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2話

 最初に幼女が来た日から数日が経過したある日。

「いた!」

 店の中でほかの整備士と談話していると、またあの小学生が店に来る。

「おい皐月、昨日の幼女来たぞ。」

「来ましたね昨日の幼女。」

 一度ため息をついて、店の外にいる幼女の所に歩きよる。

「なんだ?俺に用なのか?」

「今日もあなたに、このペンを売ってもらいに来たわ!」

 そういって、今度は油性のボールペンをポケットから取り出す。

 そうして自信満々に幼女は声をあげる。

「私にこのペンを販売してください!」

 その次の日も、そのまた次の日も幼女は店に来た。

 皐月も毎日バイク屋にいるわけではないが、ほかの整備士や社長の話では皐月がいない日でも毎日少女は店に来ていたらしい。

 そんな日々が2週間続いたとある日曜日だ。

 ジャケットを着てアパートの自室から外に出ると、一度天気を確認してから駐輪場に向かう。

 ヘルメットをかぶり、駐輪場に止められた緑と白の出前機が後ろについているバイクにまたがり、職場であるバイク屋に向かう。

 バイク屋につくと、バイクを店の裏の駐車場に停めると、仕事を始める準備をする。

 まず最初に工具を磨き、社長が来たタイミングで今日の予定を確認する。

 買取の予約に出張買取や納車などの予約などを一通り確認し、出張納車で向かう場所を確認し、地図で道を確認する。

「じゃぁ皐月、今日の出張納車は頼んだぞ。今日は車の運転ができるやつお前しかいないから。あと陸送でも1台送ってくれ。」

「了解っす。支払いはもう済んでるんですよね。」

「もう支払いは終わってる。だから車体と書類だけ渡せば終わりだから頼んだ。」

「了解っす。」

 壁の鍵掛から軽トラの鍵をとって店の裏の駐車場に向かう。

 駐車場に停まっている軽トラは数台あり、その中の1台に乗り込んで鍵を回してエンジンをかける。

 少し前に出すと、店のうらにある倉庫からラダーとベルトを荷台に積み込んで店の前に回る。

 店の前に軽トラを停めると、店の中からバイクを2台運び出す。

「また来たわよ!皐月今日は居るのね。」

 軽トラのあおりをおろしていると、紬がやってくる。

 昨日は皐月は店にいなかったため、来ていないことを聞いたらそのまま帰ったらしい。

「あぁ紬、今日も来たのか。来たとこ悪いけど今日はこれからバイクを運ばなきゃいけないからな。相手してる余裕はないんだ。」

「あらそうなの。どこまで行くの?」

「1台は陸送で送るからデポまで運んでもう1台は直接納車だ。納車は横須賀かな。」

「ふ~ん。そうなんだ。」

 バイクを1台軽トラに積み込んでベルトで固定していると、店の中から社長がでてくる。

「紬ちゃん今日も来たのかい?」

「あ、おじさん。おはようございます。今日も遊びに来ました!」

「元気いいね~。でもごめんね。今日皐月出かけるんだよね。」

 バイクを1台積んでから荷台に座って煙草をくわえる皐月も少し広角を上げている。

 一度座りながらもすぐに立ち上がって2台目の積み込みを行う。

「そうだ。紬ちゃんも皐月と一緒に行けば?」

「は?」

「いつも皐月に会いに来てるし、皐月がどんな仕事してるか知りたいかなぁって。」

「いや今日は納車ですよ?いつもの整備とはわけが違います。」

 皐月と社長が話す横で、紬は少し悩んでから答える。

「…行ってみようかな。ちょっと興味あるし。」

 さすがに皐月は驚いた顔をしているが、社長は笑顔でノリノリだ。

「じゃぁ皐月、気をつけろよ。あと、手を出すなよ?」

「出しませんよ。つかなんで俺一人の時は何も言わないんすか。」

「まぁまぁ、お嬢さんいるんだからとにかく気を付けて運転しろよ。」

「…はぁ。わかりました。じゃぁそろそろ出発します。」

 そう言ってラッシングベルトの締め具合を確認し、あおりを閉めて荷台の端に置いていたファイルの中身を確認しながら運転席の扉に手を掛ける。

