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番外編③  『私くらいにあなたのことが好きな子がいたら、連れてきてみなさいな』(※アオ過去編)

「ただいま」


 味気ない挨拶とともに、玄関の扉を開ける。

 と同時に、一匹の綺麗な猫がタタッと優雅な足取りで近付いてきた。


「ただいま、アオ」


 出迎えてくれたアオへと手を伸ばし、ゆっくりと頭を撫でた。

 少し目を細め気持ちよさそうにしたアオは、すぐに僕の手を離れ、颯爽(さっそう)と居間へと戻ってしまった。

 いつも通り、つれない態度である。


「やっぱりお兄ちゃんか……」


 アオと入れ替わりに居間から出てきたのは、妹の澪である。

 何故か溜息をついている。


「折角、アオと遊んでいたのに……」


 そう呟く澪の手には、小さな釣り竿が握られていた。

 釣り竿には紐がついていて、紐の先にはネズミの玩具(おもちゃ)(くく)り付けられている。


「ああ、それは悪かったな」


 そう言いながら、澪の手から釣り竿をひょいと摘まみ上げる。


「あっ……」

「続きは僕がやっておくから」


 澪からの抗議の声は聞こえない振りをして、居間のソファで寝ているアオに近付く。


「アオ」


 声掛けしながら、釣り竿の先についたネズミを左右へと揺らした。

 僕の顔を見たアオはまるで仕方ないなぁとでも言うように大きく伸びをしてから、やる気がなさそうにネズミへと猫パンチを繰り出していた。



 アオは、僕が去年――中学二年生のとき、学校帰りに拾ってきた元捨て猫である。

 多分種類はロシブルだと思うのだけど、正確には分からない。

 うちに来た当初、とても綺麗なブルーの瞳をしていたため、『アオ』と名付けた。

 ちなみに今はグリーンの瞳をしている。

 勿論、ブルーでもグリーンでもアオの瞳の綺麗さは変わらない。


 アオのアッシュブルーの被毛も瞳と同様に綺麗だった。

 そして、すらっとした四肢、ピンと立った耳もアオの魅力の一つだ。


 また、一挙手一投足の動作は、とてもとても上品で優雅だった。

 前世は貴族のお嬢様ではないだろうかと思うくらいである。

 僕のような平民とはまるで違う。


 ただし、態度はつれなくて、ツンツンしている。

 遊びに夢中になることもないし、ベタベタすることもほとんどない。

 基本的に、クールであり、ひとりでゆったりと寛いでいることが多かった。


 僕は、そんなお嬢様の世話係をしていた。

 ご飯の用意、トイレの掃除、ブラッシング、爪切り、耳掃除、病院への送り迎え、全てのことを行っている。

 嫌々ながらではない。

 好きでやっていることである。


 だから、もう少し――。

 もう少しだけ、撫でさせてくれたら嬉しいなぁなんて考える日々だった。



 ◆ ◆ ◆



 ある深夜の出来事だった。

 寝入っていた僕は、人の気配を感じ取って目を覚ました。

 寝ぼけまなこをこすりながら、電気のスイッチを入れる。


「……!?」


 明かりをつけた瞬間、僕はそのままの体勢で完全にフリーズしてしまった。

 部屋の中に、覆面姿の男がいたからだ。


「えっ……あ……」


 悲鳴を上げることも、意味のある言葉を発することもできなかった。

 覆面は、無言のまま僕の方へとゆっくりと近付いてくる。

 ヤバイ……。


 ――そのときだった。

 小さな影が素早い動きで、覆面へと向かっていった。


「シャーーー!!!」


 大きな威嚇の声を上げながら、突撃していったのは全身の毛を逆立てたアオだった。

 それがアオであると、僕は最初気付くことができなかった。

 こんなに感情をあらわにするアオを見たことがなかったからだ。


 声にならない悲鳴を上げる覆面へと、アオは飛び掛かった。

 そして、牙と爪とで右腕へと張り付いた。

 パニックとなった覆面が腕を滅茶苦茶に振り回す。


 その勢いにアオは身体ごと吹き飛ばされてしまった。

 ガッという鈍い音とともに、部屋の壁に叩きつけられるアオ。


「アオ!!」


 僕はすぐさまアオへと駆け寄った。

 その間に覆面は、開いていた窓から素早く部屋を脱出していた。



 ◆ ◆ ◆



「お兄ちゃん、そろそろ凹むの止めたら?」


肩を落とす僕に、声を掛けてきたのは澪である。


「だって、アオが……」

「だって、じゃないでしょ? アオの怪我は軽い打撲で、獣医さんも全然問題ないって言ってたでしょ??」


 僕のうじうじした態度に、澪は呆れ顔である。


 覆面に吹き飛ばされたアオは、すぐにすっくと立ち上がり、警戒を緩めることはなかった。

