第79話 とばっちりかあああ!!
【…………】
気が付けば、俺の身体は……いや、鎧さんは片膝をついていた。
それは、ありえないことだった。
不本意ながら脱ぐことのできない鎧さんは、むちゃくちゃ強い。
魔王軍四天王を圧倒するほどである。
少なくとも、鎧をつける前の俺よりも万倍強い。
俺が知る限り、最強の存在が鎧さんだ。
そんな鎧さんが、たったの一撃で片膝をついた。
それは、俺にあまりにも大きすぎる衝撃を与えたのであった。
っていうか、いってえええええええええええええええええええ!!
痛い痛い痛い! マジで痛い!
な、なにしてんのあいつぅ!?
とんでもない攻撃してきやがって。
死ぬわ! 下手しなくても死ぬわ!
勇者ってこんなに強いの?
つぉい……。勝てなぃょ……。
……あれ?
というか、フラウはどうなっているんだ?
俺は鎧があったから激痛で済んでいるが、あいつ生身だよな?
間違いなく死んでいるんじゃ……。
……いや、激痛で済んでいるっていう言い方もおかしいんだけどね。
普通、こんな思いをする必要なんてないんだから。
「あ、危ない。マジで死ぬかと思った……」
冷や汗を大量に垂らしながら、フラウは俺の隣に立っていた。
大してダメージを負っている様子はなく、多少砂煙で汚れてはいるが、血は一切流れていない。
……え? なにこいつ……。
【……なんでお前は俺より平然としているの?】
「分からん。土下座していたら、なんか……」
土下座って無敵の防御方法だっけ?
おかしいな。
俺の知っている土下座じゃない。
「余裕ですね。ごふっ、ごふっ!」
愕然としている俺に語り掛けてきたのは、血を吐き出す勇者。
フラフラだな。
あの一撃が、彼女の最期の力を振り絞ったものだったのだろう。
これ以上すれば、間違いなく命を落とす。
それは、ある意味でストッパーになる。
最後の一歩を踏み出すことを、人間の身体は制御することができる。
よし、勝ったな!
もうボロボロにならず、痛い思いをする必要もないね。
よし、解散。帰ろう!
「ですが、まだまだやりますよ。戦いますよ! さあ、私を見てください!!」
聖剣からあふれ出る黒い魔力。
……お?
もう終わりじゃないの?
なんでまだやる気満々で、剣から黒いのが出ているの?
「もっと私を見て、私を受け入れて、私と一緒にいてください! 私には……あなたしかいないんですから!!」
吹き荒れる黒い魔力。
そこから察するに、あの強大な斬撃を何度も撃てそうだなあ。
あははっ、あははははははっ!
……もうダメじゃん。
◆
「ぐおおおおおお!? どうして私までぇ!? 私ではなく、暗黒騎士だけを狙えよ!!」
【ずっと一緒だからな】
「きもっ」
私は勇者から飛びまくってくる斬撃を必死によけながら悪態をつく。
近くでは、暗黒騎士も避けたり防いだりしているが、ちょくちょくダメージを負ったり吹っ飛ばされたりしている。
グッジョブ、勇者。
それに加えて、私を狙ってこなかったら最高だった。
なりふり構わない黒い斬撃の連発により、辺りはひどいありさまだ。
建物は崩壊し、地形は変容している。
災害がピンポイントでここで発生したような感じである。
【お前、こっちは必死なのにどうしてまだ生きていられるの? 絶対に人間じゃないよね。化物だよね】
「化物が何言っているんだ?」
にらみ合う私と暗黒騎士。
先に喧嘩を吹っ掛けてきたのはあっちだから、あっちが悪い。
まあ、仮に私の方から吹っ掛けていたとしても、あっちが悪いのだが。
私が勇者の斬撃をよけ続けることができているのは、避けることがうまいからという理由と、もう一つある。
それは、勇者の攻撃の比重が、私ではなく暗黒騎士の方へ傾いているということだ。
私もターゲットにされてしまったようだが、それでも狙われているのは主に暗黒騎士である。
どうにも、あの勇者は暗黒騎士に執着しているようだったしなあ。
いやはや、うらやましい限りだ。
私が好かれなくて残念だよ。
「しかし、本当にしぶといな」
斬撃を避けたり受け止めたりしている暗黒騎士を見て、思わずそう呟いてしまう。
吹き飛ばされたりしているが、致命的な一撃はいまだに貰っていないように見える。
正直言って、今の勇者は戦術級兵器と言っても過言ではない。
形あるものを容易く怖し、地形を変形させてしまうほどの一撃を連発してくるのである。
彼女を一人戦場に放り込むだけで、敵軍を壊滅させることができるだろう。
それを、暗黒騎士はたった一人で――――まあ、私もちょくちょく攻撃されているが――――しのいでいる。
「命を削っている勇者でも圧倒することができていない。つまり、人類が魔族と全面戦争になった場合、人類の特記戦力である勇者でもどうにもできないのであれば、勝ち目はないな」
幸いなことは、暗黒騎士の中身が好戦的ではなく、戦争にも積極的に参加しようとしないことだろう。
戦争にも乗り気で、一般的な魔族のように人類に敵意を向けていれば、滅ぼされるのは人類の方かもしれない。
「まあ、どうでもいいけどな! 私、関係ないし!」
どちらにせよ、その戦争が起こったとしても、私は関係ないだろう。
なにせ、もう人類から離れて、魔王軍に入っているのだから。
人類側には、暗黒騎士に捕らえられてどうしようもなかったとか言っていればいい。
ふっ……完璧だ。
「……あれ? 四天王なら、真っ先に戦場に出されるか?」
ハッと考えついてしまう。
それはマズイ。
人類に先ほど考えた理由を言って投降するにしても、だいたい暗黒騎士がいるし……。
やっぱり、ここで勇者に始末してもらえれば言うことはないのだが!
