第七話 『飯田は今、教室にいるわ』
「…………あ、れ??」
目を覚ますと、僕はベッドに寝かされている状態だった。
確か道場で飯田を投げ飛ばして――からの記憶がない……。
「陸!? 起きた!? 大丈夫!?」
ベッドの脇には、泣きそうな顔の莉子がいた。
左手が温かい。
どうやらずっと傍にいて、手を握っていてくれたようだ。
「ああ、莉子、付いていてくれたんだね。ありがとう」
「もう……、もしかして……、陸は目を覚まさないんじゃないかって……」
莉子の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
どうやらしばらくの間、気を失っていたらしい。
飯田に何度も投げ飛ばされたことと、最後の捨て身の一撃が身体に負荷をかけていたようだ。
特に最後のは受け身も何も考えず、奴を投げ飛ばすことだけを考えていたから……。
「ごめん、心配かけて。もう大丈夫だから」
寝たままの状態で、ゆっくりと手足に力を入れてみる。
どこかが折れたりとかそういうのは無さそうである。
ただ、未だに身体が重く、まともに動けそうにはない。
もうちょっとこのままの状態で休んでいたいところだ。
「陸は、もう少しこのまま休んでいて」
「うん、そうさせてもらうよ」
伝えなくとも、莉子には僕の気持ちが通じているようだ。
「あとは、あたしに任せて」
「うん、あとは莉子に任せ…………えっ!?」
不穏な空気を感じ取り、額に嫌な汗が滲む。
「……飯田は今、教室にいるわ」
前言撤回!
莉子に気持ちは通じてはいない!?
それって、今日の僕の頑張りが無に帰すやつですよね!?
「……莉子、飯田はもう敵ではないから、奴のことは放っておこう」
「えっ、でも……」
「僕が最後に奴を投げ飛ばしただろう? もう大丈夫だから」
僕が捨て身で奴を投げ飛ばしたことにより、奴も考えを改めるかもしれない。
また優等生を嫌いだということが分かったわけで、今後はそういう接し方をしなければ良い。
そして、僕が奴より強くなれば、奴は今回のようなちょっかいを出すことはできない。
いくらでもやりようはある。
今回は奴のことを知らなかっただけなのだ。
「それよりも、こうやって僕の手をずっと握っておいてくれないかな?」
莉子に握られたままだった左手に、僕は力を込める。
「う、うん……」
頬を紅潮させながら、頷く莉子。
莉子をここに留めるためだけに言ったのではない。
今日の頑張りのご褒美をもらおうと思ったのである。
つまり、僕はわがままを言っただけだった。
◆ ◆ ◆
「……う、う~ん?」
二度目の覚醒時、蛍光灯の明かりがやけに眩しかった。
窓を通して見える屋外はすでに暗くなっているようだ。
そして、左手は莉子の右手と繋がったままだった。
僕が眠っている間、約束通りにずっと手を離さないでいてくれたらしい。
「……陸、具合はどう?」
心配そうに顔を覗き込んでくる莉子。
「もう、大丈夫だと思う」
そう言って、身体を起こす。
身体のだるさは多少残っているが、動くことはできそうだ。
「ごめんね、遅くなっちゃって……」
「ううん、あたしは大丈夫だから」
ぶんぶんと首を横に振る莉子。
そんな莉子の左手には、何故か包丁が握られている……。
――えっと、何故??
「ああ、これ?」
包丁を見つめる僕に気付いた莉子。
その包丁を持ったまま、左手を持ち上げた。
「あっちの先生がね、あたしに陸を置いて帰れって言うから」
見ると、保健室の先生が大分離れたところから僕らの様子を伺っていた。
その顔には怯えの表情が張り付いている……。
「えっと……、ずっと手を握っておいてって言った僕の言葉を守ってくれたんだね?」
「うん!」
笑顔で返事を返す莉子。
「……うん、ありがとう」
できるだけ笑顔を作り、莉子へと微笑み返す。
そして――。
(保健室の先生、すいません! 莉子は悪くないです……。僕のせいです……)
先生へと懺悔をすることとなったわけである。
◆ ◆ ◆
「先生、ベッドを使わせていただき、ありがとうございました」
保健室を出る際、未だに近付いては来ない先生に僕は丁寧に頭を下げた。
隣にいる莉子も頭を下げている。
莉子はちょっとした性格の癖もあるが、別に礼儀知らずではない。
僕と同じく、先生には感謝しているのである。
ただ、包丁を取り出したことについては特に何も思っていないようではあったが……。
「本当に大丈夫?」
莉子が不安そうな顔で僕を見つめている。
階段を降りるとき、莉子と手を繋いだままでふらついてしまったのだ。
まだダメージが抜けきっていないらしい。
「ああ、大丈夫だよ」
心配させないように答えるが、莉子は難しい顔をしていた。
「……飯田のことは、僕に任せてよ」
莉子が飯田に対して何かしようと考えていることは、僕にはすぐに分かった。
でも、そうはさせない。
「それに、莉子に助けてもらうべきときは、きちんと助けてもらうからさ」
そう言いながらも僕は、今回も結局莉子に助けてもらったと考えていた。
莉子がいなければ、最後に飯田を投げ飛ばすことなんてできていなかったから。
やはり莉子のおかげなのである。
「……分かったわ。陸が本当にダメなときは、あたしが必ず何とかするわ」
そう言って、やっと莉子はきちんと笑顔を見せてくれたのである。
その笑顔に僕は改めて思った。
自身の行動が間違っていなかったことを。
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