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あなたが拾ったのは普通の女騎士ですか? それともゴミクズ系女騎士ですか?  作者: 溝上 良
第三章 血みどろ勇者編

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第88話 利用

 










 魔都の一角には、生きる迷路がある。

 常時壁が動き、道が作り替わる。


 それゆえに、そこに踏み出してしまった者のほとんどは、迷路から抜け出すことができなくなり、命を落とす。

 道の至るところには、白骨化した遺体が打ち捨てられたままになっている。


 そして、ごく一部の者だけが通り抜けることのできる迷路の先には、一つの研究所がある。

 見た目は普通の建物だが、中に入ってみれば、常人にはよく理解のできない機材が並べられている。


 そこにいるのは、一人の女。

 名を、ユリア。


 真っ赤な髪を臀部ほどにまで伸ばし、非常に濃い隈を目の下につけている研究者であった。

 彼女は、暗黒騎士の鎧についても研究している。


 さっさと解除する方法を探し出せ、という熱い期待もかけられている。


「研究の成果は出たかな?」


 そんな彼女の背中に声がかけられる。

 ほとんどの者がたどり着くことのできない、このユリアの研究所。


 例外として、暗黒騎士。

 そして、使者としてここに訪れる『人間』だった。


「……そう簡単に結果が出るのであれば、私みたいな研究者はいらないよ。気長に待ってもらう必要がある」

「それなりに待っていると思うがね。資金だって提供している。あまり成果が出ないのであれば、それも打ち切りを考えなければならない」


 露骨な催促だ。

 品のないその言葉に、ユリアは思わず舌打ちをしそうになってしまう。


 しかし、研究には金がかかる。

 そして、その金を工面してくれているのが、この使者とつながっている人間であることは事実だった。


 スポンサーの機嫌を損ねるわけにはいかない。

 それゆえに、彼女は彼らを黙らせるための研究も、すでにしていた。


「なら、これを持っていきたまえ」

「これは……」


 ユリアは無造作に使者に向かって武器を投げる。

 それは、ただの武器ではない。


 悍ましい黒に染まり、怪しい魔力をほとばしらせた魔剣である。

 しかし、彼女は鍛冶師ではない。


 魔法を込めて剣を打ったわけではない。

 そんな手間暇をかけずとも、強力な武器である魔剣を作り出すことができる。


 それこそが、スポンサーの機嫌をとるために上げたユリアの成果だった。


「聖剣を研究した私の成果だよ」


 ユリアはそう言って、解説を始める。


「聖なる武器に、魔を混ぜる。そうすることで、凶悪な魔剣が誕生する。もちろん、本物の聖剣や魔剣に比べれば性能は劣るが……」

「普通の武器よりははるかに強い。これは素晴らしい……」


 ユリアの言葉を引き継ぐように、使者は感嘆のため息を漏らす。

 勇者テレシアが使っていたような、世界に一振りしかないというような聖剣の力はない。


 だが、人工的にこれほどのものを作り出すことができるのは、ユリアの能力の高さゆえだろう。


「君たちが勇者の聖剣を私に引き渡してくれたおかげさ。感謝しているよ」


 この量産型人工魔剣を生み出す基礎となったのが、勇者テレシアの聖剣の研究である。

 帝国の友愛派に捕らえられた彼女。


 その後、ツァルトから聖剣を入手し、それをユリアに引き渡したのがスポンサーだ。

 すでに、試験も行われている。


 暗黒騎士とテレシアの殺し合いに、魔剣を投げつけたのはユリアだ。

 その戦闘によって、試験もクリア。


 能力も耐久性も申し分ないものが完成した。


「量産化することも可能だ。その方法も、この資料に載せてある。……これでも、私の研究を打ち切らせるかな?」

「そんなはずはないだろう。素晴らしいよ、ユリア。君は、まさしく天才だ」


 ドサリと渡された資料を受け取り、使者は満面の笑みを浮かべる。

