第93話 なんですのぉ?
「おらおらおらぁ! どうしたよ暗黒騎士!? 魔王軍最強のテメエが、防いでいるだけかよ!?」
苛烈な連続攻撃を仕掛けてくる男。
息もつかせぬ連撃は、鎧さんを身にまとう前の俺なら一瞬で切り刻まれていただろう。
まあ、そもそも鎧さんと出会わなければ、俺はこんなところにいることはなかったのだが。
……勝手に着たのは俺だけど。
でも、俺は悪くない。
俺以外のすべてが悪い。
「はっはぁ! これで、俺が魔族最強だぁ!」
楽し気に笑う男。
もちろん、この間も攻撃は止まらない。
うん、正直凄いんだけどね。
こいつのもともとの力を知らないから明言はできないが、魔剣の力は凄いな。
恐ろしいほどにブーストされているのだろう。
まあ、いきなりそんな力が与えられれば、嬉しくなるものなのだろう。
俺も鎧さんによって力をいきなり与えられたようなものだが……こいつみたいに調子には乗らないな。
っていうか、一刻も早く脱ぎたい。
なんでこいつはそんなに能天気にいられるんだろう?
ちょっとうらやましいわ。
「ぎゃははっ! 暗黒騎士ですらも圧倒できる……! 俺は、最強の存在になったんだ!」
……あれ?
ふとあることに気づく。
魔剣は、使用者にお手軽に強大な力を与える。
その代わりに、生命力や寿命の消費を強要する。
では、鎧さんは?
着るだけで全自動戦闘マシーンとなり、生半可な攻撃は完全に防いでくれる。
……俺、鎧さんに何を吸い取られるの?
いや、吸い取られているの?
怖い怖い!
本当に怖い!
なおさらユリアを殺させるわけにはいかなくなった!
「さっさと死ね、暗黒騎士!!」
……あ、やばい。
こいつの言っていたこと、全然聞いていなかった。
完全に自分の思考にふけっていたわ。
見れば、男は血走った目を向けながら、俺に魔剣を振り上げていた。
もはや、こいつは勝利を確信しているようだった。
その欲望にまみれた目は、俺を殺してフラウを好き勝手している未来を妄想しているのだろう。
別に俺を殺さなくても、フラウは好きにしていいぞ。
むしろ、あげる。
しかし、この男も確かに強いんだけどね。
実際、鎧の中身だけ……つまり、純然たる俺だけなら、こいつは今はもう俺を殺してフラウとお楽しみしていたことだろう。
だが、残念ながら鎧さんはお前程度では勝てないのである。
「…………は?」
ガギン!! と音が鳴る。
それは鈍く、そして男にとっては絶望を与える音だっただろう。
鎧さんの振るった剣が、魔剣を打ち砕いたのである。
粉々に、原型は微塵も残っていない。
キラキラと破片が陽光に反射して光り輝き、そして地面に落ちていく。
男は、それをただただ呆然と見送っていた。
「け、剣が……俺の、魔剣が……!?」
……魔剣を砕くことができるって、鎧さんえげつないんだけど。
どういう……どういう技術があれば、剣同士を打ち合わせて破壊することができるのだろうか?
いや、知りたくないけど。
面倒くさいし。
しかし、魔剣を破壊されたら、この男は寿命か生命力を奪われ損ということになるな。
まあ、そんな心配をしている暇はないだろうが……。
「がっ!?」
鎧さんの腕が、男の首を掴む。
えぐぅい!
ゴリゴリと指が柔らかい首筋にめり込んでいく。
ひぇぇっ!
このゆっくりと首を絞めつけて行く感触が嫌ぁ!
「ぎっ、ひっ、がぁぁぁ……っ!!」
必死にもがく男。
しかし、片腕で一人の男を持ち上げているというのに、ビクともしない。
鎧さんの筋力はどうなっているのだろうか?
しかも……。
「な、んだ、これは……っ!?」
ぞわっと、男の首筋に黒い文様が広がる。
それは、鎧さんが首をわしづかみにしている指からだった。
こわっ!
なにこれキモイ……。
男の身体を這うようにして、ずるずると広がっていく黒い文様。
それは、間違いなく呪詛であった。
なんてものを出してくれちゃっているのか。
【ガラクタを与えられ、自分が強くなったと過信してバカな言動を繰り返していた貴様。なかなか愉快だったぞ】
「は、離し……!」
ジタバタと暴れる男。
だが、もう手遅れだろ……。
俺は憐憫のまなざしを向けてしまう。
なにせ、彼の身体を塗り替える呪詛は、もう首筋だけではなく、全身に広がっている。
濃淡があり、とくに直接注ぎ込まれている首筋は真っ黒だ。
人の身体が黒く染まっていく。
汚い……。
【だが、いくら何でも鬱陶しい】
鎧さんの最後の言葉だ。
全身が黒い呪詛に染まった男は、命を落とすのであった。
……俺は悪くないから。
誰に言い訳するでもなく、俺は内心で呟くのであった。
◆
ドサリと地面に崩れ落ちる男。
全身が呪詛でおぞましく染まっている。
……怖い。
これ、誰がやったの?
ひどすぎるよ……。
普通に殺す何倍も残酷だよ……。
現実逃避していると、フラウが近づいてきて一言。
「ふっ、よくやったぞ暗黒騎士。褒めてやろう」
【一週間飯抜きな】
「!?」
どうしてこいつはすぐに調子に乗るのか。
必死に縋り付いてくるフラウを引き離しながら、周りを見る。
すでに、人けはない。
一度、魔都騒乱事件というものを経験しているからか、他の魔族たちの避難は非常に迅速であった。
というか、力を信奉するくらい脳筋なら、お前らが戦えよ。
なんで俺が戦う必要があったわけ?
一人ずつ俺にお金を払え。
「すまない、暗黒騎士。助かったよ」
近づいてきたのは、ユリアだった。
そういえば、俺が逃げずに戦わなければならない理由になったのはこいつだった。
ちゃんと鎧の解除をしろよ、マジで。
じゃないと、この命を懸けた戦いは何の意味もなくなるんだからな。
【……あれも、貴様を狙っているという連中の一人か?】
「いいや。あれは、ただの通り魔みたいなものさ。あんなのに怖がることはないよ」
いや、命を懸けて戦わせられる身としては、怖がるのは当たり前なんだが?
じゃあ、お前が戦ってくれるの?
戦えないから、嫌々お前のために戦ってやったんだが?
「さて、欲しいものは手に入ったし、私はもう戻るとするよ。また来てくれることを待っているよ」
そういうユリアの手には、紙袋が。
こいつ、いつの間にか買い物を終えてやがる……!
店の主人なども避難しているため、金だけ置いてきたのだろう。
この野郎……人様が自分のために命を懸けて戦っていたというのに、何てふてえ野郎だ……。
……まあ、これもすべて俺のためだ。
決してユリアのためではない。
この鎧を解除し、自由を取り戻すため、俺は今日戦ったのだ。
そう思わないとやっていられない。
しかし、今日はこれで終わりだ。
しばらく、仕事も休んでのんびりしよう。
もう誰の顔も見たくないから、何かしら理由をつけてフラウも追い出してしまおう。
去ってゆくユリアの背中を見つめながら、そう思っていたら……。
「あら、もう帰られるのですか? わたくしとお話ししてほしいですわー!」
能天気な声が響き渡る。
聞きたくなかった声だ。
見れば、ルーナ(バカ姫モード)の姿が。
なんですのぉ?