 そしてファイルから紬の方に視線を移す。

「どうした?来るんだろ?」

「あ、うん行く。」

 助手席に乗ろうと扉を開けた紬に、社長が声を掛ける。

「じゃぁ楽しんできてね。皐月車もバイクも運転上手いからただのドライブになるかもな。あと皐月、今日は急いで戻ってこなくてもいいぞ。今日は他の整備士もいるからな。」

「社長茶化さないでください。ほら早く乗れよ紬。」

 運転席でシートベルトを締めて待っている皐月の隣に紬が乗り込み、扉を閉めて窓を開ける。

 そうして社長に手を振りながら走り出す軽トラの窓からバイク屋を見つめる。

 住宅街を抜けて大きな通りに出ると、横浜市内を走り抜けて東神奈川の陸運デポに向かって走る。

「コンビニ寄ろうと思うが、何か欲しいものとかあるか?ジュースくらいならおごってやるよ。」

「お菓子とかもおごってよ。」

「飲み物だけだ。」

 少し荒い言葉を話しつつも、街道沿いのコンビニの駐車場に入る。

 エンジンを止めてコンビニに入ると、皐月は飲み物のコーナーでペットボトルのコーヒーを手に取る。その横で紬はミックスジュースを手に取っている。

「じゃぁレジ行くか。」

 2人ならんでレジに並んでいると、皐月が紬を見下ろして紬の頭を眺める。

 視線に気づいた紬が皐月を見上げる。

「どうしたの?皐月。」

「いや、こうやってちゃんと並んで紬を見るのも初めてだからな。改めて紬が小学生なんだなぁって思って。」

 そういった皐月は自然に紬の頭に手を乗せ、紬の頭をなでる。

 紬の頭はそのしっとりつややかな黒髪は吸い付くような感触を手のひらに与え、子供故の体温の高さもその感覚を増幅させている。

「…こうやって頭を撫でられるの初めてかも。」

「へー。お前にもかわいいところがあるんだな。いつも勝負だとか言ってペンやらなんやら持って仕事の邪魔をしてばっかりじゃないか。」

「そんなことないもん。」

 レジが空いて会計を終わらせて軽トラに戻り、横浜は都筑区から東神奈川にある陸送便のデポに向かう。

 走っていると、紬はじっと2人の間にあるシフトレバーを見つめている。

「ん?どうした?」

「いや、記憶の中にあるお父さんが運転してた車だけど、そんなせわしなく動いてなかったなぁって。」

「あぁオートマなんだろ。こいつはマニュアルっつって自分で変速機を切り替えなきゃいけねぇんだ。今はオートマっつって自動的に変則してくれる機械が主流だけど、構造上でも運転手の技能によってもマニュアルの方が燃費もいいしパワーが出るからな。うちの店にあるトラックはどれもマニュアルだ。」

「へ~。商売とかで使われる車って全部マニュアルなの?」

「いやそういうわけでもないんだけどな。うちの社長マニュアルが好きって理由だけでうちの4t(よんとん)車もマニュアルだし。」

(やべっ。子供にはこんな話題面白くないか。)

 少し焦った皐月だが、紬は興味津々で話しかけてくる。

「それで?トラックには最近話題の電気自動車とかはないの?」

 思ったよりも食いつく紬に困惑しつつも、会話に乗っかる。

 話題はマニュアルトランスミッションの話から、電気自動車の話に変わる。

「でも欧州ではもう電気自動車が主流なんでしょ?なら東洋でも可能性はゼロじゃないと思うけど。」

「もちろんゼロではない。だけど、それが環境危機を救う直接的な要因にはなりえないだろうな。東洋、特に中国なんかではそもそもの電気を発電するときにどんな方法で行っている?日本も同じだがな。」

「日本も中国も発電の中心は火力?確かに少なくともアジア圏では電気自動車を動かしたり生産する方が環境には悪そうね。あ、そうかそれで自動車産業も低迷するのか。」

「まぁそうなるだろうな。実際、今市販されている電気自動車の中で今までの純内燃機関やハイブリット以上の性能が出ているものは少ないし、ほとんどのものは最高速度や航続距離が低いものが多い。海外の車両の方がその辺は上手(うわて)といえるのかもしれないな。」

