第84話 止めてくれよ……
気分転換に散歩していたら、スケベな状況に遭遇してしまった件。
寄ってたかって一人の少女に欲望をぶつけようとするとは……。
なんて羨ま……外道な奴らだ。
俺の手自ら天誅を下してやったわ。
……いや、まあ勝手に鎧さんが動いただけなんですけどね。
そもそも、ギャアギャア騒がしいところに、いくら散歩をしていたからと言って迷い込むはずがない。
俺はちゃんと察知していたし、面倒くさそうだから逃げようとしていたさ。
だというのに、勝手に鎧さんがさあ……。
勇者というとんでもない爆弾を処理したのだから、もう許してもらってもいいのではないだろうか?
「あ、あ……」
だいたい、こっちを見て息もできないという風に口をパクパクさせている男たちは何なのだろうか?
めちゃくちゃいかつくて怖いんですけど。
怖い人が、俺を怖がっているという……。
どういう状況だよ。わかんねえよ。
【下衆共が】
しかし、鎧さんは理解しているようで、勝手に話し始める。
それにしても、とんでもなくキツイ言葉である。
絶対荒事になるじゃん。
止めてくれよ……。
【私が人間を守ってやる道理はないが、貴様らのような自分を強いと、優位だと、上にいると勘違いしている連中を徹底的に痛めつけることは、嫌いではない。さあ、人間たちよ。先ほどの威勢のよさを、ぜひ私にも見せてくれ】
しかも、煽っているし……。
絶望が止まらない。
俺にも希望を見せてほしい。
悪魔みたいなことも言っているし、どうするんだこれ。
どう収集をつけるんだこれ。
「く、くそったれ! 相手は一人だ! 囲んで殺せぇ!」
殺さんといて!
俺は悲鳴を上げつつ、襲い掛かってくる男たちの迎撃をするのであった。
◆
レーリオから見ても、傭兵たちの動きは見事だった。
最大にして最強の敵と目されていた暗黒騎士が突然現れたことに激しく動揺しながらも、さすがは修羅場を潜り抜けてきた荒くれ者たち。
混乱しつつも、身体は動いていた。
そうしなければ、刻一刻と状況が変わる戦場では生きていけないのだろう。
彼らの性格は最悪だが、その力と身体に染みついた経験は、レーリオも賞賛を送りたい。
彼らも、普段は敵になったり味方になったりする、希薄な関係性だろう。
しかし、完璧に息の合った……とまではいかないものの、隙を見せることはないほどの連携を見せていた。
戦場での傭兵は、国軍と違って同じ釜の飯を食った信頼する仲間なんていない。
だから、たとえ初対面でも、生きるという目的のためならば協力し合うことが暗黙の了解となっている。
「テメエは右から行け! 俺は左から行く!」
「おお!」
そんな掛け声とともに、様々な方向から暗黒騎士に攻撃を仕掛ける傭兵たち。
一斉に襲い掛かられれば、それを防ぐ手数が足りない。
魔王軍最強が相手だ。
おそらく、反撃を受けて一人……いや、下手をすれば複数人が殺されるかもしれない。
だが、誰かが必ず暗黒騎士に攻撃を届かせる。
自分に反撃が向かないことを祈りつつ、分の悪い賭けに出る。
こうしなければ、一方的に虐殺されるだけだと理解していた。
命の取り合いを常にしてきた彼らは、肌感覚に敏感だった。
だから、自分たちの命をお互いに預けあって、暗黒騎士に挑む。
【無駄だ】
残念なことは、暗黒騎士の力を誰一人として正確に認識できていなかったことである。
当たり前だ。
彼の力を知ってしまった者は、例外なく土に還っているのだから。
「ぎっ!?」
「あ……!」
そして、彼らもまた同じ道をたどることになる。
一斉に襲い掛かっていた傭兵たちが、一人の例外もなくバラバラに身体を切断された。
ドチャドチャと、耳を塞ぎたくなるような水っぽい音と共に、細切れにされた人肉が地面を転がる。
そんな中、レーリオは戦慄していた。
「あいつは、いつ剣を振るった……?」
四方八方から襲い来る大勢の傭兵たちを、暗黒騎士は皆殺しにした。
魔王軍最強の力を持ってすれば、そこまでは理解できる。
だが、攻撃方法がまったく分からなかった。
剣を振るったのだろう。
バラバラに切断された傭兵たちの死体と、暗黒騎士が持っている分かりやすい武器を見れば、簡単に推察できる。
だが、その剣を複数……いや、一振りでさえ、レーリオは見ることができなかった。
見逃していた? 見過ごしていた?
