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第三十二話 『つまり、陸とあたしの共同作業ということね!?』

「お兄ちゃん!? 銃を持った相手に突っ込んで行くとか……馬鹿なの!?」


 助けに来てくれたアオを抱え、二本の包丁を持って二人の元へ僕は戻ってきた。

 そして、澪からの第一声がそれだった。


「澪こそ、何を馬鹿なことを言っているんだ? ここに莉子が居て、僕が銃で撃たれるわけがないだろう? しかも、アオも一緒にいるんだし……」


 きっぱりと反論する僕だったが、それを聞いて呆れ顔となる澪。

 どうやら納得はしてくれていないようだ。


「まあ、そんなことより……」


 僕は莉子に向き直った。

 莉子は緊張の糸が切れたように地面に座り込み、泣きそうな顔をしながらこちらを見ていた。


「莉子、ありがとう。包丁、返しておくね」


 二本の包丁を莉子へと返す。


「それと、やっぱりなんだけど……。僕は、莉子がいないと何もできないみたいだね」


 今回、莉子がいなければ、アオを助けることはできなかった。

 アオを見つけることもできなかっただろうし、さっきだって銃で撃たれてそれで終わりだった。


 今回だけではない。

 結局、今までのことも全てそうだ。

 学校に楽しく通えているのも、勉強ができるようになったのも、運動が得意になったのも、みんな莉子のおかげである。

 ダメダメだった僕は莉子のおかげで変わったのだ。


「だから、これからも、莉子には僕の(そば)にいてくれると嬉しいな」


 そう言った瞬間、莉子の綺麗な瞳から大粒の涙がこぼれ始めた。


「ズルいよ、陸……。そんなこと言われたら、怒れないじゃない……」


 莉子が僕に怒ったことなんてあったっけ?

 そんなことを思った僕は、莉子の涙を優しく拭った。



「ふざけやがって……!!」


 声が聞こえた瞬間、莉子は両手に包丁を持って跳ね起きていた。

 それに負けじと僕も素早く体勢を立て直し、莉子の右手を掴む。


 声を発したのは、さっきまで気を失っていたヒカル様だった。

 左の頬を大きく腫らし、右手には小さなナイフを持っている。

 ただし、顔は鬼の形相(ぎょうそう)となっている。


「ぶっ殺してや……」

「それはこっちの台詞よーー!!」


 ヒカル様の声を遮り、莉子が大きく叫んだ。

 その声にヒカル様の身体がビクッと反応する。


「陸に銃を向けたこと、万死に値するわ!!」


 莉子は自身が足を撃たれたことを怒ってはいなかった。

 僕に銃を向けたことに激しい怒りを感じているのである。

 更に、現在は奴と僕との間に身体を入れ、僕が前に出ることを防いでいた。


(この子は本当に……)


 ならば、僕は僕にできることをする。


「お前、そんな小さなナイフひとつで、そんなボロボロで、僕たちをどうにかできると思っているのか?」


 ヒカル様は頬を腫らしているだけではなかった。

 左手で脇腹を抑え、顔の右側には大きな裂傷の跡があった。

 どう見ても立っているのがやっとの様子だ。


 しかし、僕は油断していなかった。

 奴の持つナイフを注視していた。

 奴が近付いてきた場合、そのナイフを何としてでも抑え込むつもりでいた。

 これ以上、絶対に、莉子を傷付けさせはしない。


「陸、あたしに任せて。あたしが必ず奴を細切れにするわ!」


 奴がボロボロでも、当然莉子は手を抜かないだろう。

 僕も莉子に合わせて言った。


「もし、これ以上、わずかでも莉子を傷付けた場合、僕も莉子と一緒にお前を細切れにしよう!!」


 莉子に合わせた僕の宣言に、ヒカル様は何も言い返さなかった。

 いや、言い返せなかったのだろう。

 冷静さを取り戻しながら、特に莉子からの強烈な殺気にあてられて萎縮(いしゅく)しつつあるように見える。


(……もう少しか?)


 と、思ったときだった。


「――陸!? 一緒に細切れをしてくれるのね!?」


 予想外の方向から、嬉々とした声が飛んできた。


「えっ? う、うん?」


 何故か莉子の綺麗な目が、いつも以上にキラキラと輝き始めた?


「つまり、陸とあたしの共同作業ということね!?」


 共同作業??

