第81話 化けて出られたら怖いじゃん
「魔族の大敵である勇者を殺したのですね。さすがは、わたくしの暗黒騎士様ですわ」
【いつから貴様のものになった】
ルーナが無表情で語り掛けてくる。
自分のものっていう認識は止めろ。
お前の道具にされたら、マジでいつまでたっても逃げられない気がするだろうが。
見た目もよくて地位が魔王という彼女に気に入られるのは、普通の魔族なら喜ぶのだろうが……。
望んで魔王軍にいるわけでもなく、ドライモンスターのルーナにいつ切り捨てられるか分からないということもあって、俺はまったく嬉しくない。
なんだったら、もう二度と会いたくないくらい。
「ですが、これで人類側の戦力を大きくそぐことができました。勇者と聖剣。それは、魔族にとって非常に危険な存在です。それらが取り除かれたのは、僥倖と言うほかありませんわ」
【人類に戦争を仕掛けるつもりか?】
言っていることが魔王みたいなんですけど。
……あ、魔王だった。
まあ、今回は魔族に被害がほとんどなかったしな。
俺につけられていた、護衛という名の監視役が死んだだけだ。
魔都騒乱事件と比べれば、屁のようなものである。
……どちらも死線に投入されている俺は、気が気じゃないんだが。
いい加減にしろよ、マジで。
「まだ、ですわ。戦争は、絶対に勝てる保証がない限りするべきではありません。勇者亡き今、勝算は魔族の方が高いでしょうが、しかし確実ではありませんし」
まだ……。
勝てるならやるんですか。
別にいいけど、俺は不参加で。
家の用事があるから。
共倒れしてくれたら言うことないのになあ。
魔都騒乱によって著しく低下した経済力は、ルーナの力によってほぼ回復したと言っていい。
だが、それだけでは、戦争に耐えられるとはいえないのだろう。
そもそも、人間よりも魔族はあまり経済活動に力を入れていない。
奪えばいいという修羅思想が蔓延しているからな。
「そういえば、勇者の死体はどうしたのですか?」
【見晴らしのいい場所に埋葬した】
ルーナが何でもないことを尋ねるように聞いてくるので、俺も特に何も考えずに答える。
埋葬した理由?
だって、化けて出られたら怖いじゃん。
俺に命の危険を感じさせたということは万死に値するが、実際に死んだしな。
さすがに遺体を蹴りつけたり唾を吐いたりはしない。
頭の中でやるだけだ。
「そうですか。ありがとうございますわ」
無表情だが、しかし冷たさを感じさせる声音でルーナが言う。
……こいつ、何をする気だ?
何かしらやらかしてしまうような雰囲気を感じて、俺は激しく警戒する。
俺に迷惑はかけるなよ、絶対。
勇者が殺されたということは、人間たちにとっても大きなことだろうしなあ。
さてはて、どうなることやら。
俺にとって都合がいいように世界が動いてほしいものだ。
◆
今回の騒動は、少なからず影響をいろいろな場所に与えた。
まずは、帝国。
様々な派閥争いが激化しており、それは主流派と天爛派で争っていた魔族たちよりも複雑で過激なものになっている。
一旦は、一強であった武断派を友愛派が押し込み、このままいけば帝国を手中に収めるほどの勢力を築いていたが、最大にして最強の暴力装置であるテレシアが洗脳から解放され、またリーダーであるツァルトの死により、瞬く間に衰退していった。
そして、武断派のノービレの報復によって、友愛派は二度と日の目を見ることはないほどに叩き潰される。
卓越した能力とカリスマによって、再び勢力を盛り返してきているノービレ率いる武断派であったが、それはかつてのものに比べれば非常に小さい。
なにせ、ノービレのカリスマは、『敗北をしない強い頭目』という理由によるものが大きかった。
しかし、魔族に対するものは隠せても、今回のように帝国内で起きていた争いに不覚をとっていたことは、隠しようがない。
ゆえに、ノービレのカリスマ性だけで支えられていた武断派は、かつてないほど脆弱な結束となっていた。
そもそも、帝国は男尊女卑。
敗北した弱い女が頭目であることを、強い帝国を望む武断派の軍人たちが認めることはありうるのだろうか?
