3つの願い
・・・『猿の手』という話をご存知ですか?
とある老夫婦が手に入れた、何でも願いを叶えてくれる不思議なアイテム、『猿の手』。しかし、願いの代償は容赦なく徴収され、ついには、最初に手にしていた筈のささやかな幸せさえ全て失ってしまうという、残酷で、けれど心惹かれる物語を・・・
いえいえ、魂を寄越せだなどと、無粋なことは申しません。願いを叶えようとするお客様が必死にあがく姿を拝見するのが、私どもの喜びでございますから。
まあ、結果として不要な魂ならば、喜んで頂きにまいりますが。
・・・そして忍び笑いのフェイドアウト・・・
「今晩は~、突然ですが、貴方の3つの願いを叶えさせていただきますっっ!!」
「・・・せろ・・・」
「え、なになに?聞こえないよ?」
「失せろ、と言ったんだ、この羽虫」
ぼそぼそとうつむきながら呟いた相手の言葉を聞き取ろうとして近づいた、ティンカーベルのように可愛らしい姿の“妖精”は、いきなり内臓が(あるとするならば、だが)飛び出しそうなほど力いっぱい鷲づかみにされる。
「いいか、貴様がきっちり戸締りのしてある他人様の家に無断で入り込み、羽つけて飛び回りながら、脳天気な台詞を無神経な大声で叫ぶ、世にも非常識な存在であるのはまあ、かまわん。どうでもいいことだからな。
しかし、見ての通り私は仕事中だ。貴様の勝手な都合で邪魔をするからには、それ相応の覚悟があるんだろうな?」
住居不法侵入という名目もあることだし、心置きなくすっぱりいくか、ちょっと汚れるかもしれないが。
物騒な囁きとともに、カチカチと不気味な音を立てながら繰り出されるカッターナイフの刃を咽喉元に突きつけられて、“妖精”は心底震え上がりながら、必死で叫んだ。
「ひっ、ひえ~っっ、あ、あの、えと、そうだ、じゃあ、僕が、その仕事を仕上げて上げる、っていうのを1つ目のお願いにしたらどうでしょう?!“」
「・・・何もわかっていないな、貴様は」
道端のゴミを見るように、底冷えのする侮蔑をこめて、部屋の主は吐き捨てた。
「いかに辛くとも、過程があればこそ、達成の喜びがあるんだ。それを他人の手で、結果だけ与えられて喜べとは、馬鹿にしているのか?
それが見事な出来栄えであれば、自分の渾身の努力が、気安くお手軽に他人から投げ与えられる恩寵に劣るとプライドが傷つき、逆に自分の仕事に劣るなら、わざわざ願う意味はない。
その辺の機微も判らずに、他人の願いを叶えようなどとは片腹痛いにも程がある。貴様ごときに願うくらいなら、自分で努力した方がよっぽど早いわっ!」
「え、えーと、でもぉ・・・“お願い”を叶えないと、僕、帰れないんですけどぉ・・・」
「頭ばかりか耳まで悪いのか?最初にはっきり言っている筈だが」
氷点下の瞳が睨みすえる。
「“寄るな”、“失せろ”、“2度と私の目の前に現れるな”
以上3つの願い、きっちり叶えろよ、無能な悪魔!!」
「ど、どーしてそれを~っっ?!」
驚愕の叫びが消えぬ間に、たかが人間に翻弄尽された“妖精”姿の悪魔は消えてゆく。
「悪魔の契約への誘いは、断れない様に、強引で迅速で自分勝手と決まっているだろうが。・・・ち、人外のせいで、3分30秒も時間を無駄にしてしまった。さてと、仕事、仕事・・・」
・・・哀れな悪魔は、部屋の主が学生時代、“三段論法の悪魔”と呼ばれていたことを知らない。
口先三寸最凶王者に、契約という名の闘いを挑んだ身の程知らずの挑戦者は、情け容赦なく瞬殺されるのが当然の運命であった。