シュヴィップボーゲンを覚えてますよ
ヤれれば、もうそれでいいか。
脳裏に浮かんだのは、我ながら最低な考えだった。
だいたいホスト時代なんざ、クリスマスは書き入れ時だ。ホンカノとの甘ったるい時間が残されるはずもない。
これ以上どんなに頑張っても出ねぇよって、最後の一滴までとことん搾り取られる。いや、枕ってわけじゃなくて。
その後は転職に海外出張にと忙しなく。
だから二人きりのクリスマスなんてものは、ほとんどなかった。
「けどなぁ。何言ったって、一人、家で待ってんだもんな」
友達と出掛けろよ、とか。好きなように遊べよ、とか。
言ったところで、笑って頷くだけで。
「家に居るのが一番幸せだから」って、そりゃ俺だってそうだけど。
「アレ。もう飾ってあったな」
去年のクリスマスマーケットで俺が強請った木工民芸品。シュヴィップボーゲン。
家族団欒といったモチーフ。幸せな家族の象徴のような。
幸せな家族、その絆を築いていると確認したいがため。
俺のエゴを押し付けた。アイツは忘れず飾ってくれた。
それなのに。
あーあ、と顔を両手で覆えば、隣りでビールを煽っていた女が、「あーもう!」と突然叫んだ。力強くテーブルに叩きつけられるジョッキ。
「クヨクヨクヨクヨ、鬱陶しい!」
据わった目をした女は、会社の先輩。本日の主役。
部署内の忘年会は、先輩の先日の大当たりを称える目的を兼ね、日時は先輩が指定した。
よりにもよってクリスマスに、という非難に先輩は「リア充の邪魔したいからに決まってんでしょ」と言った。
「辛気臭いヤツは帰れ! 酒がマズくなる!」
そもそもアンタのせいだろが、という言葉はぐっと飲みこんだ。
「悪い、先輩! この埋め合わせはいつかするから!」
ビンゴで当てたSABONのバターハンドクリーム。
包装のされていない箱に、クリスマスっぽい配色のリボンが直にかけられている。
手土産はもう、これでいい。
用意するのをすっかり忘れていたクリスマスプレゼントは、あとで本人の希望を聞こう。
景品を鞄につっこみ、クリスマスソングに揚げ物と酒の匂いで充満した店を飛び出した。カランコロンとドアベルが鳴る。
途端、凍えるような風が襲った。走れば鼻先や頬を痛いくらいに刺してくるものの、駆け出す足は止まらない。
「ばーか。埋め合わせなんかいらないっての。……今夜くらいは一緒にいて、なんて。そんなの全然思ってないんだから」
慌ただしく店を出た後、そんな言葉が背中にかけられていたことを、俺は知る由もなかった。
皆様、素敵なクリスマスを!
ちなみにこちらは短編「シュヴィップボーゲンを覚えてる(https://ncode.syosetu.com/n7722hj/)」の翌年のお話です。
どちらもクリスマスのお話です。
併せてご覧いただけると嬉しいです。