武断派の……そして、ノービレにとっての試練は、もうすぐそこにまで迫っていた。
衰退した武断派を見て、他の派閥も動き出す。
帝国では、群雄割拠して巨大な内戦が起こる土壌が作られていくのであった。
そして、王国である。
暗黒騎士の予想通り、勇者が殺されたという情報は、人類にとってとてつもなく大きな衝撃を与えた。
テレシアは王国の勇者なので、帝国や他国では驚きはすれども大騒ぎにはならなかったのだが、王国では違った。
驚愕、絶望……そして、憎悪。
あの強かったテレシアが殺されたことに驚き。
魔族の脅威に絶望し。
自分たちを助けてくれた優しい少女を殺した魔族を、憎悪した。
テレシアは、確かに最期のあたりは、過剰なまでの働きで人々に恐れられた。
だが、直接助けられたものたちは、彼女のことをとても好意的に見ていた。
国が助けてくれず、しかし自分たちを見捨てずに助けてくれたのだから、好印象を抱いても不思議ではない。
また、テレシアの見た目も、とても整った美少女である。
自分たちよりも年下で、しかも見目麗しければ、人気が出ないはずもなかった。
それゆえに、魔族への報復論も確実に勢力を伸ばしていた。
「愚か者めが。やはり、庶民は愚者の集まりだ。我ら王国単独で、魔族に打ち勝てるはずもないだろう。そのような戦争をすれば、破滅への道を歩くことにしかならんわ」
しかし、王国の国家運営を担う大貴族たちは、そんな報復論をばかばかしいと切り捨てる。
騒いでいる庶民は、国家の行く末をまったく考えていない。
感情論で、目先のことばかりに囚われている。
だから、愚かしいと断ずるのだ。
「そもそも、あの勇者は扱いづらかった。民の人気者は、我々の人気者にはなりえん」
「左様。今回のことは、好機ととらえよう。新しく、我らに都合のいい勇者を選任するべきだ」
集まっているのは、王国を実際に動かしている大貴族たちである。
王国のトップは国王だが、実際に国家を運営しているのは、この大貴族たちの合議であった。
議題は、もちろん先日死亡した勇者テレシアのことである。
「聖剣を失ったのは痛いがな。あれは、魔族に対しての抑止力でもあった」
「だから、あの小娘なんぞに聖剣を持たせるべきではないと……」
「聖剣があってこその勇者だ。聖剣なき勇者は、勇者とは呼べんよ。今更そのようなことを言っても、仕方がない」
聖なる力は魔を滅する。
その中でも特級の聖の力を持っていたのが、勇者のみが扱える聖剣である。
無論、勇者と共にあった聖剣は、魔族の手に渡ってしまっている。
「幸い、魔族はいまだに魔都騒乱事件での被害が回復できておらん。喫緊に戦争が起こることもありえん。ヘイトを高めているのは、帝国の方だろうしな。我らはまだ安全圏よ」
「勇者のことはそれでいいとして、報復論を唱える民への対応はどうする? 何もしなければ、弱腰と我らのことをたたくだろう」
聖剣のことが解決すれば、今度は民への対応である。
とくに、テレシアに実際に助けられたことのある者たちが、恩人を殺した魔族への報復を強く求めてきている。
「魔族への報復を……形だけでもする必要があるだろうな。国軍や我らの私兵は使わずに」
「国力と我らの力を疲弊させることなく、また魔族の本気の怒りをぶつけられない程度のパフォーマンスを……」
何もしなければ、民の怒りは魔族から自分たちに向きかねない。
それを避けるために行動はしなければならないが、国軍を動かせば魔族との全面戦争に入ってしまう。
ならば、大貴族たちがそれぞれ有している私兵もあるのだが、当然自分たちの力を削るようなことはしない。
ならば、どうするべきか?
「税を納める民を無駄に多くを死なせるわけにはいかんが、一切受け付けないというのも問題だ。ここは、とくにうるさい者を少数受け入れ、後の大部分は傭兵崩れや犯罪者などで構成するのがいいだろう」
「異議なし」
方針は決まった。
あとは、実行に移すのみである。
「さて、魔族側に書簡を送ろう。間違っても攻撃と受け止められず、不穏分子を処分してくれるようにせんとな」
大貴族たちは、どれもこれも自分たちにとって都合のいいように事態を操る。
ほくそ笑んだその姿は、まさしく苛烈な競争を生き抜いてきた古狸であった。
「テレシア……!」
そして、そんな大貴族たちの思惑通りに動いてしまう、無知で若い男が一人いるのであった。
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