第95話 まだまだだな
「ふぁっ!?」
私がよけられたのは、奇跡と言っていいだろう。
頭で考えるよりも、本能的な危機感から身体がとっさに動いてくれたのだ。
見栄えもくそも気にする余裕はない。
無様に転がりながらその場から飛びのくと、すぐさま剣が振り下ろされる。
ゴウッ! と吹き荒れる暴風は、ただ剣を振るっただけとは思えない。
そして、それほどの技量がある者は、この場に一人しかいない。
「いきなり何してんだ、このクソ鎧! 耄碌するにしても、どうして最初に私を狙う!?」
そう、不倶戴天の敵である、暗黒騎士である。
もともと、私と奴はお互い嫌いあっているが、ここまで直接的に殺しにかかってきたのは、初対面の時以来だ。
スーパー美女たる私を真っ先に殺しに来るとは……。
あいつ、人間じゃない。
……あ、魔族か。
じゃあ、生物じゃないわ。
「ちっ……!」
ルーナが魔法攻撃を躊躇なく暗黒騎士に仕掛ける。
どうしてかは知らないが、私としては暗黒騎士に敵意を抱く者や攻撃を加える者は大歓迎である。
いいぞ、もっとやれ!
弾幕だ! 弾幕を張るんだ!
私に向かって撃たれていたらダイナミック命乞いを決めるほどの威力の攻撃が、何度も連続で撃ち込まれる。
……しかし、自分を魔王に押し上げ、しかも今までさんざんこき使っていたあいつに、容赦も逡巡もなく致死性の攻撃をぶつけるのはさすがとしか言いようがない。
まあ、明らかに状態がおかしいしね。
私と奴は敵対関係だったが、それでもあいつにとって私はすべてを押し付けるという意味で存在価値があった。
それを、いきなり破棄して殺しにかかってくるのは、やはり異常だ。
余裕を持って静観しているユリアもいるし、あれが原因だろう。
しかし、いつも無表情で冷淡な彼女が、少しでも焦った様子で舌打ちをするのは、何とも恐怖をあおってくれる。
すなわち、ルーナを持ってしても危険だということだからだ。
【ふんっ!】
そのことを表すように、その魔法攻撃を容易く撃ち落とす暗黒騎士。
大砲の弾丸よりも早く、威力もあるものを、難なく撃ち落としている。
やっぱり、化け物じゃないか。
どういうことをしていたら、あそこまで強くなれるんだ?
まったく興味がないが。
「まさか、そんな隠し玉が……暗黒騎士様を使うなんて……。想像もしておりませんでしたわ」
「ああ。彼は私の想いに賛同してくれてね。ずっと昔から仲間だったんだ。知らなかったのかい?」
なん、だと……?
私は唖然とする。
知らないうちに、ユリアとつながっていたのか?
ちくしょう、許せん!
よくも私を裏切りやがったな……!
……何のメリットがあるのだろうか?
超絶ビビりヘタレの暗黒騎士が、冷徹マシーンルーナを裏切るとなると、よっぽどの見返りがないと無理だと思うのだが……。
はっ! まさか、鎧の解除?
なんか脱げないとか言っていたし。
脱げなくなるようなものを着るなよ。
「つまらない嘘は止めろ」
「嘘? 私は嘘なんて……」
しかし、暗黒騎士が他人の意見に賛同するだと?
私は思わず口をはさんでしまっていた。
「私はそいつのことをよく知っている。遺憾ながら、ずっと一緒に行動させられてきたからな。お前が無理やり従わせているんだろう」
「…………」
私の言葉に、ユリアは答えない。
それがすべてだ。
暗黒騎士に、彼女は何らかの手段を講じて支配下に入れたのだろう。
考えられるのであれば、暗黒騎士がユリアの元に通いつめ、鎧の研究をさせていた時だろう。
かなりの頻度で自由に身体を触らせていたので、何かを仕込むには十分すぎるだろう。
あの暗黒騎士に気づかせなかったというのは、ユリアの高い技量なのかもしれないが……中身はバカだし、気づかなかっただけだろう。
そして、私はもう一つ疑念を抱いていた。
すなわち、暗黒騎士は本当に操られているのかということ。
あの男が、精神を支配下に置かれるだろうか?
