番外編②前編 『『守ってくれるだけ』で何でお兄ちゃんがそんなことをしているの?』(※澪編)
※澪視点
「何で……私は……」
ブンブンと頭を左右に振る。
追い出したかった、あの記憶を。
しかし、記憶は消えることなく、繰り返されてしまう。
小さな頃から運動が得意で、特に走ることは大好きだった。
中学生になり、陸上部に入ったのはきっと必然だったのだろう。
走るためのフォームを教わった私は、すぐに部内の誰よりも早く走れるようになった。
そして、迎えた最初の大会。
周囲からは大きな期待を受けていたし、私自身も当然好成績を残せるものと思っていた。
しかし……、結果は散々なものだった。
自身でも気付かないうちに期待に押し潰されていたのかもしれない。
足は思うように動かず、練習でできていたことすらも全くできなかった。
愕然とする私に、周囲からの目は本当に苦しいものだった。
腫れ物に触るように接する者もいれば、とんだ期待外れという目を向けてくる者もいた。
――私はもう、誰とも会いたくなかった。
暗い部屋で目を瞑り、俯いたときだった。
コンコンと誰かが部屋の扉をノックした。
「放っといて!!」
すかさず私は叫んだ。
相手が誰かは知らない。
でも、私は誰とも会わない。
話をするつもりもない。
「――あ、あの、、、サボテンを、、置いておくから……」
「……は??」
聞こえてきた兄の声に、私は思わず間の抜けた返事をしてしまった。
(……サボテン?)
今、「サボテン」と言ったはずである。
意味が分からない。
何でサボテン?
頭がハテナマークでいっぱいである。
ゆっくりと立ち上がり、部屋の扉を開けると兄の姿は既になかった。
足元に茶色い紙袋に入ったサボテンが置いてある。
確かにサボテンである。
丸くて白い鉢に入った可愛らしい小さなサボテンである。
しかし、やっぱり分からない。
妹が落ち込んでいるときに、サボテンを渡す??
「あら、可愛らしいサボテンね」
サボテンを手に固まっている私に、母が声を掛けてきた。
「いや、、、お兄ちゃんがついさっき、私にくれたのよ」
「陸がサボテンを? ……あ~、そういうことね」
母は何かを思い付いたようだ。
何だか少し嬉しそうである。
「澪、小さいときに言ってたじゃない。こんな感じの可愛いサボテンが欲しいって」
いや、全然、そんなこと覚えてないんですけど……。
「澪が小学校低学年の頃だったかなぁ、、、確か家族で植物園に行ったときよ」
植物園は何となく覚えているような……。
「『この可愛いサボテンが欲しいー!! これがあれば、勉強も運動も頑張るからー!!』って言ってたわよ」
「……それは全然覚えてない」
「あら? でも、陸は覚えていたのね。だから、今、澪に渡したんじゃないかしら」
嬉しそうな母は笑顔で説明をしていた。
「陸は今の澪のことを誰よりも心配していたし、何とか元気になって欲しいと思ったんでしょ」
「…………」
「ただ、あんな性格だから、昔を思い出してのサボテンプレゼントになったんじゃないかしら」
別に、サボテン一つですぐに元気を取り戻したというわけではなかった。
しかし、突然のサボテンプレゼントで毒気を抜かれ、元気になる切っ掛けを貰えたのは間違いないだろう。
その後、そのサボテンは、本来兄がゲームを買うためのお金で購入されたものだと知った。
クラスメートと一緒に遊ぶ約束をしていたゲームだったらしい。
割と元から孤独であった兄はゲームでも仲間に入れず、更に孤独を深めていた。
恐らくはそのときからだろう。
兄との会話が増えていったのは。
兄は頭が良いというわけでも、運動が得意というわけでも、明るい性格でみんなの人気者というタイプでもなかった。
異常なほどに動物に好かれるという特殊能力を持っていても、それを活かすことができないくらいに不器用だった。
動物と触れ合える場で動物たちを呼び寄せすぎて「独り占めをしている!」とかよく分からない難癖を付けられ、本人は悪くもないのに勝手に凹んでいるくらいである。
お世辞にも自慢の兄とは言えなかった。
しかし、高校に入学してしばらくしてから兄は変わった。
いや、変わったなんてものでなく、激変したのである。
ほとんど底辺に位置していた成績が上位となり、苦手であったはずの運動が得意となり、更には人当たりまで良くなった。
まともに人と会話することすら、困難だったはずなのに……。
何故そんなに変わったのかは、妹の私にはよく分かる。
兄がそれだけの、激変となるくらいの努力をしたからである。
夜遅くまで勉強し、筋トレやジョギングをし、必死になって会話の練習までしていた。
分からないのは、――そこまでする理由だった。
「悪い女にでも引っかかったんじゃないの?」
鬼気迫る様子で筋トレを行う兄に質問したことがある。
兄が変わったのは、高校入学と同時ではない。
確か高校で彼女ができてからである。
「いやいや、莉子は別に悪い子じゃないよ。僕のことを守ってくれるだけなんだ」
苦笑交じりに答える兄。
『莉子』というのが、兄の彼女の名前だった。
「?? 『守ってくれるだけ』で何でお兄ちゃんがそんなことをしているの?」
「あー、うん、、、僕も莉子を守りたいからね」
意味が分からない。
ちょっと恥ずかしそうしている兄を見ながら、私は首を傾げるばかりだった。
「面白かった!」「興味を持った!」「続きが読みたい!」等ありましたら、下にある☆での評価をお願いいたします。
ブックマークや感想、誤字脱字報告等もお待ちしております。
作者のモチベーションに直結しますので、よろしくお願い申し上げます。