 しかし、右前足を少し庇うようにしていたため、僕はすぐに動物病院へと連れて行ったのである。

 診断の結果、ちょっとした打撲ということで包帯を巻かれ、もし痛がるようであればということで痛み止めの薬を処方された。


 アオは現在僕の膝の上で、ざらざらとした舌を使って僕の指を舐めている。

 「大丈夫よ」と言っているかのようだ。


「そうだけど、アオは僕を助けようとして怪我をしたんだし……」


 アオの前足には、綺麗な被毛の上から白い包帯が巻かれている。

 本来であれば、その姿は痛々しいのだろう。

 ただ、アオからは痛々しさは全く感じられなかった。

 むしろその包帯で、アオの魅力が更にアップしているようにも見える。


「アオ、本当にごめん……」


 僕が上手く立ち回れば、アオが怪我をすることもなかったかもしれない。


「大好きなお兄ちゃんを助けられたなら、少しぐらいの怪我、アオにとっても本望でしょうに」


 両手を広げてやれやれといった感じの澪である。


「ん?? アオは別に僕のことを大好きではないだろ??」


 僕が世話係ではあるけど、いつもあんなつれない態度を取っているわけだし。


「お兄ちゃん、それ、本気で言ってるの?」


 まさに信じられないという表情をしている澪。


「あのね、――帰宅したときにアオが出迎えに行くのはお兄ちゃんだけ。お兄ちゃんが見える位置に常に移動して、お兄ちゃんがお風呂に入っているときは廊下で待ってるし、居間で一緒にいてもお兄ちゃんのことばっかり気にしてるじゃん!」


 溜まっていたものを吐き出すかのように一気に捲し立てる澪。


「アオの世話だって、お兄ちゃんがしているというよりお兄ちゃんしかできないのよ。私とかだと、アオが許してくれないんだから!」


 自身でアオの世話ができないことを怒っているというより、僕が特別扱いされていることに気付いていないという点に怒っているようである。


「…………」


 そんな妹の剣幕に圧倒され、僕は何も言えなくなってしまった。


「お兄ちゃんは、お兄ちゃん自身への好意に本当に鈍いよね……」

「え、っと、……アオのそれは、いつから?」


 何とか声を絞り出す。


「多分、最初からでしょう~。『アオを家で飼えないなら、僕が家を出て世話をする!』って親を脅していたのを、頭の良いアオは理解していたんじゃないかな」


 アオを拾ってきた正に初日のことである。


「親が首を縦に振らないのを見て、お兄ちゃんは荷物をまとめ始めたじゃない?」


確かに最初はアオを飼うのを許可してくれなかった。

それならば仕方ない、と思った記憶がある。


「お兄ちゃんのそんな行動見たことなかったから、親にもかなり効果あったみたいね」


なるほど……、そんな感じだったのか……。


「まあ……、別に脅してたわけじゃなくて、本気で家を出るつもりだったんだけど……」

「――おい!!」


 懐かしんでいたらしい澪は、急に目を見開いて大声で叫んだ。

 ……どうやら今日は妹に説教され、怒られる日のようである。




「アオは性格的に、あんまり自分からは甘えられないんじゃない?」


 そんな澪からの意見を参考に、僕はアオとの接し方を少しだけ変えた。


「アオ、おいで~」


 チラチラとこちらの様子を伺っていたアオに膝を叩いてみせる。

 その様子を見ていたアオは優雅な動作でソファーを下り、僕の膝に飛び乗ってきた。


 アオが甘えたそうかなぁというときに、僕の方から呼んであげることにしたのだ。

 こうすると、しばらくは膝の上でゴロゴロ言うアオを撫で続けることができた。


「二人は相思相愛にしか見えないんだけど、お兄ちゃんに彼女ができたらどうなるんだろうね?」


 アオの顎を左手で頭を右手で優しく撫でていると、澪が言った。

 なんだか凄く楽しそうである。


 僕は少し考えてみた。

 人間の恋人が欲しくないと言ったら嘘になる。

 でも、多分、……甘えるのが下手だけど、瞳が綺麗で美しいお嬢様が近くにいれば十分なんじゃないかな?


「――ね? アオ」

「にゃあ~」


 『私くらいにあなたのことが好きな子がいたら、連れてきてみなさいな』とアオは言っているようだった。


 アオの恋人チェックはかなり厳しそうである。

 下手な子を連れてきたら、窓から追い出されるかもしれない。

 でも、アオのお眼鏡に適うような子がいれば、それはきっと――。


 僕は包帯の巻かれたアオの前足を優しく包み込みながら、もう片方の手でアオを温かく抱き締めたのだった。

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