自分絶対主義で、過剰なまでに自分を大切にしているあいつが?
何かが入り込もうとしても、その自意識の強さだけで押しつぶしてしまうだろう。
すなわち、暗黒騎士はこの状況を利用しようとしている。
そして、その利用目的とは、あいつが毎日のように口ずさんでいた『辞めたい』という目的。
「(あいつは、これを利用して、魔王軍からも大将軍からも逃れようとしている!)」
このまま操られて逃げ切りを図ることは許さんぞ……。
【ふっ、まだまだだな】
「なに!?」
暗黒騎士の言葉に、言い知れぬ不安を感じて声を荒げてしまう。
というか、普通に話しているじゃん。
絶対操られてないぞ、あいつ。
兜で奴の顔を拝むことはできないが、雰囲気が喜色ばんでいる。
こいつ……いったい何を……。
激しく警戒する私をしり目に、暗黒騎士は……急にガクッとひざを屈した。
……は?
【ぐっ……。私の意識があるうちに、ルーナは逃げろ……!】
「はっ……!? そ、その手が……」
顔が青ざめる。
一瞬で暗黒騎士の目的を悟る。
『こうして裏切ったのは、自分の意思ではない。ユリアによって、無理やりさせられているのだ。だから、裏切ってもお咎めなしにしてね♡』
そういう考えだ!
おそらく、私に攻撃を仕掛けてきたのは、本当にユリアの仕業だろう。
多少なりとも影響を受けていることは間違いない。
しかし、暗黒騎士はバカげた精神力でそれを克服し、自分の精神を奪還。
それから今までの短時間で、ここまでの筋道を描いたのだ。
図らずとも、私が奴の思惑を後押ししてしまった形になってしまった。
ちくしょう!
あいつを逃がさないことで頭がいっぱいになっていた!
ふざけるなぁ!
もしここで暗黒騎士の思惑通りに事が進めば、私は地獄じゃないか!
人間の四天王なんて、暗黒騎士という後ろ盾があったからこそ、他の魔族から表立って非難されなかっただけだ。
陰口はいくらでも叩かれているだろうし、あいつがいなくなったら直接的に私に被害が出る!
それどころか……暗黒騎士に流れていた仕事が、私にも振られるように……。
絶対嫌だ!
適当な男を捕まえてのんびり生きていくつもりなのに、ガチで四天王なんてやってられるか!
私は怒りのままに暗黒騎士に突撃しようとするが……。
「引きますわよ、フラウ」
ルーナに腕を引っ張られる。
このっ、はな……力強い!?
こいつ、本当に元バカ姫か?
引きずられているぞ!
「ま、待て! 奴は演技をしている! あの化け物が、操られるなんてありえない! 絶対嘘だぞ!」
「信じたくないのは分かりますわ。あなたはずっと一緒にいましたものね」
「なにとんでもない勘違いしてくれているんだ?」
こいつの中では、私が暗黒騎士を心の底から心配し、だからこそここで引いて彼と引き離されるのが嫌だと、駄々をこねているようだ。
そんなわけねえだろっっ!!
あいつが逃げようとしているから、捕まえようとしているんだよ!!
「ですが、わたくしたち二人では、その気になった暗黒騎士様を止めることはできませんわ。ここは、引くことが得策ですの」
「ちょ、ま、待て……! 暗黒騎士ぃ! 絶対に逃がさないからなぁ!」
引きずられながら、私は暗黒騎士に声を張り上げるのであった。
◆
去って行く魔王とフラウの背中を見送るユリア。
フラウはこちらを見て罵詈雑言を吐いていたが、それくらいは受ける覚悟があった。
……なぜか自分よりも暗黒騎士と目を合わせようとしていたように感じるが、気のせいだろう。
最大の戦力である暗黒騎士を支配下に入れた。
これから、魔族に対する復讐を始めよう。
「……まあ、ここで深追いするのはやめておこうか。あの陛下のことだ。他にも何か策を用意しているかもしれないしね。行こうか、暗黒騎士」
【オーケー、ボス】
「……操ったら性格って変わるのかな?」




