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僕はヤンデレ彼女を愛してやまない。  作者: 小鳥鳥子
『包丁とバッジとチョーカー』
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第二十三話 『おにぎりがいっぱい~~~!!』

「……続きまして、第三レーン、雨宮澪さん」


 場内に響くアナウンスとともに、澪が一歩前へ出て手を挙げ、頭を下げた。

 更に、こちらへと軽く手を振って笑顔を見せる。

 緊張の様子は全く見られない。


「澪、いつも通りで問題なさそうね」


 隣にいる莉子も全く同じ印象を持ったようだ。



「On Your Marks…………Set……」


 スタートの準備を告げる音声が流れる。

 会場にピンと空気が張りつめた後、ピストル音が鳴り響いた。

 一列に並んだ選手たちのスタートは、皆ほぼ同時だった。


 しかし、一歩進むごとに他を引き離していく選手が一人いた。

 それが澪だった。

 澪はそのまま、他を寄せ付けない速さでゴールを駆け抜けていった。



 ◆ ◆ ◆



「お兄ちゃん、今週末なんだけど……」


 澪が話しかけて来たのは、僕がアオに遊んでもらっているときだった。

 アオは僕が持つ猫じゃらしに似たおもちゃへとじゃれついていた。

 ……などということはなく――。

 猫じゃらしへと容赦ない攻撃を加えていた。


 生半可な連続攻撃などではない。

 じっくりとタメを作り、相手の隙を付くかのように目にも止まらぬ速さで前肢での一撃必殺を加えているのだ。

 その攻撃を食らうたびに、無残な姿へと変わっていく猫じゃらし。

 これも訓練の一環なのだろうか?


