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3話

 その日は雨だった。

 朝起きて窓の外を見ると、強い横殴りの雨に雷まで鳴り響いている。

「雷か…。積乱雲も上空に来てるのか。食料買い込んどいてよかったぜ。」

 皐月は冷蔵庫の方を見ると、昨日買い込んだ食料品を思い出す。

 カーテンを閉めて寝間着から着替えると、茶碗に米をよそって上に卵をかけ、醤油を垂らして口の中に掻き込む。

 茶碗を水に浸け、鍵を手に取るとジャケットに袖を通して家を出る。今日は明らかにバイクではいけないのでヘルメットはおいていく。

 家の鍵を閉めると、表の駐車場まで走り、車に乗り込んでエンジンを掛ける。

 しばらくエンジンをまわして暖気を行うと、シフトを1速に入れてサイドブレーキを下げて走り出す。

 10分ほど走ると、バイク屋につき、車を駐車場に止めて店に入る。

「おぉ皐月おはようさん。今日は車で来たんだな。」

「さすがに雨が強いんで。今日は何かありましたっけ。」

「いや、今日は納車も買取もないから店でバイクの整備だな。」

 店にいるのは社長と皐月を含めて整備士が2人。

 社長は奥の事務室で書類仕事を、整備士2人は店で整備前のバイクの整備をしている。

 その日はそのまま1人も客が来ずに、夕方を迎えてしまう。

「今日は客来ねぇな。」

 店の奥から社長が出てくると、店を見渡してバイクをいじりだす。

 バイク屋の社長なのだ。バイクが好きなんだ。

 そのまま時間が過ぎると、時計の針が7時の位置をさす。

 本当に誰一人客が来ないまま、2人でバイクを整備して終わった。

「どうだ今日は。」

 社長は2人の整備が終わったところを確認すると、声をかけてくる。

「とりあえずそっちのニンジャ2台の整備は終わりました。」

「俺の方はカブとシャリーをとりあえず電装系の整備とキャブ清掃を行ったので、どっちもエンジン復活しました。あとはブレーキとタイヤですかね。」

「よし、2人とも道具しまっちまえ。もう客は来ねぇだろうから店閉めるぜ。」

 社長は店のシャッターを閉めると、2人も道具を片付け、整備していたバイクをもとのところに戻す。

「そういえば、今日はあの子来なかったな。」

 シャッターの鍵を閉めながら、社長が皐月に問いかける。

「あぁ紬ですか。そういえば来なかったですね今日は。」

「まぁこんな雨の日じゃ来たくもないよな。」

 片づけを終えて事務室に入ると、社長がパソコンで退勤を処理する。

「お疲れさん。まだまだ雨も風も強いから気を付けろよ。」

「マサさん送りましょうか?」

「お、乗せてってくれるのか?頼むわ。こんな雨じゃ濡れちまう。」

 2人で事務所を出て、店の横にある扉から外に出る。

「「お疲れさんです。」」

「おうお疲れ。」

 2人で店の裏の駐車場の車まで駆け寄る。

「いや~雨つえぇなぁ!」

「こんな中歩いたらびしょびしょになっちゃいますよ!この雨明日まで続くそうですから大変ですね~。」

「明日は俺も車で来ようかな。」

 車のエンジンを掛け、シフトを1速に入れてサイドを下ろし、走り出す。

 40分ほど走り、都筑区から港北区に抜けて新羽近くのアパートの前に停まる。

「ここでしたよね。」

「そうそう。ありがとな。」

 マサは一言お礼を残して、赤いパッケージの煙草を1箱手渡す。

「お前赤マル吸わねぇかもだけど、もらってくれや。」

「ありがたく頂戴します。できればハイライトがよかったんですけどね。」

 煙草を受け取ると、マサは車から降りて走ってアパートに入っていく。

 それを見ながら、もらった赤い煙草をポケットにしまい、青い煙草を取り出して火をつける。

 シャキ!

 独特の金属音を立ててライターのふたを開け、フリントホイールを指で回し、火をつける。

「スゥ…フゥー…。」

 一呼吸煙草を吸いこんでから、車を走らせる。

 今度は港北区から都筑区に入り、自分の家のアパートに向かった走る。

 幹線に差し掛かった時、目の前にブレーキランプが連なって見えた。

 渋滞しているようだ。

 皐月は脇道にそれて住宅街を走る。速度は出せないが、渋滞にはまってるよりはましだ。

 そしてしばらく走った時、もうバイク屋の近くで自分の家にもうすぐというところで、ヘッドライトの端に人影が写る。

 特に何も思わずにその人影に近づくと、人影はふらふらと傘もささずに大雨の中を歩いている。

(なんかあんたんかな。まぁどうせ家出かなんかだろうけどな。)

