第十一話 『こいつを八つ裂きにしておけば、もう三度目は訪れないわ』
「うん、とりあえず、それはそれとして。莉子、ありがとう。澪を助け――」
「――やっと見つけたぞ!!」
莉子へのお礼の声を遮り、大きな声を上げたのは、人相の良くない見知らぬ男だった。
僕らが座るボックス席に面する通路にいて、こちらを見ている。
どうやら僕らに用があるらしいが……?
「では、師匠、お願いしま――、、、師匠?」
男はすぐ後ろにいる大男(師匠?)に声を掛ける。
しかし、何だか大男の様子がおかしい。
莉子のほうを見ているのだが、表情が暗いというより、青白い??
(この顔、、、どこかで……)
僕はその大男に見覚えがあった。
「……この女は、、、包丁女、ひぃーーーー!!!」
青白い顔をした大男はそう叫び出した。
そして、一目散に逃げだしてしまった。
莉子はまだ包丁を取り出していなかったのだけど……。
「あー、以前に莉子から逃げた一人か」
きっと莉子からトラウマになるような恐怖を与えられていたのだろう。
莉子の顔を見て、それを思い出してしまったというわけだ。
そんな莉子はというと、突然現れた男を怪訝な顔で見つめていた。
まだ包丁を出すには至っていないが、すでにバッグには手を突っ込んでいる。
「――お兄ちゃん、こいつが私の腕を掴んで連れていこうとした奴よ!!」
師匠に置いていかれ、オロオロする男を指差しながら、澪が叫んだ。
「ほう、お前が……」
こいつが先程の話に出てきた澪に絡んできた男というわけである。
恐らくは仲間を引き連れて戻ってきたということだろうが……。
莉子が助けなければ、澪は今頃どうなっていたか分からない。
とりあえず、警察に引き渡すか?
いや、せめて一発ぶん殴ってからのほうが良いだろうか?
「――八つ裂きにしましょう」
「!?」
そこで声を発したのは莉子であった。
「陸、あたしに任せて。二度あることは三度あるというじゃない」
「う、うん……」
この男と澪が会うのはこれで二度目である。
確かに、こんな男に三度も会わせたくはない。
「こいつを八つ裂きにしておけば、もう三度目は訪れないわ」
「待て待て待て待て――!?」
確かに、八つ裂きになったら近付くとかそういう次元の話ではなくなるけども!
既に包丁二本を両手に持ち、圧倒的殺意を男へと放つ莉子。
「ひぃーーーーー!!!!」
莉子の殺意に耐えられなくなったのだろう。
師匠と同じ悲鳴を上げながら逃げ出す男。
そして、それを追い掛けようとする莉子を僕は必死で押しとどめる。
このままではこの男を本気で八つ裂きにしてしまう……。
逃げ出したと思った男は、腰が抜けてまともに走れないようであった。
必死に壁を伝いながら、よろめきつつも店の出入り口へと向かっている。
ちょうどそのとき、小さな女の子と母親の二人が店に入ってきた。
――嫌な予感がする。
なぜなら、二人は逃げる男の進行方向にいるのである。
「誰か、その男を――!?」
「お兄ちゃん!! 私に任せて!!」
僕が言葉を発するより早く、駆け出していたのは澪だった。
男は既に女の子と母親の近くにまで迫っていた。
「邪魔だ!! どけっ!!」
動けない女の子と女の子を庇う母親、二人を男は蹴り飛ばそうとしていた。
「させないわーーーー!!!」
そこへ、物凄いスピードで男に追い付いた澪。
右足を強く蹴り上げた。
狙いは、――男の股間であった。
「!!! うがっ、、ぐぅ……」
股間を蹴られ、悶絶して、そのまま崩れ落ちる男。
あれは……。
あれは、惨い……。
確実にしばらくは立ち上がることすらできないであろう……。
「私だって、二人を守ってみせるんだから!!」
崩れ落ちた男を前に、そう言い放つ澪。
そして、すぐに泣きそうな表情をしている女の子に近付き、優しく頭に手を乗せた。
「怖い思いをさせてごめんね。でも、もう大丈夫。安心して」
そう言った澪の姿は、僕が以前見た光景と重なって見えた。
優しく語り掛ける澪は、莉子が子供に接するときとそっくりだったのだ。
「澪、さすがだ。よくやった」
「うん!!」
「じゃあ、今度はこっちを手伝ってくれないか?」
「うん??」
残念ながら、澪は僕の言うことがよく分からないようである。
「陸? 今度はあたしがあいつを八つ裂きにする番でしょう?」
澪と同じくよく分からないという表情をしている莉子。
手には包丁を持ち、戦闘態勢を維持している。
そう、莉子はまだ止まっていないのである。
そろそろ僕一人では抑えきれなくなってきていたのだ。
「お兄ちゃん、任せてよ!!」
事情を察した澪が、戻ってきた勢いのまま莉子に飛び付いた。
なんだか嬉しそうな澪と、そんな澪に戸惑いを隠せない莉子。
どうやら莉子を慕う可愛い妹ができたようである。
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