第五章①『歯がゆさ』
雲間から冷然と覗く真珠の月――冷酷非道と畏れられる王様の別の一面を、エアは垣間見た気がした。
幻想的で美しい月の耀きを垣間見たように。
以来、新芽が恵みの太陽を求めてやまないように、エアは王様に対する興味を強めていた。
しかし、興味と言う名の心の新芽は、疑念と失望の暗雲によって、瞬く間に成長を止めることになった。
淡い蜂蜜色の陽光が自室の小窓へ差し込み、憩い語らう者達を優しく溶かす昼下がり――。
エアは自室に白鳩のシェレグと侍女のメシュメシュを招いて、共に談笑に興じていた。
今日もメシュメシュは、楽器の美しい音色に耳を澄ませるように穏やかな表情で、エアの話に耳を傾けていた。
途中、シェレグに食べさせてあげるために器に盛られた木の実へ、メシュメシュが手を伸ばした瞬間。
淡い薔薇色で嬉しそうに染まっていたエアの顔が、一瞬にして冷水を浴びたように青ざめた。
エアは動揺に震えきった声で、メシュメシュへ明確に、けれど優しい口調で問いかけた。
「! メシュメシュ。どうしたの? その痣……」
「……これは、また自分でぶつけてしまったのです」
「……本当……に?」
「はい。私は侍女の中でも特に幼く、体も小さい故に、よくぶつけるのです」
褐色の細い腕には、傷み朽ちた洗紫色の痛々しい痣が咲いている。
腕の痣をエアが初めて見つけ、手当をした時も、メシュメシュは怯えを隠せない様子であった。
己の不慮でぶつけたにしては、毒花のように濃い痣は、見ていてひどく痛々しい。
メシュメシュのあどけない顔立ちと相反する大人びた顔にも翳りが差す。
何かに耐えている健気な表情に、エアの胸は尚一層痛んだ。
一体誰が、何故に、これほど真面目で心優しい幼侍女に、こんな仕打ちをするのか。
メシュメシュを苦しめている、顔も名前も知らない誰かに対し、エアに怒りが燻り始める。
とはいえ、探るような眼差しをメシュメシュに向けると、やはり彼女は無言で俯いてしまった。
「そう……。でも、こういう痣は放置してはいけないわ。またお薬を塗るから”お願い”してもいい?」
「……ありがとうございます、エア様。いつも、ご迷惑をかけて申し訳ございません」
「謝らないで。私は、好きでやっているのだから、ね?」
メシュメシュには一切の非はないというのに、彼女の表情は今も罪人のように暗く辛そうだ。
今回も深く追求できなかったエアは、腕の痣を静かに手当てするのみ。
この城で肩身の狭い日々を強いられているエアを気遣い、シェレグにも優しく接してくれるメシュメシュ。
エアにとって大切な友達に等しい存在となった。
いつもお世話になっているメシュメシュが沈痛な面持ちで悩み苦しんでいても、エアがしてやれることはない。
王が築いた城に囲われている限り、エアは自分が動きたい時に行動することも許されない。
無情な現実と己の無力があまりにも歯がゆい。
エアの心には、悔しさと同時に、一つの疑念の暗雲が立ち込めた。
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