第90話 私を抑止力に……?
「治安が悪化してきていますわ」
整った造形と無表情が合わさって、相変わらず人形のような美しさである。
白髪をツインテールにまとめ、薄い衣装で褐色の肌と豊満な肢体を惜しげもなく披露しているのは、魔王ルーナである。
魔族絶対繁栄させるウーマンで、まるで自分のことをそのための歯車としか思っていない、全く理解できないクレイジーな女である。
できる限り関わりたくない。
のだが、彼女は魔王で、俺は魔王軍大将軍である。
彼女から呼び出しを受ければ、断れるはずもなかった。
……改めて思うけど、大将軍ってなに?
とんでもなくバカみたいな役職だよな。
そして、ルーナから言われたのは、治安のことである。
いや、知らんがな。
【魔族なんて、もともと大して治安なんてよくないだろう】
「普段よりもさらに悪いのですわ」
力至上主義というほどでもないが、それでも非常に重要視するのが魔族だ。
それゆえに、秩序などはあまりない。
圧倒的な力……たとえば、四天王の誰かがいれば、逆に人間よりも秩序のある空間になるのだが、当然四人しかいない四天王が常時同じ場所にいられるはずもないので、あまり意味はない。
だから、治安の悪化と聞いても、いつものことだろうと思ってしまうのだが……。
どうやら、そうではないらしい。
「これは、異常ですわ。明らかに作為的な……人為的に治安を悪化させられていますわね。わたくしも人類に対して仕掛けるか検討したことがありますから、よく分かりますわ」
直接魔族を治めているからこそ、俺よりもルーナの方がはるかに詳しい。
そんな彼女が言うのであれば、そうなのだろうが……。
人類に対して仕掛けるか検討していた?
こいつ、全面戦争は避けていても、小さい戦争は仕掛ける気満々だな。
俺は関わらないからな、マジで。
「魔都だけなのか?」
ルーナに問いかけるのは、フラウだ。
金色の長い髪、金銀のオッドアイ、そして整った顔。
スラリとしたスタイルもあって、見た目は完全に美しい女騎士なのだが、内面はドブである。
天は二物を与えずと言うが、本当にそうだ。
「なんで私を残念そうに見る?」
理由も分からんのか。
そうか、頭が……。
「一番低下が激しいのが魔都ではありますが、他の街でも同様ですわね」
フラウを内心でバカにしていると、ルーナが彼女の問いに答える。
まあ、それを聞いても、俺は何とも思わないのだが。
ほーん。で?
それを俺に話してどうするつもり?
そんなに各所で治安低下しているのであれば、どうしようもないじゃん。
というか、これは政策的な問題だるぉう?
俺関係ないよね。
「あと、確実に人為的だと分かる証拠が一つありまして」
【……なんだ?】
よっぽど話したいらしい。
さすがに正面から断る勇気もないので、嫌々尋ねる。
「魔剣ですわ」
……魔剣?
普通の武器じゃなくて、何かしらの特殊な能力を宿した武器だよな?
「暴れまわっている連中は、誰一人例外なく魔剣を持っていましたの」
「魔剣って、そんな簡単に手に入るようなものだったか?」
危なくない?
暴れている奴ら全員そんな武器を持っているの?
怖えよ。あぶねえよ。近寄りたくねえよ。
「いいえ。特殊な能力を持つ武器……聖剣や魔剣といった類のものは、もちろん希少ですわ。だいたい、国家や組織に保管されてありますわね。確認してみましたが、使われている魔剣はわたくしたち魔族が保管していたものとは別物ですわ」
つまり……?
「すべて、新しいものでしたわ」
その言葉に、俺はこっそり戦慄する。
暴れまわっている奴らは、全員魔剣を使う。
それも、出どころの分からない新しい魔剣。
……凄い。どす黒い何かが見える。
絶対に触れちゃいけない闇が見える。
「魔剣を作って、それをまき散らし、暴れさせている黒幕がいるということか。……聞かなかったことにしていいか?」
フラウがキリッとした凛々しい顔で俺を見る。
同感である。
まさか、フラウと意見が会うとはな。
嘔吐しそうだが、考えていることは一緒ということだ。
「当然、四天王にも動いてもらいますわよ。強大な戦力は、ただ歩いているだけでも抑止力になりますもの」
「私を抑止力に……? 目は大丈夫か……?」
信じられないと目を見張るフラウ。
同感である。
命乞いすることに生きがいを感じているフラウに、抑止力の効果を求めるのは酷というものだろう。
……とはいえ、こいつなんだかんだ色々死線に巻き込んでいるのだが、生き延びているんだよな。
まあ、全部押し付ける予定なんだから死なれては困るのだが、普通の人間なら十回くらいは死んでいてもおかしくないのだが。
「まあ、こんなことを仕出かしてくれているのですから、当然処分させてもらいますわ。お二人のお力をお借りすることもあるでしょうが、よろしくお願いします」
「ブチ切れているぞ、あれ……。ちょっとハグとかで宥めてきてくれ」
冷たく言うルーナ。
人形のような無表情で、整っているがゆえに余計恐ろしい。
フラウも子犬のように震えて俺にとんでもないことを言ってくるが、無意味だろ。
この女がハグくらいで落ち着くか。
全身鎧の男に抱き着かれたら、もうそれは攻撃である。
「とにかく、お二人も魔剣を持っている連中には気を付けてくださいまし」
……ルーナだからなあ。
純粋に忠告してくれたと、心配してくれたと思えないのが悲しい。
絶対裏があるもん。
とはいえ、元より近づくつもりは毛頭ない。
ルーナの気遣いを受けて、俺はそう思うのであった。
……まあ、騒動が起きて俺が巻き込まれないということなんてありえないんだけどな。
それを知るのは、もっと後の話だ。
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