第89話 バッチリ効いてますぜ、姉御
目の前で、災害としか思えないほどの爆発音が鳴り響く。
その音の衝撃波だけで、吹っ飛ばされそうになる。
音だけならまだしも、実際に災害に見えるほどの戦闘は起きていた。
すべてを燃やす黒い炎が大地を焼き、空間を切断する斬撃が雲を切り裂く。
悪い夢かな?
まるで、創作の物語のようだ。
ああ、私も目の前でさえ起きていなければ、楽しく見ることができただろうさ。
問題は、この戦闘の余波で、私がいつ死んでもおかしくないということで……。
「やばいやばいやばいやばいやばいやばい!!」
同じことをバカみたいに何度も呟く私……フラウ。
神に愛されるべき、天才美少女である。
だというのに、今の私は明らかに神からも世界からも愛されていなかった。
顔中に汗がびっしりと浮かび上がっているし、目は恐怖から瞬きすらできずに血走っている。
目を一瞬でも閉じれば、命を奪われかねない。
そう思っているからこその防衛本能だろうが、目がカッサカサになってしまう。
ドライアイにもほどがある!
しかし、瞬きもできないのだ。
なにせ、今の敵は、私にとって史上最大にして最悪の存在。
『グオオオオオオオオオ!!』
「こうしてまた殺し合いができるのはいいんですけど、やっぱり……!!」
戦っているのは、当然私ではない。
あんな化物と戦うなんて、二度とごめんだ。
戦っているのは、二人の女。
両方とも、世界でも上から数えた方が早いほどの強者だ。
二人だけで国を滅ぼすことも容易だろう。
だが、彼女たちは押されていた。
たった一人の男に。
その様子を、高みの見物を決め込んでいた女……ユリアが見て呟く。
「ああ、なかなか戦うのは大変だろうね。私も見ているだけなのに、そう実感できてしまうよ。そんなに強いのかな? 暗黒騎士は」
強いに決まっているだろ、死ね!!
思わずそう怒声を張り上げようとしてしまうが、声を出して注意を引けば、あの二人が引き付けている攻撃がこちらに向くことを恐れた。
あの二人と戦っているのは、暗黒騎士。
魔王軍最強の男にして、全権を預かる大将軍たる存在である。
本来であれば嫌々でもこちら側で戦うはずのあいつが、なぜか敵に回っていた。
ふざけるなよ、クソ野郎!
「やはり、仲間は戦いづらいかい? まあ、それもそうだろうね。私でも理解できる感情だよ」
いや、殺せるなら殺すわ!
ユリアの見当違いな分析に、私は苛立ちを隠せない。
仲間だから手を出し損ねている?
致命的な攻撃をできないでいる?
やはり、ユリアは研究者。
戦いのことを微塵も知らないようだ。
暗黒騎士とぶつかっている二人も、本気で彼を殺そうとしている。
その覚悟を持って戦わなければ、一瞬で命を奪われているだろう。
手加減をして敵う相手ではないのだ。
それを理解しているからこそ、二人は全力で暗黒騎士を殺しにかかっている。
それでも、優勢なのは暗黒騎士の方だが。
そもそも、私に暗黒騎士と戦いづらい感情があると思うか?
他の面々は知らないが、少なくとも私にとって暗黒騎士は自由を束縛する怨敵でしかない。
殺せるのであれば殺すし、逃げられるのであれば逃げている。
それができないのが、暗黒騎士なのだ。
「……っ!」
「がはっ……!」
頼りになる黒竜メビウスと魔勇者テレシアが倒れた。
……倒れた?
ちょっ……!
もうちょっと頑張ってくれよぉ!
まだ、何も思いついていないんだよぉ!
このままじゃあ、次に暗黒騎士と戦うのは私だぞ!?
四秒持たないぞ。
というか、魔王軍四天王と人類個人戦力最強の勇者を相手取り、圧勝しているあいつって何なの?
化け物なの?
【次は貴様だ、フラウ】
「なぜ!?」
私の思考が届いてしまったのか、剣の切っ先を突きつけてくる暗黒騎士。
私に全部押し付けるために生かしているって言ってたじゃない!
どうしてここで方針転換するんだ!
私は殺してもいい人材じゃないぞ!
得難き世界の宝だぞ!
【だって、お前全然俺の思い通りに動かないし、敵対するし、邪魔するし……】
「愛嬌だ」
【死ぬがいい】
なぜ!?
しかし、よくよく振り返ってみると、暗黒騎士に……絶対強者に、私は凄いことをしていたな。
てへっ。反省しまーす。
だから、許してぇ!
「待て! 足の指をしゃぶるように舐めるし、全裸土下座もするし、裸踊りだってするぞ! だから、私を生かせ!」
【元女騎士とは思えない卑屈っぷり、見事なり。できるだけ苦しめて殺してやろう】
怖い!!
この人、徹底的に私を痛めつける気だ!
何が不満だと言うのだろうか?
私の考えうる中の、フルコースである。
一つだけではなく、すべてを披露するというのに、どうして……。
どうしてこんなことに……。
スーパー善人である私がこんな目に合うなんて、世界はどうかしている。
暗黒騎士だけが痛い目に合えばいいのに……。
「大体、精神汚染なんてお前が喰らっているはずないだろうが!!」
暗黒騎士が敵対している理由。
それは、ユリアによる精神汚染が原因……ということになっているが、あの暗黒騎士にそんな精神攻撃が効くはずもない。
絶対嘘だぞ。
あいつ、この精神汚染を理由にして、何かよからぬことを企んでいるぞ。
ユリアは不思議そうに首を傾げ、濃い隈のある目を暗黒騎士に向ける。
「効いていないのか?」
【バッチリ効いてますぜ、姉御】
「いつもの暗黒騎士とは全く異なる言動。やはり、汚染は効いているな」
それ、そいつの素だよ!!
っていうか、何だよその話し方!
三下の子分みたいな情けない話し方しやがって……!
あっさり騙されるユリアもユリアだ。
暗黒騎士はユリアを騙せたことを確信すると、一歩前に出て剣を構える。
【貴様を殺し、操られた感じで魔王軍を辞めよう】
「ちょっと! みんな聞いたか!? 今、暗黒騎士がとても大事なことを言ったぞ!!」
もう欲望を微塵も隠せていない!
【死ねぇい!】
「ぬあああああああああああ!?」
何の躊躇もなく首を狙って振るわれた剣に、悲鳴を上げながら逃れる私。
どうしてこうなったのかを、思い出すのであった。
第四章、始まります!




