第91話 見るからにやばそうな奴来たぁ!?
魔王城から抜け出した俺は、もはやルーティーンとなる場所へと向かっていた。
そこは、この鎧のことを唯一何とかできそうな研究者の居場所である。
とんでもなく悪意に満ち溢れた迷路を潜り抜け、そこにたどり着く。
扉を開ければ、奴が出迎えてくれた。
「やあ。また来たんだね」
サラサラの長い赤髪を揺らし、陰鬱そうにこちらを見る目。
その下には、濃い隈ができている。
メビウスをも超える男好きのする豊満な肢体には、俺も兜の下でにっこりである。
彼女の名前はユリア。
なんだかよく分からんが、何かを研究している女だ。
……本当になんだこいつ。
そんなよく分からない奴に頼らざるを得ない俺の交流関係の薄さに泣ける。
しかし、また来たって……当たり前だろ。
この鎧の解析と、解除の方法を探るのはお前の義務だぞ。
責務を果たせ、陰気女め。
「ぶっちゃけ、ここに来ても意味ないだろ。お前の都合のいいようには進まないし、進ませない」
フラウの言葉だ。
殺すぞ。
進まないことにもイライラしているのに、その邪魔をするとかマジで許せん。
まあ、どういう邪魔ができるのかは分からないけど。
そもそも、うまくいっていないしな。
「結果も出せていない以上、強く言うことはできないが……私としては、ここに通われるのは嬉しいよ。なにせ、ここに来ることができるのは、君たちを除けば本当に少ないからね」
「じゃあ、もっと通いやすい場所に住んだらいいだろう。私だって、暗黒騎士がいなければ近づかないぞ」
ユリアの言葉に、フラウが返す。
そんな会話どうでもいいから、もっと俺の鎧のことをちゃんと調べてくれる?
ユリアは話しながら、俺の鎧を解析しているが……。
「これでも、私のここを狙う者は多くてね。住みにくいところが、一番住みやすいんだ」
そう言って、ユリアは頭をたたく。
本当に賢いのぉ?
全然成果出てないじゃん。
むしろ、その容姿とスタイルで狙われているんじゃないか?
俺も鎧がなかったらアプローチしていたところだ。
スラム出身のコソ泥にどうやって惚れさせるのか知らんけど。
「悪いね。やはり、今回もよく分からなかったよ」
しばらく経って、ユリアが俺から身体を離して言う。
はー、つっかえねえな。
辞めたら? この仕事。
今までもかなりの頻度で、長期間ユリアに鎧のことを見せているというのに、まだ何も分からない。
少なくとも、魔法的な何かがかけられていることは事実だ。
だって、脱げないし。勝手に動くし。
「ここまで研究しても、何も分からない。この世の中に出回っているすべての金属とも、また異なる。異質なものだね。まるで……この世界のものではないみたいだ」
ユリアの言葉に、俺は背筋を冷やす。
こわぁい!
何もわかっていないくせに、不安だけ煽るとか恥ずかしくないの?
そもそも、この世界のものでないのだとしたら、どうしてこれはここに存在しているのだろうか。
……異界からとか言うなよ。
そんなのの中に閉じ込められているとか、怖すぎる。
「何も分からないじゃあ悪いから、メンテナンスだけさせてもらったよ。君はなかなか鎧を脱ごうとしないしね」
脱げねえって言ってんだろ!!
俺の鎧を撫でまわすユリアに、内心殺意が吹き荒れる。
「そういえば、それ毎回しているな」
「毎回何も分かっていないということだね。申し訳ないな」
フラウが怪訝そうに尋ねる。
確かに、ユリアは毎回俺の鎧を撫でまわす。
細くて白い指。
ユリアほどの美人に撫でられたら俺もウキウキなのだが、いかんせん鎧の上なので何も感じない。
ぶっちゃけ、うっとうしいだけである。
【……また来る】
そう言って去ろうとする俺を、ユリアが呼び止める。
「ああ、待ってくれ。私も食料などを買いに行こうと思っているから、ついていってもいいかな? やっぱり、一人で出歩くのは怖くてね」
役立たずに売る媚びはない。
……と言いたいところだが、こいつ意外にこの鎧のことをどうにかできそうな奴に心当たりがないのも事実である。
嫌々だが、俺は頷くことにした。
【構わん】
「ありがとう」
◆
まあ、一緒に出歩くと言っても、途中で俺たちは家に帰るけどな。
そんなことを思いながら、俺はフラウとユリアと共に市場を歩いていた。
魔都騒乱事件から時間も経ち、ルーナによる政策もあって、その時以上に発展してにぎわっている。
まあ、俺が近づくと途端に静かになるんですけどね。悲しい。
超でかい全身鎧の男が近づいていったら、そりゃビビるだろうけど。
中身、ただのコソ泥なんだよなあ。
というか、できる限り外に出たくないんだよ。危ないから。
と言っても、家も絶対安全とは言えない。
つい先日も、魔勇者テレシアによって木っ端みじんに吹き飛ばされたからな。
マジで許せねえ。俺のセーフティハウスを……!
幸い、ルーナからお金をもらって家を建て替えられたので、問題はない。
幸運を呼ぶ四葉のクローバーが全焼したのは痛かったが……。
「あれはマジで青臭いからやめろ。ずっと野菜を食べている気持ちだった」
そう悪態をつくフラウ。
あの緑に囲まれた場所が嫌とか、どうかしているぜ。
【お前肉しか食わねえじゃん。だから、臭いんだよ】
「くっ、くくくく臭くないわ! ほら、嗅げ! ちゃんと嗅げ!!」
【ぐぉっ!?】
「なんだその声はぁ!!」
やけに慌てたフラウが、腋を露出させて押し付けてくる。
そんなに過敏に反応するっていうことは……そういうことなのか?
適当に言っただけだったが、思わぬ弱点を見つけられて俺もにっこりである。
しかし、女どころか人間すら捨てている彼女でも、匂いは気になるんだな。
意外だ。
ひたすら腋を押し付けてくるフラウの頭をどかしながら、ユリアに目を向ける。
ユリアは離れた場所で買い物をしている。
もう放って帰ろうか。
護衛とかする理由もないし、本当に危険なことが起きたら嫌だし。
まあ、死なれたら困るのだが、そんな都合よく……いや、この場合は悪くか。
都合悪く、こんな時に限ってユリアを狙う奴なんて……。
「きゃああああああああああ!!」
悲鳴が聞こえる。
くっ……知らんぷりはできるか!?
どれだけ距離が離れているかが勝負だ。
ある程度離れていたら、全力で逃げよう。
ご主人様である俺を置いて逃げ出そうとする肉盾を捕まえながら目を向ける。
……近いじゃないか。
しかも……。
「きひっ、ぎひはへはっはえぁっ!!」
み、見るからにやばそうな奴来たぁ!?