「お兄ちゃん! 聞いてるの!?」


 しおらしい態度で話に来たかと思ったら、すぐさま怒りへと変化する澪。

 なかなか忙しいやつである。


「あぁ、聞いてるよ。今週末の県大会ことね?」

「……そうだけど?」


 県大会の話だとすぐに気付いたことが予想外だったようだ。

 驚いた表情となる澪。

 どうやら大分、兄を舐めていたようである。


「もちろん、応援に行くよ。莉子と一緒にね」


 アオの真剣さに負けないように、不規則に猫じゃらしを動かしつつ、澪のほうを見ずに言った。

 アオが訓練をするというならば、その手伝いをしなくてはいけない。

 僕はアオのお世話係であり、莉子の彼氏なのだから。

 しかし、アオはそんな動きは物ともせず、強烈な一撃を確実に猫じゃらしへと与えていく。

 猫じゃらしの寿命を確実に削っていっていた。


「今週末の県大会で引退するんだろ? 兄として妹の集大成を見届けさせてもらうよ」


 今までにも澪が出場する大会へは何度も足を運んでいた。

 澪が表彰台に上るたびに、兄として誇らしく思っていた。

 自身には何もなくとも、自慢の妹がいるんだと思っていた時期もある。


 また、澪がたゆまぬ努力をしていたことも知っている。

 挫折を経験して、大きく成長したことも知っている。


 あまり自慢の兄ではなかっただろうが、澪が陸上を始めてから僕はずっと見守ってきたつもりだ。

 最後の応援くらいは、例え妹が嫌がってもこっそりさせてもらおうかと思っていた。


「うん……、ありがとう」


 何か言ってくるかと思ったが、何だか珍しく素直な澪だった。


「あの……、莉子ちゃんも来てくれるの?」

「ああ、大会の話をしたら、莉子の方から応援に行きたいと言ってくれたんだよ」


 やはり莉子から見たら、澪は妹のようなものなのだろう。

 応援に行くのも当然と思っていたようだ。


「お弁当作って、持ってきてくれるってさ」

「お弁当!? 本当に!?」


 お弁当というワードに大きく反応する澪。


「あっ、それじゃあ、今のうちに私の好みとか伝えておかなきゃ!」

「さすがだな……。しかし、お弁当まで作ってくれる莉子のためにも、情けない姿は見せられないな?」

「うっ……、頑張るよ……」


 発破をかけたつもりだったが、ちょっと緊張してしまったようだ。


「いつも通りで大丈夫だと思うけどなぁ」


 妹の実力はよく分かっている。

 緊張せずに普段通りの力が出せれば問題なさそうにも思えるのだが。


「まあ、そうだと良いんだけどね……」


 元気な返事が返ってくるかと思っていたが、やはり澪は不安そうだった。

 首を傾げながら、去り行く澪の後姿を眺めていると――。


「みゃあ」


 満足げなアオの声が聞こえてきた。

 見ると、手に持った猫じゃらしの先が無くなっていた。

 既に寿命を迎えていたのだ。

 これでは訓練はできそうにない。


「それじゃあ……アオ、、、おいで」


 こちらを見つめるアオへと優しく声を掛け、軽く膝を叩いた。

 すると、アオは優雅な動作で膝へ乗り、すぐに丸くなった。


「澪、どうしたんだろうね」


 昔ならいざ知らず、現在の澪は大会前にナーバスになるタイプではない。

 いつもとは明らかに様子が違っていたのだ。



 ◆ ◆ ◆



「おにぎりがいっぱい~~~!!」


 莉子が取り出した重箱を見て、歓声を上げる澪。


「具材を色々変えたおにぎりを作ってみたの。好きなのを食べてみて」


 澪の様子に嬉しそうな莉子。

 こういうときの素直な感情表現が澪の良いところだ。

 僕にはなかなかできないことである。


 高級そうな重箱には、小さめのおにぎりが沢山並んでいた。

 シンプルな白米でできているおにぎりもあれば、焼きおにぎり、卵が巻いてあるおにぎり、混ぜご飯でできているおにぎりと見た目にも華やかだった。

 そして、中身は――。


「これは、煮卵?」

「そう。めんつゆで味付けしているの」

「こっちは?」

「それは鮭とチーズね」

「これは!?」

「それは肉みそで――」


 澪は莉子にどんどん質問していき、同時にどんどんとおにぎりを口に運んでいく。


「いやいや、食べ過ぎるなよ?」

「だって、どれも美味しいし~」

「それは分かるけど……、この後、決勝があるんだろ?」


 このままでは動けなくなるまで食べそうな勢いだった。


「とりあえずは、一旦食べるの中止な」


 そう言って、僕は手と口が全く止まらない澪から重箱を取り上げた。


「あ~……」


 不満の声を上げる澪。

 仕方ないといった様子で、今度は莉子からお茶を受け取っている。


「決勝が終わった後に、ゆっくり食べましょう」

「うん、、そうしようかなぁ……」


 おにぎりを飲み込み、お茶をすする澪。

 莉子に説得されながらも、未だに納得の様子ではない。


「とりあえず、その様子なら今日も大丈夫そうだな。……優勝、狙っているんだろ?」


 優勝するのが簡単なことではないことは分かっているつもりだ。

 ただ、午前中の澪の予選タイムはトップであり、今までの大会で何度も一位を取っている澪である。

 澪は自信満々に「もちろん!!」と返答する――と思っていた。

 しかし――。


「……優勝はもちろんしたいとは思っているんだけど、、、今日は、ちょっと……難しいかも……」


 表情を曇らせながら、澪は予想外の返事を返してきた。

 首をかしげ、少し俯く澪を見つめているときだった。


「あら、ミオ、ここにいたのね?」


 話し掛けてきたのは、僕が知らない顔だった。


「……リサ?」


 澪からリサと呼ばれた女性は、ユニフォームを着ていた。

 澪より背が高く、長い茶髪をポニーテールにしている。


「ミオ、今日も良い勝負をしましょうね」

「……今日は負けないわよ」


 スポーツマンらしい爽やかな笑顔で話し掛けてくるリサを、決意を秘めた表情で正面から見据える澪。


「そちらはご兄弟かしら?」

「ええ、私の兄と……姉よ。今日は、私の応援に来てくれたの」


 そう言った澪の表情は少し柔らかくなった。


「そう、素敵なご兄弟がいるのね。羨ましいわ」


 彼女は澪の表情の変化に気付いたようだ。

 澪のライバルではあるが、澪を敵と見ている感じではなかった。


「では、そろそろ行くわね」


 そう言った彼女はくるりと背を向け、ポニーテールを揺らしながら去って行った。




「彼女――『櫻井(さくらい)リサ』が、今大会一番の優勝候補よ」


 ライバルの背を見ながら、澪は言った。


「私は彼女と今まで2回対戦して、2回とも負けているわ」


 澪はやはり少し俯いていた。


「今回こそはと思ったから、二人には応援に来て欲しかったのよ……」


 そして、僕と莉子の二人が応援に来た。

 しかし、自信を持ってレースに臨める状態にはなっていないようだった……。


「では、今回が初勝利になるということね?」


 (よど)んだ空気を吹き飛ばすかのように言い切ったのは、それまで静かに話を聞いていた莉子だった。


「えっ!?」


 驚いて莉子を見る澪。


「陸とあたしが応援に来ているのに、澪はまた負けるつもりなの?」

「そ、それは……」

「勝ってきなさい!」


 莉子の言葉には迷いがなかった。

 そこには、いつもの圧倒的な強さを持つ莉子がいた。


「……でも、もし、澪が何とかできないなら、あたしに任せなさい」

「えっ!!!」


 今後は僕が驚愕し、莉子を見る。

 それは、ちょっと……ちょっと待て!


「うん、ありがとう。莉子ちゃん」


 澪は頭を振っていた。


「でも、莉子ちゃんは何もしないで。()()何とかするから!」


 澪はきっぱりと言い切り、もう迷いのない表情をしていた。


「そう?」


 それを見た莉子は少し嬉しそうだった。

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