それはありえない。
幼なじみの……テレシアの仇である彼から目をそらすことなど、ありえない。
それでも、レーリオは暗黒騎士の剣を見ることがかなわなかった。
それは、暗黒騎士の隔絶した力を誇示していた。
【さて、貴様はかかってこないのか?】
「っ!」
暗黒騎士の目は、硬直していたレーリオへと向けられる。
それもそうだろう。
相手からすれば、自分も傭兵たちと同じ敵なのだから。
そして、レーリオも引くことはない。
剣筋さえ見えない隔絶した力の差。
それが分かっていてもなお、彼は引くことができなかった。
ひとえに、無残にも殺されてしまった幼なじみのために。
【何もしないなんてことはないだろう? 私を見る目は、とても情熱的だ】
「……ああ、情熱的だろうさ。なにせ、俺はあんたを殺すためだけに、ここまで来たんだからな」
剣を抜く。
くしくも、暗黒騎士と同じ武器。
とはいえ、剣士としての能力で、暗黒騎士よりも勝っているとはまったく思えなかった。
おそらく、一合切り結んだのちは、すぐに殺されてしまうだろう。
そのことは、レーリオも分かっている。
だが、だからと言って、このまま背を向けて逃げ出すか?
幼なじみの無念も晴らさず、しっぽを巻いて逃げるのか?
そんなこと、できるはずがなかった。
「よせ、レーリオ! こいつの力を見ただろう? お、俺たちでは……絶対に勝てない! そもそも、報復するなんて考えが愚かだったんだ。テレシアちゃんがかなわなかった相手に、どうしろってんだ!」
「だからと言って、仇をみすみす見逃せと? ふざけるな!」
タイストが止めてくるが、その手を振り払う。
彼は、もう暗黒騎士の力に飲まれてしまっていた。
もう、暗黒騎士と戦うことはできない。
だが、自分は違う。
幼なじみの……テレシアの仇をとるのだ。
【……そうか。貴様、あの勇者の】
暗黒騎士は、その会話からテレシアのことを思い出したように言葉を発する。
そんな彼を、鋭く睨みつける。
「覚えているのか。覚えていないと言っていたら、ズタズタにしてやるところだ」
【もちろん、覚えている(あんなクレイジー薬物ジャンキー女のこと、忘れるわけないじゃん)】
コクリと頷く暗黒騎士。
魔王軍最強の存在からも認められていた。
そのことにほんの少し嬉しさを覚えつつ、しかしだからこそ彼女を殺した暗黒騎士を許せない。
【だが、貴様が私に戦いを挑むのは、無謀だ。決して勇猛ではない。無駄だ。勇者が貴様ら人間のために戦ったというのに、それが無駄になってしまうぞ】
「それでも……それでも、俺は……!!」
復讐の想いは、暗黒騎士から向けられる圧倒的な殺意により、一気にしなびそうになる。
圧倒的な強者が、目の前に立っている。
自然と脚が震え、歯が鳴る。
今すぐに武器を放り捨てて、逃げ出したい。
どうせ、戦ったところでかたき討ちなんてできない。
殺されるだけだ。
それでも……それでも!
「貴様らぁ! その鎧を殺せぇ!」
「あいつは……」
震える怒鳴り声を発したのは、討伐隊の指揮官であるアドルフであった。
一瞬で頼りになる傭兵たちを虐殺され、いまだに兵力が残っているにもかかわらず、まったく余裕がなくなっていた。
「何を悠長に喋っている? 早く殺せぇ!」
唾をまき散らしながら、レーリオたちに命令する。
自分が戦うという選択肢はないようだ。
【……随分とやかましい虫がいるようだ】
「ひっ……!」
暗黒騎士の目がアドルフを捉える。
それだけで、魂をわしづかみにされたような息苦しさを覚える。
それゆえに、アドルフはとんでもない行動を起こした。
「ち、近づくな! こいつを殺されたくなかったらなぁ!」
「お前……! まだそんなことを……!!」
アドルフが盾にしたのは、略奪されていた村の子供だった。
一度も使ったことのない剣を抜き、ガタガタと震えながら子供に切っ先を向けている。
レーリオは怒りをあらわにするが、暗黒騎士はとても冷めた目を向けていた。
【……バカか、貴様? 私が人間を守るために無抵抗でいるとでも思っているのか? (ちなみに、魔族を人質に取られていても気にせず攻撃していたぞ。俺にとって他人の命は人質たり得ないからな)】
「は……」
アドルフは選択を間違えた。
暗黒騎士は、魔族だ。
人間を守るために行動していない。
レーリオなどのような善良な人間には効果を発揮するようなことも、彼にはまったく影響を及ぼさない。
【私を誰だと思っている。魔族の……暗黒騎士だぞ】
「ま、待て――――――!!」
人質諸共アドルフを切り捨てようとする暗黒騎士。
レーリオはそれを防ごうとして……それよりも先に、空から人が降ってきた。
それは、ちょうど暗黒騎士とアドルフの間に。
ふわりと降り立ったのは……。
「て、れしあ……?」




