第十八話 『莉子に苦手なものとかあるのかなぁ』
――僕は考えていた。
――ライオンすらも屈服させてしまう莉子に苦手なもの、嫌いなものはあるのか?
これは、その一端を知ることになったお話である。
「お兄ちゃん、今、ガオちゃんが大人気なのを知ってる?」
今日の授業の復習を終え、明日の授業の予習を開始しようとしたとき、何の遠慮もなく話し掛けてきたのは澪だった。
なお、受験生であるはずの澪が勉強しているところはほとんど見たことがない。
「ガオちゃんって……、あの動物園にいたライオンのガオちゃん?」
持っていたテキストを閉じ、息抜きとばかりに澪の話に付き合う。
莉子と対峙し、莉子に敗れ去った印象が強いガオちゃん。
ただ、動物園でよく見かける普通のライオンである。
人気がなくはない。
しかし、別に大人気というわけでもなかったと思うが……。
「そう、これを見てよ」
何だか得意げな澪がスマホの画面を見せてくる。
それはSNSの動画だった。
動画の真ん中にいるのがガオちゃんだった。
ガオちゃんは檻の中で、背筋を伸ばしてビシッとお座りをしている。
そこからはライオンの風格のようなものを感じることができた。
確か僕が調べたところでも、堂々とした佇まいであることが多いライオンだったと思う。
ただ、別にこれで大人気になるとは――。
「お兄ちゃん、見て欲しいのはこの後だから」
澪に促されて続きを見ていると、画面に長い黒髪の女の子が一人現れた。
檻の前へと立つ女の子。
すると、途端に慌てだすガオちゃん。
オロオロし始め、そして、伏せをしたかと思うと、そのままゴロンとひっくり返った。
見事なへそ天を女の子へと見せ始めたのである。
(これは、もしかして……)
この光景には心当たりがあり過ぎる……。
動画の女の子は、ひっくり返ったガオちゃんを見て大喜びしている。
そして、動画には多数のイイネとコメントが付いていた。
『女の子にお腹出して甘えてる~』
『可愛い~』
『普段とのギャップがいいねー』
非常にウケは良いらしい。
「……別に甘えているわけではないのだろうけど」
「やっぱりそうだよね~」
うんうんと頷く澪。
甘えているのとは絶対違うはずだが、ここで真実を伝えることにあまり意味はないだろう。
ガオちゃんの名誉のためにも黙っておくほうが良いとすら思える。
しかしながら――。
「やっぱり莉子は凄いんだな」
ライオンにトラウマを植え付けてしまうぐらいなわけである。
「莉子に苦手なものとかあるのかなぁ」
絡んでくるヤンキー相手にも、襲い掛かろうとしているライオン相手にも、莉子は全く怯まない。
それどころか、逆に怯ませているくらいなわけで……。
少なくとも僕は莉子が怖がるようなものや相手を知らなかった。
「そこでね、お兄ちゃん。これを……使ってみてよ」
考え込む僕に澪は小さな長方形の紙を渡してきた。
「これは……、お化け屋敷のチケット?」
紙には、おどろおどろしいフォントで『恐怖の館へようこそ』と書かれている。
「そう、正確にはプレオープンの無料チケットね。ご近所さんから貰ったの」
澪は顔が広く、ご近所さんと仲が良い。
小さな頃から可愛がられていて、ご近所さんが集まる井戸端会議にもよく参加している。
僕も多少は話せるようになってきたとは言え、この辺りに関しては澪には全く敵わない。
「ペアのチケットだから、お兄ちゃん、もし良ければ使わない?」
「つまり、莉子と行って来たらってこと?」
「そういうこと。ライオンより強い莉子ちゃんに、お化け屋敷でお兄ちゃんの男らしいところを見せるってことよ」
なるほど。
莉子のことをすっかり気に入っている澪。
何かにつけ僕と莉子の仲を取り持とうとしていたのだが、きっとその一環ということなのだろう。
「ちなみに、自分で使う予定は?」
「私は今、部活で忙しくてさ」
もうすぐ陸上の大会があることを先日澪から聞いていた。
忙しいというのは嘘ではないだろう。
更に言うと、お化け屋敷等の怖いものはあまり得意ではなかったはずだ。
もしかすると、それが本当の理由かもしれない。
