第94話 あとは頼むよ
ニコニコと笑いながら、無防備に近づいてくるルーナ。
魔王が護衛も引き連れずに何をしているの? 馬鹿なの?
いや、確かにこいつはそこそこ戦えるし、素の俺よりははるかに強いだろう。
しかし、魔剣使いが暴れている場所に、一人でやってくること自体が間違っている。
……いや? ルーナが殺されたら、俺はあっさりと魔王軍を辞めることができるのではないか?
そもそも、こいつの味方をしたのだって、対抗馬が俺を酷使しそうだったからだし。
……よし、スラムに全裸で行ってきなさい。
「お疲れ様ですわー! さすがはわたくしの暗黒騎士様ですわね! 魔剣使いを、見事圧倒してくれましたわ!」
無邪気に笑うルーナ。
素のこいつを知っているからか、ぞわぞわする。
こんなバカ姫を見て、あの冷徹な繁栄ウーマンを想像できるはずもないわな。
派閥争いで天爛派に人気がなかったのって、こいつのせいじゃん。
「どうしてここに来たんだ?」
「もちろん、ここで暴れている魔族を捕まえて虐さ……めっ! するためですわ!」
フラウの問いかけに、ルーナは笑顔で答える。
虐殺って言いかけていなかった?
個人に言うべきことじゃないよね。
とてつもなく不穏だし。
「それと、もう一つは……この魔剣騒動の首謀者を捕らえるためですわ!」
「……え?」
フラウは思わずといった様子で声をあげる。
魔剣騒動。
魔族を苦しめているこの同時多発テロのようなことを仕出かしている首謀者が分かったというのか。
……フラウ、貴様か。
もうあれだぞ。ギロチンだぞ。
まさか、俺のすべてを押し付けるつもりの奴が、こんな終わり方をするとは……。
アーメン。
「私じゃない!」
「知っていますわよ」
顔を青くしながら首を横に振るフラウ。
彼女を見て……そして、ルーナは視線を動かす。
その先にいるのは……。
「ねえ、ユリア?」
……え?
俺も思わず唖然としてしまう。
ルーナはバカ姫を演じている。
しかし、その声音に躊躇や疑いは微塵もなかった。
確信。
確実にこいつが関与している、首謀者であると、知っているのだ。
この魔剣騒動を引き起こしているのが、ユリアだと……?
「私の前でそんな仮面をかぶらなくてもいいよ、陛下。あなたの本性を知っているし、むしろそちらの方が好ましく思っている。論理的に話せそうだからね」
「あら、そうですか。なら、そうさせていただきますわ。幸い、ここにほかの目はないようですし」
とんでもないことを言われているというのに、ユリアは涼しい表情のままである。
そして、そんな彼女に言われて、ルーナも当たり前のようにバカ姫の仮面を脱ぐ。
……この二人、怖いんだけど。
っていうか、話がずれてんだよ!
【……どういうことだ?】
「おや、まだ気づいていなかったか? いや、気づいていて、私の口から言わせようとしているのかな? そうだとしたら、君もひどい男だよ」
いいえ、何も気づいていません。
存分にお話しして、どうぞ。
「今、魔族を襲っている魔剣騒動。その首謀者が、私だということさ」
……あぽ?
あまりにもあっさりと、そして衝撃的なことを言うので、受け止めきれない。
こいつが魔剣騒動の首謀者?
まったく悪びれもせずにいるユリアを、凝視してしまう。
こいつ、鎧さんをまったく解除できる様子がないのに、こんなバカみたいな騒動を引き起こしてやがったのか!?
ふざけるなあ! どうして俺を最優先にしないんだ!
っていうか、俺はテロリストに自分の未来を託していたのかよ!
黒歴史確定だわ!
「では、さっさと捕まってくださいまし」
「動機とかは聞かないのかい?」
「そんなもの、牢獄の中で拷問でもしながら、いつでも聞いて差し上げますわ」
やっぱり、市場をぶっ壊されたこと、めちゃくちゃ怒ってる……。
ルーナはいつも通りの無表情で、声音も平たんなのだが、言葉の節々から烈火のような怒りを感じ取れる。
これが俺に向けられていたら……怖くてちびりそう。
平然としているユリアってしゅごい。
「そうか。今聞いてくれないんだったら、もう話すことはないだろうね。こんなところで……もっと魔族を殺すまでは、捕まるわけにはいかないんだ」
魔族絶対許さないウーマンか?
まあ、人間は大体魔族のことが嫌いだし、その逆もしかり。
不倶戴天の敵だし、これほどアレルギーを示す奴がいても不思議ではない。
「まさか、こんな状態から逃げ出せるとでも? 暗黒騎士様もいますし、わたくしもフラウもある程度腕には自信がありますわ。念のため、結界を張っておきましたの。あなたに仲間がいたとしても、助けに来ることはできませんわ」
ルーナはユリアを逃がすつもりはないようだ。
まあ、確かにこの場から逃げ出すのは至難の業だろう。
俺はともかく、鎧さんはこの世界でも上から数えた方が早いほど強いし、ルーナも魔法に特化している。
フラウ?
あれは肉盾だから……。
どうにかできるとしたら、自分を救出させる部隊を置いておくことだが……それも見越して、ルーナは結界を張っているという。
詰みだろう。
「用意周到なことだ。よくもまあ、多くの人をバカ姫としてだましてこられたね」
俺が考えて分かることを、ユリアが分からないはずがない。
だというのに、いつも通りの態度である。
この余裕……実は、めちゃくちゃ強いとか?
だとしたら、一刻も早く逃げ出さなければならない。
ルーナとフラウに足止めをさせながらな。
「ああ、余計な心配をする必要はないよ。僕は弱い。戦う能力なんて、かけらもないよ。なにせ、ただの人間だからね」
薄くほくそ笑むユリア。
人間でも化物みたいに強い奴もいるから油断できないんだよなあ。
テレシアみたいに。
しかし、この余裕である。
絶対に何か切り札があるぞ。
できる限り離れたいぞ。
「仲間だな」
いい笑顔を浮かべるフラウ。
あ、そういえばこいつもそうだったわ。
魔族よりも畜生だから、すっかり忘れていた。
人間……それも、高潔な女騎士とは思えないほどだからなあ。
「やはり、魔族への間接的侵略ですか。帝国……いえ、今あそこは余裕がありませんわ。王国でしょうか?」
「まあ、支援を受けていることは否定しないが……私は彼らの命令を受けて動いているわけではない。魔族に牙をむくのは、私自身の意思だよ」
人間と聞いて、魔族大好きなルーナは機嫌を一気に悪くする。
もともと市場を破壊されてイライラしていたのに、止めを刺されたようなものだろう。
しかし、ユリアはルーナを怒らせることが目的なのかと思うほど、言葉の選択がやばい。
自分自身の意思で魔族を殺していると言えば、絶対に殺されるだろ。
嘘でもいいから、操られていたとか脅迫されていたとか言えばいいのに。
「そうですか。もう戯言は結構ですわ。それは、牢獄の中でお聞きしましょう。拷問官がね」
「それは困るなあ。私は痛みに耐性があるわけでもないしね。だから……」
切り札を切るようだ。
ちょっと待って! 俺がもっと安全な場所に移ってから……!
そう思っていた俺の身体が、いつの間にかいつも通りに勝手に動き出す。
「――――――あとは頼むよ、暗黒騎士」
それを聞いた俺の身体は、近くにいたフラウに剣を振り下ろしていた。