 こうしてちょくちょくと大きな成果を上げるからこそ、ユリアへの資金援助は常時行われているのだ。


「しかし、いいのか? 君はずっとここに……魔族たちと共に過ごしてきたのだろう? だというのに、彼らを裏切るような真似をして」


 使者は確かめるように問いかける。

 ユリアのしていることは、人類に牙を与える行為。


 すなわち、相容れることのない不倶戴天の敵である魔族に反する行為だ。

 ユリアのいる場所は、魔族領。


 そして、少なからず魔族と交流もある。

 だというのに、そんな彼らを裏切るような真似をしてもいいのか?


 それは、一つの確認だった。

 ここで、少しでもためらうようなしぐさがあれば、使者はスポンサーに報告することだろう。


 だが……。


「私はここにずっと引きこもっているから、交流なんてほとんどないさ。ここに来るのは、よっぽどのもの好きだけだよ」


 薄く笑みを浮かべるユリア。

 しかし、その濃い隈を浮かべた目は、使者もゾッとするほど冷たかった。


「それに、私にとって魔族はただの敵。許しがたいゴミどもだ。そんな彼らに、同情や感情移入なんてするはずもない」

「そうか。それを聞いて安心したよ」


 烈火のような怒り。

 それをユリアから感じ取り、使者は彼女が裏切ることはないと確信した。


 このような素晴らしい成果もあげてくれるのだ。

 まだしばらく、付き合いは続くだろう。


「それでは、またいつか」

「ああ」


 使者は研究室から出ていく。

 ユリアは顔を向けることすらなく、見送った。


「私も利用されてやるから、君たちも利用されてくれ。あと少しなんだ」


 誰もいなくなった研究室で、ユリアはポツリと呟く。

 決して仲間ではない。


 お互いがお互いを利用している、ドライな関係だ。

 ユリアにとって、それは都合がいいし、居心地もよかった。


 深い関係になんてなりたくない。

 そんなことをすれば、失ったときに強い悲しみと喪失感を覚えるから。


「暗黒騎士の鎧。あれを解析できれば言うことはなかったのだが……私をもってしても何も理解できないというのは、単純に興味深いね」


 彼女の脳裏に浮かぶのは、ここに来る数少ない魔族である暗黒騎士。

 聖剣に魔を混ぜ、堕とすというのは、彼の漆黒の鎧から着想を得たものだ。


 だが、ユリアをもってしても、あれを理解できていない。

 長い時間をかけているのだが、いまだにその一端を知ることすらできていないのである。


 ああ、残念だ。

 あの鎧を解析できれば、もっと効率よく魔族を殺せる方法を作り出すことができるだろうに。


「まあ、いいさ。私にとって……必要なのは、彼じゃない」


 そういうと、大きな胸の奥がチクリと痛んだ。

 ……まさか、暗黒騎士と敵対することに、悲しみでも覚えていると?


 そんなことはありえない、とユリアは首を振る。

 あれも、しょせん魔族だ。


 ならば、報復しなければならない。


「暗黒騎士、悪く思わないでくれよ。君が魔族に生まれたのが悪いんだ」


 少し目を閉じて、次に目を開けた時には、もはや胸の痛みは消えていた。

 確かに、暗黒騎士には好感を抱いているかもしれない。


 ほとんど話さない寡黙な性格も、自分とは合っている。

 気を張らずにいられるのも、彼くらいだろう。


 だから、何だ?

 それだけで、この胸を焦がす憎悪の炎を消すことはできない。


「あと少し……あと少しで、宿願を果たすことができる。魔族たちを――――――皆殺しにすることができる」


 冷たい目は、何を見据えているのだろうか?

 この先に待つのは、地獄だろう。


 少なくとも、自分もロクな死に方をしない。

 それが分かっていても、もう止めらないのだ。


「待っていてくれ、――――――」


 ユリアの最後に呟いた名前を聞く者は、誰もいなかった。




第三章、終わりです。

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