そもそも――。
「そもそも、私には一緒にお化け屋敷に行ってくれる人はいないしね~」
そう、現在の澪には彼氏がいないのである。
「彼氏、作らないのか?」
彼氏はいないが、澪は別にモテないというわけではない。
陸上部のエースで、これだけ明るく元気な性格で顔も結構可愛い。
兄目線で多少補正が入っているかもしれないが、かなりモテるほうだ。
僕が知る限りでも何度も告白をされているはずだし。
まあ、男女問わずではあるのだが……。
「別に良い人がいれば付き合っても良いんだけどさ。優しさと気遣いの足らない奴らばっかりだからさ~」
頭を左右にゆらゆらと傾けながら、口を尖らせる澪。
どうやら本気で選り好みをしているようで、しばらく彼氏を作ることはなさそうである。
「……って、私の話はどうでも良いの。そのチケット、どうする?」
「じゃあ……、とりあえず、莉子に聞いてみるわ」
兄想いの可愛い妹からの提案である。
とりあえずは、前向きに検討しよう。
莉子に男らしさを見せる自信はない。
ライオンすらも屈服させる莉子がお化け屋敷を楽しめるかどうか分からない。
しかし、もしかしたら、そういうのが好きかもしれない。
◆ ◆ ◆
『陸が行きたいなら、一緒に行く』
莉子にメッセージを送ってみたところ、このような返事が返ってきた。
自ら進んでいくというわけではないが、嫌というわけでもない――だと思う。
そう判断した僕は、莉子と一緒にお化け屋敷へ行くことを決めたのである。
「莉子、本当に大丈夫?」
お化け屋敷『恐怖の館』へと足を踏み入れ、僕は莉子にもう何度も同じ確認をしていた。
というのも、僕の腕にしがみ付いたままの莉子の顔色が段々と悪くなっていたからである。
「陸が一緒なら、大丈夫よ……」
明らかに大丈夫ではなさそうな様子の莉子。
多少怖がるくらいならば澪の狙い通りと言った感じになったのかもしれないが、ここまで怖がっている状態で無理やりというのはさすがに……。
「ただ、暗い中を歩くのと……、急に何かが飛び出してくるのがちょっと苦手なだけで……」
館の中は当然薄暗く、所々に薄明かりが点灯、もしくは点滅しているだけである。
そして――。
「――!?」
壁から突如手が生え、それに驚いた莉子が息を飲む。
同時に、僕の腕が強く握り締められた。
それは痛いくらいの強い力であり、その力強さの分だけ、僕の不安は大きくなった。
(誘うべきではなかったかもしれない……)
今の莉子の様子を見れば分かる。
本当は苦手なお化け屋敷だったが、莉子は僕が誘ったから無理について来てくれたのだろう。
「莉子、もうリタイアし……、おっ……と!?」
莉子にここから出ることを提案しようとしたとき、急に何かが天井から落ちてきて、僕の顔にぶつかった。
見るとそれは、天井から吊り下げられたコンニャクだった。
いや、確かに独特の質感あるから驚くけど、コンニャクって……。
――そのときだった。
キンッという甲高い音が聞こえ、目の前のコンニャクが4つに分裂し、床へと落ちた。
更に、すぐ近くにあった人体模型の首が飛び、壁から生えていた手も手首のところからボトリと落ちた。
「お、おおぅ……」
どうやっているかは分からないが、これは僕でもちょっと怖いぞ……。
(莉子は? 大丈夫か?)
莉子の心配をしたところで、僕は気付いた。
莉子の様子がおかしいことに――もとい、怯えていた莉子が通常に戻っていたことに。
包丁二本を両手に構える通常の戦闘態勢に戻っていたことに、である。
「えっ、なっ、何で!?」
さっきまでとは全く違う不安が湧き上がってくる。
「り、陸は、あたしが守るのよ!! あぃ……相手が、お化けでも幽霊でも、関係ないわ!!」
多少声が震えてはいるが、いつもの莉子である。
どうやら先程のコンニャクも人体模型も手も、莉子が一瞬のうちに切ったものだったらしい。
「だ、大丈夫よ、陸。あ、あたしに任せて。お化けでも何でも、あたしが全て切り伏せてやるわ!!」
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