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かまぼこの愛

作者: 芥川リタ蔵
掲載日:2023/01/13

僕はかまぼこである。

一般的には、魚肉のすり身を成形して加熱した魚肉練り製品の一種とカテゴライズされている。

しかし僕には他のかまぼこと違って感情が有った。


僕は元々どうやらイワシらしい、海での出来事はそこまで覚えていないがかまぼこと呼ぶには似つかわしいくらい体が灰色なのでその通りだろう。

感情が芽生えたのはつい最近の事、真っ暗な世界に急に一筋の光が刺したと思ったその瞬間に、僕は冷蔵庫の中に居た。


辺りを見渡すと、色とりどりのかまぼこ達が並んでいる。

聞こえてくる音は冷蔵庫の雑音と、外にいる人間が話している声だけ。

周りのかまぼこ達に話しかけてみたが、所詮かまぼこ。

誰一個として耳を傾ける者も返答する者も無かった。


ふと、冷蔵庫の扉が空き、僕の隣に大きなピンク色のかまぼこがそっと人の手によって置かれた。

出来たてと言わんばかりの暖かい湯気を身にまとい、冷蔵庫の冷たい温度差とともに身体中から湯気のベールを身に纏ったとても素敵なかまぼこだった。

白く綺麗なプルプルとした身に、ピンクのコントラストが美しい。

一体、前世の魚はどんな綺麗なヒレでどんなに淡白で美しい身なんだと我ながら嫉妬する程だ。

その時、自分の前世がイワシだった事に酷く落ち込んでいる自分が居た。

かまぼこに生まれ変わったのだから、人間に食べられる運命なんだろう。そこまであまり深く落ち込む事も無いが……。

「はぁ……。」

「はぁ……。」

と、自分がついたため息と同時に隣から同じため息が聞こえてきた。

「あれ……もしかして君も話せるの?」僕は尋ねた。

ピンク色の美しいかまぼこは僕の方を見つめ、口を開いた。

「あら、貴方も言葉が分かるかまぼこなのね?」と。


正直、まさか生まれ変わりがかまぼこだと思わなかった。

そして、一人このまま人間の口に入るまで誰とも会話をせずに冷蔵庫で佇む予定だった僕にとってはとても嬉しい出来事だった。

「僕も話せます、前世の事はあまり覚えていませんが。」

「貴女と違って、色も形も不格好ですがかまぼこです。」

自分の目の前に居るのは、白く綺麗なかまぼこ。

僕の様な灰色の濁った色などしておらず、かまぼこながらにコンプレックスを感じた。

きっと、イワシ時代も抱いたような感情に心が少し寂しくなった。

すると、その綺麗なかまぼこはこう言った。

「私、貴方みたいなかまぼこになりたかったわ。」と。

彼女は、彼女の前世はマンボウだった。

「貴方、マンボウって聞いた事ある?とても見た目が可愛いとは言えない醜い魚なのよ。」

「泳ぎも上手く出来ないの、群れでいる訳でも無くただ一人海を彷徨って餌を食べるだけの人生だったわ……。」

「綺麗になりたい、海でただそう願ったの。」

彼女は笑った、その結果がかまぼこだと言わんばかりに。

僕はその瞬間、自分だけが醜いと感じていたコンプレックスを恥じた。

きっと、この綺麗なかまぼこは、僕と同じように海を自由に泳ぎそして、独りではなく仲間と泳ぎたかったのだ。

「ねぇ、貴方の昔の話を聞かせてくださる?」

「私、海では浮かんでいるだけだったの、だから私が食べられる前に色んな海の世界の事を教えて下さる?」

僕はその日、昔の事を思い出しながら一生懸命に話をした。

彼女は、ただひたすらに僕の話を聞いていた。

何時間話したのだろう、その時冷蔵庫の扉が開いた。

どうやら、彼女はかまぼことしては人気らしい。

「早いのね……。もう少しお話を聞きたかったけど、さよならの時間らしいわ。」彼女は寂しそうにそう言った。

「貴方、すごく優しいのね。」

「きっと、海の中で貴方に出会えていたなら……マンボウだった事もきっと悔やんでは無かったのにね。」

その言葉に僕は心を打たれた、世の中は不平等だ。

きっと、彼女が欲しかった物は僕が持っていた物だし。

僕が欲しかった物は、彼女が自然と持っていた物なのだ。


「また、僕はイワシに生まれ変わってみるよ。」

「次は一緒に僕と泳ごう、話した出来事を二人で答え合わせをしよう。」僕は離れて行く彼女に震えた声で答えた。

「あははっ、優しいのね」

「なら、私もマンボウに生まれ直してみるわ。」

そして、冷蔵庫の重い扉が閉まった。


それから数日して、僕も人間に運ばれた。

食べられる瞬間は覚えていないが「美味しい。」と人間が呟いた事は覚えている。

誰もが無いものねだりかもしれない、咀嚼されながらゆっくりと砕けていく身体と共にそう考え眠った。

目が覚めたら、僕はまたイワシに戻っていた。

小さく不格好で嫌いだった身体が、今はとても軽く自由で誇らしいものに思えた。

そして、僕は海に浮かぶあの子を探しに群れを離れた。


生きる意味をくれたあの子を僕は探しに行くのだ。

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