 最初は車の分類や最近のトラックやらの話だったが、経済や社会情勢の話になったと思ったら、最終的には紬の研究する内容についての相談なんかの会話をする。

 話をそのままに、軽トラは東神奈川の陸送業者の営業所につく。

「じゃぁ少し待ってろよ。業者に引き渡してくるから。」

「わかった。待ってるね。」

「待ってる間これでも考えてろ。」

 ジャケットのポケットから封筒を取り出して紬に手渡す。

「なにこれ。」

「それを考えるのがお前の暇つぶしだ。」

 紬が封筒を受け取ると、皐月はドアを閉めて建物の中に入っていく。

 それを見てから、紬は封筒を開けて中の紙を見てみる。中の紙には、インクで書かれたような文字でこう書かれている。

《シュレディンガーの猫が悪魔の証明ではないことを証明せよ。》

(シュレディンガーの猫?それって箱の中の猫は外から観測する場合生きていても死んでいても説明ができないっていう思考実験だっけ。それを悪魔の証明ではないと説明する?悪魔の証明は説明することが困難なことへの比喩表現だったっけ。それを証明?この場で思考実験をしようって事?)

 紬は少し真顔で固まっていると、すぐにその顔に笑みがこぼれる。

 そうして紬の頭の中で出てきた回答を、ゆっくり確実にまとめ上げていく。

 しばらく目を閉じて笑みを浮かべた紬は、ゆっくりと瞳を開く。

(…この問題、面白い。思考実験なのだとしたら、その答えは一つではない。皐月が用意している答えと私が出した答えが同じとは限らないけど、近いことを導いてると思う。)

 答えを思い浮かべながら頭で皐月の顔を思い出すと、もしかして、この答え皐月が思い浮かべている答えとは違うのかもしれないと思い始める。

(もしかして、皐月はまた別の答えを想定してる?いや待って、これ以外に答えがあるの?もう一度一から考えた方がいいのかな。)

 すると、トラックの後ろから衝撃が伝わってくる。窓から後ろを見ると、皐月が荷台に乗ってバイクをおろすためにベルトを緩めてラダーを掛けている。

 バイクを1台おろすと、何かにサインをしている。

 業者に会釈すると、ラダーをしまってもう1台をしっかり固定してあおりを閉め、運転席に乗り込む。

「わりぃな待たせちまって。どうだ?考えられたか?」

「うん。多分だけどね。」

「ほう?じゃぁ走りながら聞こうかな。」

 車を発進させ陸送デポを出ると、今度は納車のために横須賀にむかって走り出す。

 紬はさっきの考えを紙を持ったまま話す。

 思考実験のうちの一つであるシュレディンガーの猫に、思考実験のうちの一つである悪魔の証明。

 それをごちゃまぜにしたような内容の思考実験の、紬流の考えを伝える。

「なるほどな。それがお前の答えか。」

「正解なの?」

「正解なんてない。こいつは思考実験だからな。思考実験ってのは考えれば考えるほどに自分の答えが見つからなくなる問題だ。最初に思い浮かんだものがそいつの出した答えってことだ。まぁ、そんなことよりも、今は気楽なドライブなんだ。お前のことを教えてくれよ。」

「私の事?私のことなんて聞いてどうするの?」

「最近の小学生ってのはどういうことが好きなのかとか、あと小学生から見た世の中ってのも気になるしな。」

 皐月は横目で紬を眺めると、紬も横目で皐月を眺める。

「うーん。私あんまり友達の趣味とか聞かないし、人伝で聞いただけだけどね。」

 紬は周りの友人たちから聞いた話や、自分の趣味なんかを話す。

 そうして話しているうちに、皐月はふと思ったことを口にする。

「そういえば、お前毎日のように店が閉まる8時までいるけど、親は何も言わないのか?」

 それと同時に、紬は口をつむぐ。

(あ、やべ地雷踏んだかな。)

 すると、紬はゆっくり口を開く。

「…お父さんとお母さんは、ずっと海外にいるの。最後にあったのはいつだったかわかんないかなぁ。」

「ほ~。親は何の仕事してるんだ?」

「2人とも研究員。高分子化学の、特にポリマーの中でも液晶高分子についての研究をしているの。」

「なるほどな。お前が天才って呼ばれてるのもそういうのがあるのか?」

「私もたまに研究手伝ったり私して、新素材とかの研究も手伝ってたからかなぁ。私が見つけた素材なんかもあったし。」

(親が海外か。なら毎日のように居ても心配する人もいないか。)

 話しているうちに、2人の乗る軽トラは横須賀の納車先に到着する。

 軽トラからバイクをおろして納車を終えると、横浜に向かって走り出す。

 横浜に向かう道中、車の中では引き続き最近の小学生についてや、紬の家族の話を聞いていく。

 夢中になる話のせいで、店のすぐ近くまで戻っていることに2人とも気づかなかった。

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