 もしかして……。


「莉子、あの……、結婚式のケーキ入刀とかとは違うと思うよ……」


 どうやら、莉子的には僕と一緒に包丁を使えるというのが物凄く嬉しいらしい。

 僕も莉子と一緒に包丁を使えるのは嬉しい。

 ただ、僕は包丁を向ける先は人間ではなく、ケーキのほうが良いかな……。


 テンションの跳ね上がった莉子は、すぐにでもヒカル様へと飛び掛かりそうな勢いだった。

 満面の笑みを浮かべながら。


 そんなやり取りを聞いていたヒカル様の戦意は完全に消え去ったようである。

 ガタガタと震えながら、その顔色は白へと変化している。


 やっと気付いたようである。

 小さなナイフひとつで優位に立てるわけもなく、自身はただただ狩られる立場であるということに。

 ――莉子にとっては、ただのケーキにしかなり得ないことに。


「お、俺は大いなる祝福の教祖、ヒカル様だ……。た、たかが、ガキ二人と、猫一匹にやられるわけには……」


 それでも、何とか踏み止まろうとするヒカル様。

 そこへ――。


「じゃあ、もう一人、加えておけば良いじゃない!!」


 叫んだのは、いつの間にかヒカル様の後ろへと回り込んでいた澪だった。

 そして、叫ぶと同時に勢いよく蹴り上げていた。

 ――ヒカル様の股間を、である。


「アオを誘拐して! 莉子ちゃんを傷付けて! お兄ちゃんに銃を向けて! 私にだって、一撃入れさせなさいよーーー!!!」


 澪の叫び――というよりも願いは、ヒカル様には聞こえていなかっただろう。

 股間を強打されたヒカル様は、既に泡を吹いて完全に気を失っていたからである。


 澪に蹴られて崩れ落ちるヒカル様を見ていた莉子は、すぐに動いていた。


「澪、良くやったわ。……それじゃあ、早速始めましょう。陸は左からで、あたしが右からで良いわよね?」


 そう言って、嬉しそうに片方の包丁を差し出してくる莉子。

 目が本当にキラキラしている。

 莉子の願いはできるだけ聞いてあげたい。

 が――。


「あのね、莉子。共同作業の前にやることがあるから」


 僕は優しく莉子の腕を引き、背中と膝の裏に腕を入れた。

 そのまま、莉子を軽く抱え上げる。


「えっ!? な、何を!?」


 いきなりお姫様抱っこをされた莉子はオロオロしている。

 あまり見ないそんな莉子の姿がとても愛おしい。


「決まっているじゃないか、すぐに病院に行こう」


 莉子の足の怪我はまだ簡単に止血をしただけである。

 足に巻いたハンカチは既に真っ赤になっている。

 すぐに病院に行って、医者に診せるべきだった。

 ヒカル様なんてどうでも良い。

 もっとも大事なのは莉子なのだから。


 そもそもいつもの莉子なら、僕が腕を抑えただけでは止まらない。

 今は足に力を入れられないのである。

 そんな莉子にこれ以上無理はさせられない。


「大丈夫、今の僕なら莉子を抱えて病院まで行けるから」


 いくら軽いと言っても、莉子と出会う前の僕では莉子を抱えることはできなかっただろう。

 でも、今は違う。

 莉子と出会って、莉子を守るだけの力を身に付けてきた。

 クラスの人気者になりたいがために頑張ってきたわけじゃない。

 愛すべき莉子のための力なのだ。


「それに、もうすぐ花火大会じゃないか」


 言った瞬間、ハッとした表情となる莉子。


「莉子には足をきちんと治してもらわないと、僕が困っちゃうよ」


 顔を伏せ、小さく頷く莉子。


「僕の、莉子との約束も守ってくれるんだよね?」


 今度は大きく頷く莉子。

 莉子の身体から力が抜けていくのを確認してから、僕は言った。


「もちろん、アオも病院行くよ。――アオ、乗って」


 すると、アオはすぐに莉子のお腹へふわりと優しく飛び乗った。

 お腹で丸くなったアオを莉子は両腕で優しく抱える。


「二人を病院で治療してもらったら、帰宅する前にケーキ屋さんへ寄ろう」

「……??」


 可愛く小首を傾げる莉子。

 よく分かっていないようだ。


「ホールでケーキを買って、一緒にケーキを切ろう」


 驚いた表情になった莉子に、僕はニッコリと微笑んだ。


「そのときに、莉子の包丁を借りても良いかな?」

「うんっ!!」


 頬を赤く染めながら、笑顔となる莉子。

 そんな莉子の額に僕は優しくキスをした。



 その後、帰宅前に苺が沢山散りばめられたホールケーキを購入し、莉子とケーキ入刀を行った。

 使用したのは刃先の欠けた莉子の包丁だった。

 もちろん、澪とアオが温かく見守る中である。


 あんなに欲していた共同作業であるのに、莉子の動きはかなりぎこちなかった。

 本番ではどんなふうになるのか、僕は楽しみで仕方がなかった。




 ――こうして僕らの長い一日が幕を閉じた。

 一年前に交わした、莉子との約束を果たす日はすぐそこまで迫っていた。

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