第82話 憎悪
「テレシアが、死んだ……?」
王国中を駆け巡るそのニュースを知った男は、呆然とつぶやいた。
彼の名前は、レーリオ。
テレシアと同じ村で育った、幼馴染である。
ずっと一緒に過ごし、数少ない同年代だったので、想いを寄せるようになったのは自然なことだった。
しかし、テレシアが勇者として選ばれてからは、当然ただの農民であるレーリオは引き離されることになる。
だが、いつの日か、必ず彼女の役に立ち、彼女の隣に立つことを夢見て、レーリオは自身の能力の研鑽に努めた。
その結果、近隣の村の力自慢を集めた街の武闘大会では優勝することができ、騎士学校への入校も決まっていた。
そんな折に届いたのが、テレシアの訃報である。
「そんな……そんなはずがあるか!」
テレシアは強かった。
自分では、歯が立たないほどに。
今の鍛え上げた自分でも、当時子供だったテレシアに敵わないかもしれない。
そんなテレシアが、殺されたなんて信じられるはずがなかった。
これから……これから、ようやく隣に立つことができると思っていたのだ。
それなのに、その夢を……生きる目的を失って……。
レーリオは情報を集めるが、嘘やデマといったものはなく、集めれば集めるほどテレシアの死を確定的なものにしてしまった。
絶望し、無気力になるレーリオ。
しかし、すぐに彼の心は憎悪の黒い炎で燃え盛る。
「テレシアを殺した奴を、魔族を……暗黒騎士を、殺してやる……!」
幸いにして、その機会はすぐに訪れた。
王国が、勇者テレシアを殺された報復に討伐隊を差し向けることを発表したのである。
民たちからも広く戦士を公募するということもあって、テレシアに好意を抱いていた救われた人々は、多くが参加を熱望した。
数が多いということで試験もあり、多くはそこでふるい落とされる。
しかし、テレシアに追いつくために鍛えたレーリオは、見事討伐隊への参加が認められた。
これを、レーリオは喜びもせず、当然のことだと受け止めた。
試験では自分よりも強い者はいなかったし、この胸を焦がす憎悪の炎は、たとえ討伐隊に参加できなくとも自分を突き動かしていただろう。
「覚悟しろ、魔族。暗黒騎士……!」
◆
討伐隊は郊外の広場の野営地に集められていた。
そこには、試験を潜り抜けたレーリオの姿もあった。
彼は周りを見渡し、いぶかし気に顔を歪めていた。
理由は、討伐隊の面々の人相である。
どいつもこいつも荒くれ者といった風貌で、一般人には見えない。
少なくとも、国軍である騎士に選ばれるような男たちではなかった。
「よお。あんたは堅気か?」
そんな彼に話しかけてきたのは、一人の男。
名を、タイストといった。
「……何か用か?」
「いや、どうにもここの連中が普通とは思えなくてな。数少ない普通そうなあんたに、声をかけたってだけだ」
レーリオの不愛想な言葉に、気分を害した様子もなく、タイストは返事する。
本当なら、その場を去っていたかもしれない。
だが、今の状況、そして周りにいる人々を見れば、タイストがレーリオから離れなかった理由も分かるだろう。
「確かに、これはどういうことだ? ほとんど、チンピラみたいな連中ばかりじゃないか」
「あんまり大きな声で言うと、トラブルになるだけだぜ?」
随分とはっきり言う奴だと、タイストは苦笑いする。
しかし、レーリオには周りの連中を倒すことができるという自信があった。
鍛えられた騎士や常在戦場の戦士ならまだしも、周りにいるいかつい男たちは、どうにも見た目だけのような気がしてならない。
鍛えたレーリオならば、瞬く間に倒すことが可能だろう。
明らかに、街にいるようなチンピラである。
こんな連中が討伐隊に選ばれているのは、ひどく釈然としない。
「俺も聞いた話だが、偉いさんが国軍を一切動かしていないとのことだ。代わりに……威張り散らしていた貴族の坊ちゃんが指揮官だとよ」
「バカな……。相手は魔族だぞ? なのに……戦う気はあるのか?」
レーリオは愕然とする。
指揮官は、有能でなければならない。
いくら手足となって現場で働く兵士たちが優秀だからといって、頭が腐っていたら宝の持ち腐れになってしまう。
だから、たとえどれほど弱い敵でも指揮官は経験と能力がある者がなるべきだし、初陣ならば必ずベテラン指揮官が傍にいるべきなのだ。
「分からねえ。だから、俺も訝しんでいるのよ。あそこにいるのは、傭兵だ。それに、犯罪者……それこそ、死刑囚すら混じっていやがる」
「どういうことなんだ、いったい……!」
だというのに、タイストの言葉を聞けば聞くほど、レーリオは王国がこの討伐作戦を成功させようと思っているのか疑問になっていく。
頭も腐っていれば、手足も腐っている。
それで、どうやってあの強大な魔族を……魔王軍最強と称される暗黒騎士を倒すことができるのか。
レーリオは怒りを募らせる。
「この討伐隊でまともなのは、俺やあんたみたいに、純粋に志願した連中だけってことさ」
「お前も……」
「ああ。俺も、勇者に……テレシアちゃんに助けてもらったことがある。だから、彼女の仇を討たねえと、我慢できねえんだ……!」
「……そうだな」
タイストの言葉に、レーリオは頷く。
彼女が……テレシアがしてきたことは、無駄ではなかった。
こうして、彼女のために本気で怒って、行動してくれる人がいるのだから。
それを見て、レーリオは怒りがゆっくりと収まっていくのを実感する。
「まあ、俺たちは俺たちで協力しようや。いざというときに助け合える奴がいるだけで、随分と違うものさ」
「ああ、よろしく頼む」
差し出されたタイストの手を、レーリオが強く握る。
テレシアのために、二人は共同戦線を敷くことを決めた。
「俺たちよりも、坊ちゃん率いる討伐隊の半分が先行している。追いついたら、魔族どもに目に物を見せてやろうぜ」
「ああ」
やはりと言うべきか、国軍のようにしっかりと統率していないため、逸った連中がすでに先発しているらしい。
レーリオとタイストも彼らに追いつくべく、歩き始めるのであった。
◆
「なんだ、これは……」
追いついたレーリオとタイストは、目を見張って愕然とした。
なぜなら、そこに広がっていた光景は、村を焼き、略奪し、犯している……討伐隊の姿があったからである。
 




