第87話 ふっ、苦しめ暗黒騎士
私は魔王城の中を歩いていた。
目的地は、大浴場である。
こういう城などにはできる限り近寄りたくないのだが、ちょくちょく暗黒騎士についてきている理由は、それである。
大きな風呂というのは、とても気持ちがいい。
暗黒騎士の小さな家では、あれほど大きな風呂は作れないだろう。
奴がその気になれば作れるはずなのだが……。
私のためにそれくらい作れよ、ボケが。
そもそも、私は人間である。
それゆえに、四天王という地位に上り詰めていたとしても、時折不穏な目を向けてくる魔族も城の中にはいるのだ。
……まあ、いざとなれば暗黒騎士を盾にするから大丈夫だがな!
そんなことを考えながら、ルンルン気分で大浴場を開けると……。
そこには、浅黒い肌になった勇者テレシアが、慎ましい(私よりも!)胸を揉みしだいていた。
……えぇと。
「どうした、テレシア? 自慰は自分の部屋でやった方がいいぞ?」
「違います」
即座に否定されてしまった。
とはいえ、明らかに自分の胸を熱心に揉みしだいていたじゃないか。
弱みを一つ握れてご満悦だが、しかし私は他人の自慰を見て興奮できるような性癖は持ち合わせていない。
「私の身体、また縮んでしまったと思いまして」
私の目に疑惑の色が濃く残っていることに気づいたのか、テレシアは胸を揉んでいた理由を話してきた。
あー……そういえば、暗黒騎士に襲撃をかけてきたときは、大人フォームだったな。
不快なことに、胸もボインボインだった。
……あれだぞ。どうせ将来垂れるのだから、あんなのいらないぞ。
「もともと、あれが無理やり成長させられた状態だったのだろう? 大きな力に身体がついてこられていなかった。戦うたびに身体が壊れるのは、止めておいた方がいいだろう。グロイし」
「確かに、それはそうですが……」
全身血だらけになりながらも、暗黒騎士だけを見て戦うテレシアは、傍から見ていた私をドン引きさせていた。
いや、怖いわ。
暗黒騎士、チビっていたんじゃないか?
血の出し方も、こう……身体の内側からダクダクと溢れてくるというような、異常なものだったし。
ただただ怖かった。
自分の服を脱ぎながら思い返していると、テレシアはこちらをジーッと見てきていた。
……よく見ているのは、胸か?
「あまり、私と変わりませんね」
「お? 戦争か?」
まったく勇者に勝てる気はしないが、胸のことを言ったら戦争だろうが……!
男にとっての、あそこの大きさ論争並みにデリケートなんだぞ……!
ちなみに、暗黒騎士に鼻で笑いながら『粗●ン』って言ったら膝から崩れ落ちていたから、実証済みだ。
まあ、見たことないが。
「言っておくが、私の方が大きいぞ」
胸を張る。
私のは小さいのではない。適量なのだ。
テレシアはそれよりも小さい。
すなわち、あまり変わらないなんてふざけたことを言うことはできないのだ。
ぶっ殺すぞ。
「でも、私は成長したら大きくなっていました。あなたはもう成長しないでしょうし」
なんだぁ、テメェ……。
ビキビキと青筋が額に浮かぶのを実感する。
この野郎、そんなに死にたいのか……。
確かに、大人フォームのテレシアは大きかったが……。
あんなでかいのをぶら下げていたら、近接戦闘なんてできないだろう。
私はそのことも考えてだな。
……近接戦闘なんか絶対やりたくないが。
危ないし。
私の珠の肌が傷ついたらどうしてくれるんだ。
やっぱり、平然と盾にしようとする暗黒騎士って頭おかしいわ。
「胸なんて、あっても邪魔。こんなの、いらないし」
「むしり取ってほしいのか?」
聞こえた不快極まりない言葉に、相手が誰かも確認せずに暴言を吐いてしまう。
振り返れば、すでに全裸になっている四天王の黒竜メビウスの姿があった。
おしっこ漏らしそうになった。
許して……。
しかし、不快な自慢をするだけあって、メビウスの胸は立派なものだ。
この中では、一番大きいだろう。
ふざけんな。
そんなことを考えていたら、冷酷非道の魔王ルーナまで現れる。
メビウスのよりは少々劣るが、それでも大鑑巨砲。
私のよりも大きい。
「確かに、機能性を考えるとない方がいいでしょうね。フラウも勇者も動きやすそうで羨ましいですわ」
「魔王じゃなかったらぶっ殺していた」
「…………」
私だけではなく、テレシアも冷たい目を向けていた。
彼女の場合は、相性の悪さだろうな。
胸のことを言われたというよりも、相性が何よりも悪い。
勇者と魔王。
何千年にもわたって殺し合ってきた二人だ。
遺伝子レベルでそりが合わないのだろう。
「とはいえ、これがあると武器になるのも事実ですわね。男に見せたり押し付けたりすれば、簡単に篭絡することができますもの」
自身の褐色の豊満な胸をタプタプと揺らすルーナ。
……垂れ落ちろ。
「でも、暗黒騎士は落とせていませんよね。じゃあ、無意味では?」
「…………」
ナイスぅ!
テレシアの言葉に、ルーナは無表情を崩さずに、しかし固まっていた。
私はそれを見られただけで満足だ。
「しかし、暗黒騎士なあ……」
あんなののどこがいいのだろうか?
さっぱり分からん。
自分至上主義の傲慢鬼畜男だぞ。
お願いされても欲しくない。
「フラウは知らないの? ずっと一緒にいるんだし、暗黒騎士の好みは」
「別に一緒にいたくていているわけじゃないんだが」
思わず声に険が混じる。
あいつに敗北せず、命乞いさえしなければ、絶対に一緒にはいていない。
まあ、うろたえて慌てまくっているあいつを見るのは非常に面白いし楽しいのだが。
正直、生まれてきてから一番大笑いできているかもしれない。
ただ、反撃してくるからなぁ、あいつ。
サンドバックでいてくれたら、一晩寝てやるのも考慮する。
いや、今は暗黒騎士のことだった。
あいつはただのド変態だ。
胸が大きいのも小さいのも大好きだろう。
だが……。
「私も分からん」
「そう……」
そう簡単に教えてやるのも、面白くない。
ド変態と周知して暗黒騎士を苦しめるのも面白いだろうが、彼を苦しめるのであれば、もっといい方法がある。
私は、その爆弾を投げ込んだ。
「だから、三人で色仕掛けをしてみて、一番反応がいいのが性癖だと考えればいいんじゃないか?」
ニッコリと笑顔。
それは、暗黒騎士の絶望した顔を思い浮かべたから。
……いや、私はあいつの素顔を知らないけど。
「は、反対です。そういうのは、不潔です」
「あら、わたくしはいいと思いますわ。縛るものは、多ければ多いほどいいのです」
「卵産みたい」
「っ!? だ、ダメです! まずは、私が確かめます!」
反対するテレシアと違い、乗り気なルーナとメビウス。
そんな三人がいそいそと大浴場から出て行ったのを見送り、私は一人王様気分で大浴場を味わう。
「ふっ……。苦しめ、暗黒騎士」
私は不敵な笑みを浮かべながら、目を閉じるのであった。
その後、理由を感づかれて暗黒騎士に報復されるのは余談である。
……報復を思い出したくないからな!




