第一章③『村の子どもたち』
「よぉ、エア。また優雅に畑仕事でもしていたのかよ?」
猛々しい河流のように爽やかで溌剌とした声が、エアの背中を揺さぶった。
不意打ちのように声をかけてきた主の元へ、エアは反射的に振り返った。
「ガザル。まぁそんな所よ。優雅の意味はよく分からないけど」
「やっぱりお前は、あいかわらずの天然だな」
エアを迎えたのは、逞しい小麦色の肌を晒す年の近い青年ガザル。
彼の傍らにいるのは、妹であるファラウラだ。
苺のように丸みをおびた幼い瞳が愛らしい。
出会い頭に皮肉を口走ったつもりのガザルだが、肝心のエアには通じていないようだ。
本人はよく分からないまま、頬を仄かな苺色に染めて、首を傾げるのみ。
呑気にはにかんですらいるエアの飾らない態度に、毒気を抜かれたガザルは苦笑する。
「もう、お兄ちゃん。あんまりエアお姉ちゃんをいじめないでよ」
一方、ファラウラはお茶目な兄をやんわりと諌め、エアを慰めてくれた。
しかし残念ながら、ガザルとファラウラの言葉は宙を舞い、エアはあまり理解していない様子でファラウラに礼を零した。
同じ農村の仲間である兄妹とエアは、幼い頃から実の連なるサクランボのように共に仲良く育ってきた幼馴染である。
「それよりエア。仕事終わったんなら、今から俺んとこ来いよ。ファラウラ達がお前と遊びたいって、暴れ羊のように駄々こねて困ってんだよ」
「わかった! すぐに行くわ。林檎と棗椰子も持っていくわ!」
早朝から透明な汗を流して働き、一仕事の後は村の幼馴染と小さな子ども達と戯れる。
それが、貧しく過酷な環境での生活を余儀なくされているエア達の、唯一の楽しみである。
エア達の暮らす名無しの小さな農村は、清涼な山岳地帯と灼熱地獄の砂漠に挟まれ、過酷な荒野で孤立した地帯に属する。
荒野を満たす凄まじい熱風、灼熱の陽光によって燃え焦げた大地、渇き干からびた樹木等に囲まれて。
また、エアのような若者や子ども達に限らず、彼らを懸命に養っている大人達を含む村全体は、慢性的な窮乏に苦しみ続けている。
エア達の纏う衣服は、布をそのまま被せたようでやぼったく、所々が土埃で薄汚れている。
袖口や裾も、千切れた枯葉のように破れている。
熱砂から足裏を防護する靴の材料や道具どころか、技術すら貧しい。
農村の皆は、常に歯を食いしばりながら、裸足で灼熱の地を踏むしかない。
ましてや、子ども達の学習場や教師すら当然存在しない。
家族が飢えてしまわないように、朝も晩も酷暑に身を晒して働き、幼い子どもすら駆り出させる。
故に、村人のほとんどが読み書きは当然、自分の名前すら書けない。
世界を知り、世界を切り拓いていく知識と術を与える学問と機会の欠如は、エア達の貧困の連鎖に拍車をかけている。
元から豊かとは言い難い農村であったが、二十年前に最大都市国家ザハブに現在の――八代目イムベラトル王が即位して以来、この村は一層貧しくなった気がする、と年長者は述べていた。
原因としては、あらゆる資源が現王の拠点であるザハブ一心に集中し、独占されている仕組みにある。
結果、モノの価値は異様に高騰し、雀の餌すら買えないほどに、エアの村の生産物とその価値もほぼ地に落ちた。
それこそ雀の餌すら買えないほどに。
幸いと言うべきか、二つの河川に挟まれている地の利を活かした灌漑農耕は、この貧しい村にも発達している。
おかげで灼熱の乾燥地帯においても、穀物を中心とする作物を育てるだけの肥沃な水と土は辛うじて確保できた。
とはいえ、エア達はわずかな水と土で食糧を農作する自給自足で、精一杯の生活を強いられている。
「みんな! 今日は湖に行って遊ぼうか!」
それでもエアと村の子ども達は、明るい笑顔を絶やさなかった。
過酷な炎天下にも負けずに咲き誇る野花のように、逞しく。
とりわけ、エアの星海のように青く澄んだ瞳、野花のように可憐な笑顔は、周囲に自然と笑顔を咲かせる――不思議な癒しの持ち主として、村人には愛された。
たとえ炎々と注ぐ日照りに焼かれ、干からびそうなほど喉が渇いても、エアは連日連夜働き回った。
農作物に潤いの恵みを蒔き、熱々の土を手入れし、根気よく育てていく。
我が子への世話と愛情を絶やさないがごとく。
手塩かけて育てた結果、実り咲いた野菜や果実は、誰かの空っぽのお腹と疲弊した心を満たす笑顔をもたらす。
それこそが、エアにとって何にも代え難い幸福でもあった。
たとえ読み書きができなくても、裕福な生活ができなくても構わない。
家族同然である村人と子ども達が、いつも笑顔でいてくれたら、それでいい。
そう、エアは自分の生活に心から満足していた。
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