉や歌は、エアの桜色の唇からすらすらと零れるのが不思議でならない。

 

 遠い瞳で感慨深そうに呟くエアを、隣のガザルはいつになく真剣な眼差しで見つめた。

 そして、年配の村人達が昔から語り継いできた”神の話”を思い出していた――矢先。


 「がおー! カバさんだぞー!」

 「お姉ちゃん達も泳ご!」


 浮雲のようにエアとガザルを取り巻いていた神妙な空気を、いたずら好きな湖の精霊が唐突に破壊した。

 水飛沫をほとばしらせながら、子ども達は猛々しいカバのように水中から出没した。水浸しになったエアは双眸(そうぼう)を満月型にして呆け、ガザルは小麦色の拳を震わせながら地団駄を踏み出した。


 「みんな!逃げろ逃げろ。”ガザルカバ”が怒ったぞー! 食われちまう!」


 カバ呼ばわりされてますます怒り心頭なガザルは、水中に潜って子ども達を追いかけまわした。

 まさに凶暴なカバそのものとなって。

 しかし本人は、カバではなくより気高く美しい生き物に(たと)えるべきだ、と少々見当違いな反論を喚きながら。

 一方、子どもの挑発に翻弄されるガザルの様子に、エアはくすくすと柔らかな笑みを零す。

 |湖畔《こはん」に咲く可憐な花のように腰掛けるエアの姿に気付いたガザルは、途端戦意を一気に削がれた。


 「? どうかしたの、ガザル。具合でも悪い……――!」


 ガザルの小麦色の頬が炎々とした夕陽色に染まっているため、体調でも悪いのか、とエアは真剣に案じた。

 しかし、よそよそしい態度と赤い頬、魚のようにチラチラ泳ぐ視線を辿って、初めてエアは気付いた。



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