「まあ、無理だろうな。あれは、ドーピングした程度で勝てるような相手じゃない」
私は、この苛烈な殺し合いも、勝者は暗黒騎士だと信じて疑わなかった。
……相打ちになってくれたら嬉しいのになあ。
◆
「はぁ、はぁ……!」
テレシアの意識は、もうろうとしていた。
もはや、死んでいない方が不思議なほどの出血はしている。
薬で無理やり強化されたこともあり、臓器などはボロボロだ。
もし、ここにきて暗黒騎士と戦わなかったとしても、一年以内に命は落としていただろう。
そんな状態で暗黒騎士と戦い、そして魔に堕ちた聖剣を使うことによって、ゴリゴリと寿命が削られていく。
この戦いが終われば、彼女は死ぬだろう。
それは、テレシア自身がよく分かっていた。
「しかし、そんなことは関係ありません!」
一度敗北してから、暗黒騎士に執着していた。
それは、認めざるを得ない。
今まで一度も負けたことのなかった自分を負かした相手。
最初は、敵意と憎悪だけだった。
しかし、いずれはそれだけにとどまらず、愛憎入り混じった言葉にできない感情を、暗黒騎士に持っていた。
愛や恋などといった言葉では表現できない感情。
それを、最期に暗黒騎士にぶつけているのである。
「ああ、楽しい……!」
楽しい、楽しい、楽しい!
仲間たちも自分から離れていった。
人間たちは、助けてあげたというのに、自分を化物を見る目で見て遠ざけた。
しかし、暗黒騎士だけは自分を受け止めてくれる。見てくれる!
だから、嬉しいのだ。
たとえ、この後自分が死ぬと分かっていても。
「ごほっ……!」
暗黒騎士に斬撃を撃ち放った直後、血を吐き出す。
もはや、口から血を出すことなんて慣れたものだ。
だが、その吐血量は今までとは比にならないほど多く、残された時間が長くないことは明白だった。
「楽しい時間は、長く続きませんね……」
【ああ、これが最後だ】
「っ!?」
自分の言葉に応える暗黒騎士。
直後、彼の全身から黒い瘴気が吹き荒れる。
轟々とうなりを上げながら、それは天高くまで伸びていく。
ビリビリと、この場にいるだけで押しつぶされそうなほどの圧迫感。
自分がこうして逃げ出さずにこの場にいられるのは、命が残り少ないと分かっているからだ。
まだ生きたいと望むのであれば、身体が動くのであれば、間違いなく逃げ出していただろう。
【貴様も堕ちた力を使うようだが、年季が違う。本当の魔を、見せてやろう】
暗黒騎士の持つ剣に、瘴気が集まる。
それは、テレシアの持つ聖剣に魔力が集まるのと同じ。
すなわち、次に彼が繰り出す攻撃は、斬撃だと予想できた。
そして、その攻防が最後になる。
テレシアはそう感じ取っていた。
自身の身体も限界だ。
だから、すべてを暗黒騎士にぶつけよう。
「ああ、そうです。そんなあなたに、私は怒って、恨んで、そして……」
自分を受け止めてくれる暗黒騎士。
そんな彼に、テレシアは血みどろになりながら薄い笑みを向ける。
「――――――」
乾燥した唇が開き、何度か動く。
その言葉は、テレシア本人にしか聞き取れなかっただろう。
直後、彼女の持つ剣から黒い魔力が吹き荒れる。
黒と黒。
互いに塗りつぶさんと、剣からほとばしり衝突を待つ。
【消えるがいい。これこそが、私の本当の力だ。代償もあるが、貴様のはなむけにふさわしい】
暗黒騎士は剣の切っ先をテレシアに向ける。
先端に黒い珠が現れ、バチバチと音を立たせる。
テレシアも決して振り遅れないように聖剣を構え……。
【『黒陽』】
「『シュナイデン』!!」
魔王軍最強の暗黒騎士と、人類の希望である勇者。
二人の最大の攻撃が、激突しすさまじい爆発を引き起こすのであった。
「ぐおおおおおおおお!? 私はとばっちりかああああ!!」




