第二十七話 『僕と一緒に、アオに怒られてくれないかな?』
その日は、朝からアオの具合が悪かった。
――僕はアオの傍にいてあげるべきだったのだ。
「アオ、今日はお見送りしないで良いって……」
学校へと出掛けるために玄関まで来たところで、後ろから付いてくるロシブル――アオへと声を掛ける。
アオは息が荒く、少しフラフラしていた。
別に何処かが悪いわけではない。
昨日のワクチン接種の影響である。
去年も数日間、接種後は具合悪そうにしていたのだ。
残念なことに、今年もそれが出てしまったようだ。
「にゃあ……」
僕が断っているにも関わらず、アオはお見送りを止めるつもりはないようだ。
朝のお見送りと学校から帰ってきたときのお迎えは、アオの日課だった。
体調が悪くてもそれを止めるつもりはないらしい。
「分かったよ。今日は早く帰ってくるから、アオは部屋でゆっくり休んでて」
青い宝石のチョーカーを煌めかせるアオを、僕は優しく撫でた。
目を細めるアオ。
「じゃあ、行ってきます」
靴を履いた僕は、こちらを見つめたままのアオへと手を振ると、玄関の扉を閉めた。
◆ ◆ ◆
「た……ただいま!」
いつもより少し大きな声とともに、玄関の扉を開ける。
ただ、僕の声は少し掠れていた。
授業を終えた僕は学校から猛ダッシュで帰宅したからである。
事情を説明した莉子にも放課後はすぐに帰宅すると伝えてあった。
莉子もアオのことを心配し、「今日はアオに付いていてあげて」と言ってくれた。
扉を開けると、アオが優雅な動作で僕の元まで駆けてくる――。
……のが日課なのだが。
「……アオ?」
今日はアオのお迎えがなかった。
まだ体調が良くならず、お迎えに来られないくらいなのだろうか?
僕は心配になり、すぐに靴を脱いで居間へと向かった。
居間にはアオの姿はなかった。
僕の部屋へと移動するが、そこにもアオの姿はない。
「アオ!?」
それだけではない。
アオの姿はキッチンにもトイレにも風呂場にも押し入れにも、澪の部屋にも両親の部屋にもどこにも存在しなかったのである。
「アオ!! アオ!!」
大きな声でアオの名前を連呼するが、返事はない。
しかし、そんなわけはない。
アオは家猫であり、自ら外に出ることはない。
外に出るのは病院へ行くときくらいである。
しかも、全ての世話を行っている僕と必ず一緒に外に出るのだ。
「…………??」
家中を探し回っていた僕の目に見慣れないものが映った。
小さなメモ用紙のようなものが、テレビに張り付けられている。
今朝にはこんなものはなかったはずだが……。
メモを剥がして目を通すと――。
『猫は預かった。誰にも知らせず、ガキ三人でここまで来い』
そこにはこう書いてあった。
「アオ……」
メモを握りしめたままの僕は天を仰いだ……。
◆ ◆ ◆
「アオを助けるのに、二人に手伝ってほしいんだ」
僕は莉子と澪の二人に頭を下げていた。
二人には、メモを読んですぐに連絡を取った。
『ガキ三人』に名前の指定はなかったが、アオに関わる三人と言えばこのメンバーしかあり得なかった。
「お兄ちゃん、何を言ってるの!? 頼まれなくても助けに行くに決まってるじゃん!!」
澪は拳を握り締め、怒りをあらわにしている。
今すぐにでも家を飛び出しそうな勢いだ。
しかし――。
「……莉子?」
莉子の様子はおかしかった。
僕は莉子なら、すぐに包丁を取り出し、犯人探しに向かってくれると思っていたのだ。
しかし、莉子は一言も話さなかった。
口をへの字に結んでいる。
そして、思い立ったかのように話し始めた。
「陸、ひとつ言っておくわ。アオは…………陸に助けられることを望んでいないわよ?」
「莉子ちゃん? それはどういうこと?」
莉子に対して疑問を呈する澪。
「アオは自身のために、陸を危険な目に合わせることを望んでいないということよ」
「……そんなこと……」
「アオの意志は、あたしが一番よく理解しているわ」
アオと一緒に特訓をするくらいである。
お互いに何を考え、何を優先すべきかは理解しているということだろう。
「危険を承知で助けに行ったとしても、きっとアオは怒り出すわよ」
莉子の説明に口をつぐむ澪。
「……確かに、そうかもしれないな」
「お兄ちゃん!?」
アオなら、自身を犠牲にしてでも僕の身を守ってくれる。
今までそうだったし、今回もそう考えていそうな気がする。
僕がアオを助けに行って危険な目に合うくらいなら、アオは自身のことを見捨てて欲しいと思っているかもしれない。
「でも――」
僕は大きく息を吸い込んで言った。
「『何があっても、僕は君を見捨てはしない』」
「お兄ちゃん、それは??」
「……道端で震えていたアオと初めて会ったとき、小さなアオが僕に力いっぱいしがみ付いてきたとき、僕がアオに伝えた言葉だよ」
初めて会ったときのアオは、本当に小さくてボロボロだった。
そして、ブルーの瞳の奥に宿る怯え。
それを僕は今でもなお忘れてはいない。
「今ではアオに守られてばっかりだけど……、僕はそのときの約束を、今もこれからもずっと守り続けるよ」
「陸……」
「だから、莉子。また迷惑かけちゃうんだけど……」
少し気恥ずかしく思い、頭をポリポリとかく。
「僕と一緒に、アオに怒られてくれないかな?」
そう言って、僕は莉子に右手を差し出した。
「そうなのね……。まあ、別に迷惑でもないし、それなら仕方ないわね」
少し頬を緩ませた莉子が、僕の差し出した手を取った。
「わ、私ももちろん! 一緒に怒られるからね!」
慌てた澪が自身の手も重ねてくる。
「ああ、この三人でなら大丈夫。アオを助け出そう!」
「ええ!」
「うん!」
うん、大丈夫。
この二人がいれば、きっと何とかなる。
「じゃあ、指定された時間と場所を考えて、まずは必要な準備をしていこうか」
残されたメモには、折りたたまれた地図が付いており、そこに時間と場所が記してあった。
そこに三人で行けば良いということなのだろう。
そして、まだ時間的な余裕がある。
「陸、その必要はないわよ。すぐにアオを助けに行きましょう」
「……え??」
すぐにと言っても……、指定された場所に早くに向かうということだろうか?
ただ、犯人が余程の間抜けでない限り、早くに行ってもアオがいるとは思えないが……。
「アオの居場所なら分かるわ。わざわざ敵が指定したところに行く必要はないのよ」
「……居場所が分かる??」
「あー、もしかして……」
莉子の言葉に澪は混乱していたが、僕には思い当たる節があった。
他ならぬ莉子なら……。
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