 さらに近づくと、長い黒髪とその身長から小学生くらいの少女だということに気づく。

 その瞬間、その後ろ姿を皐月は見たことがあることに気が付く。

 人影の真後ろについた瞬間、それが皐月のよく知った人物だと確信する。

 紬だ。

「…何やってんだあいつ!」

 サイドブレーキを引いてシフトをニュートラルに入れ、急いで車を降りる。

「おい紬!何やってんだ!?」

 言葉が届いたのか、紬は歩みを止めて、ゆっくりと振り向く。

 暗い住宅街で、車のハロゲン球に照らされた紬の顔は、ひどくくしゃくしゃになっているように見え、瞳には涙をたたえている。

「!?何かあったのか紬!」

 皐月は雨なんて気にせず、紬のもとに駆け寄って肩をつかむ。

「びしょびしょじゃないかこんな雨の中!傘もささずにどうしたんだ!」

「……。」

 紬は何も話さない。

 静かにうつむいて雨に打たれている。

「とりあえずうち来い!そのままじゃ風邪ひいちまう!」

 皐月は紬を助手席に乗せ、自分も運転席に乗り込む。

 家のアパートの駐車場に着くと、自分のジャケットを紬にかぶせて走ってアパートの屋根の下に入る。

 皐月の部屋は1階で、すぐにドアのカギを開けて中に入る。

「とりあえず風呂沸かすからちょっと待ってろ。」

 皐月はそのまま風呂場に向かい、すぐに給湯のスイッチを押してお湯を張り始める。

「ほら体ふけ。濡れたままじゃ寒いだろ。」

 タオルを差し出すも、紬はただ黙って玄関に立っている。

「…あ~もう仕方ねぇなぁ!」

 皐月は手に持ってたタオルで紬の頭をふく。

 靴を脱がせて着ているものを脱がせると、お湯がたまってるのを確認して風呂場に入れる。

「風呂入って体あっためろ!体なんて、男も女も冷やしていいことなんて一つもねぇ!」

 そのまま脱がせた紬の服や下着を拾い集め、洗濯機に放り込んで選択を始める。

 次に自分の着ていた衣類を選択かごに入れていく。その時、ポケットの煙草も濡れていることに気づき、ちゃぶ台の上で乾かす。スマホと財布にライターも一緒に置くと、さっきマサからもらった煙草を思い出す。未開封で助かった。

 とりあえず濡れた服を着替えてもらった煙草を開封し、一本火をつける。こういう時は濡れてても普通に火が付くジッポに感謝しつつ、とりあえず自分のTシャツを風呂場に持っていく。

「おい紬!」

『ひゃいっ!!』

 風呂場からは、ずいぶんかわいらしい声が聞こえる。

「お前の服洗っちまってるから、俺のシャツ着とけ。俺のズボンはサイズがでかすぎてはけねぇだろ。」

『あ、ありがとう…。』

 煙草をくわえて床に座ると、ちゃぶ台の灰皿に煙草の灰を落とす。

 ずいぶん長い風呂の後で、紬は皐月のシャツを着て出てくる。

「…お、お待たせ。」

「おう。じゃぁ次俺が入るわ。飯はそのあとで作ってやるからちょっと待ってろよ。あ、もう食った?」

「食べてはないけど…。」

「じゃぁちょっとまってろ。」

 さっき脱いだ服に着替えを持って皐月は風呂場に歩き出した。


――――――――――――

「……。」

 頭と体を洗う段階でも、頭は働かなかった。

「……。」

 ぼーっと湯船につかりながら、天井を眺める。

「……っ!?」

 体があったまって、思考が回ってきた瞬間、さっき皐月に思いっきり服脱がされて裸で抱えられたままお風呂場に放り込まれたのを思い出す。

「……。」

 顔が全力で赤くなっていくのがわかる。

(私、もうお嫁にいけないのかな…。)

『おい紬!』

「ひゃいっ!!」

 風呂場の外から、皐月が声をかけてくる。思わずびっくりしすぎて変な声が出る。

『お前の服洗っちまってるから、俺のシャツ着とけ。俺のズボンはサイズがでかすぎてはけねぇだろ。』

「あ、ありがとう…。」

 扉の外にいた皐月はどうやらもういなくなったらしい。

 そのまま湯船につかりながら、心を落ち着かせるためにぶつぶつとつぶやき続けていると、頭がくらくらしてくる。

 のぼせる感覚に襲われながら湯船から上がると、脱衣所で体をふいておかれたシャツを着る。ガタイのいい皐月のシャツなだけあって、紬にはロングのワンピースになる。

 脱衣所を出て居間に行くと、皐月が煙草をくわえて床に座っている。

「…お、お待たせ。」

「おう。じゃぁ次俺が入るわ。飯はそのあとで作ってやるからちょっと待ってろよ。あ、もう食った?」

「食べてはないけど…。」

「じゃぁちょっとまってろ。」

 さっき脱いだ服に着替えを持って皐月は風呂場に歩き出す。

(何の反応もなし…。まぁ歳も離れてるし仕方ないか。)

 皐月が座ってた場所の横に座る。

 特に何も気にしないで地面に座った瞬間、お尻を伝わって冷えた床の感覚が伝わる。

「ひゃっ!」

 びっくりして床に倒れ込む。

 周りを見渡し、座布団が重なっているのを見つけて、座布団を床に置いて座る。

 今度は冷たくない。

 そこでようやく落ち着いて部屋の中を見渡す。

 部屋はベッドが1つにちゃぶ台以外に、鉄の道具箱に棚には分解された部品や部品単体でおかれている。多分バイクのパーツなのだろう。他にも、壁にはヘルメットがいくつもかけられていて、中には、紬もゴーグルのついたジェット型のヘルメットもかかっている。

 部屋の廊下には見える限りではどうやらキッチンがあるように見え、さっきの風呂場の扉の横にある扉はおそらくトイレだろう。

「……そういえば皐月の部屋初めて入ったかも。いつもこの部屋で生活してるんだ。」

 あまり見てなかったが、いつも皐月がいるバイク屋からあんまり遠くないように感じた。

 ということは、紬の家からもそこまでは遠くないということだ。

「……はぁ。今何してるのかな。2人とも……。」

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