第78話 早くフラウを盾にしなければ!
め、目がぁ……目がああああああああああ!!
俺はのたうち回ろうとする身体を、必死に抑え込む。
まともに光を見てしまった。
しかも、どうやら普通の目つぶしではないらしく、ジクジクと痛んで涙が止まらない。
そんな攻撃手段もあるの、聖剣って!?
やっていること狡いぞ!
「おー。目つぶしか。まったくもって効果的だな。むしろ、些細な物理攻撃なら一切効かない暗黒騎士に、最も有効な攻撃かもしれん。うむ、参考にしよう」
なに冷静に解析してんだぶっ飛ばすぞ!!
援護ぉ! 早く俺を援護しろぉ!
倒れるという隙を見せたら、間違いなく命を奪われる。
その一心で立っているのだが、それでもフラフラしているし、そもそも視界が回復していない。
目の前がぼやけて、何も見えない。
そして、これもまさしく隙に該当する。
「はああああああああ!!」
一気に距離を詰めてきた勇者が、俺に切りかかる!
やめてぇ! 男の人呼んでぇ!
先ほどまで死にかかっていたとは思えないほどの連撃。
かすれる目で見れば、噴き出していた血が収まって……はいない!?
普通に出血しているし、そもそもその量が増えている気がする。
「あははははっ! 防戦一方じゃないですか! 私は全力でこの聖剣と一緒に戦っていますよ! さあ、あなたも本気で私にぶつかってきてください!」
勇者の連撃が、鎧さんでも対応できないほどのものになり始めている。
いくつかの斬撃が、鎧にあたっている。
普通の鉄ではないのだろう。
攻撃が俺の身体を切り裂くことはないが、衝撃は重たいし非常に痛い。
ぶっちゃけ、兜の中で大泣きである。
【ぐぉっ!?】
さらに厄介なのが、聖剣の力だ。
魔族に特別効果のあるそれは、普通のダメージを何倍にも膨れ上がらせる。
俺が消滅していないのは、ひとえに直接刃が身体に触れていないからだろう。
鎧さんにさえぎられていなければ、俺はすでに消滅していたに違いない。
ちくしょう!
なんでこんなクレイジーデンジャラスウーマンが俺のことをこんなに憎んでいるんだ!?
俺、別にお前を貶めたことも仲間を殺したこともないじゃん!
一回だけ勝ったことがあるっていうだけじゃん!
全然納得できないんですけど!
あと、その聖剣なに?
魔改造されてあるんですけど。
あのキラキラ輝いていた剣はどこ?
魔剣じゃね? それ。
「ごぷっ!? ごふっ、げほっ、げほっ!」
攻撃を止めて、勇者は血を吐く。
うわぁ……もう塊みたいな血じゃん。
絶対に安静にしておいた方がいいって。
俺のためにも。
【その剣、貴様の命を吸い取っているな。もうやめておけ。死ぬにしても、死に方がある。無駄に苦しんで死ぬ必要があるか?】
ペラペラとしゃべる鎧さん。
え? やっぱり魔剣じゃないですか。
色もどす黒いもんね。
俺と戦った時の輝きは微塵もない。
ただ、あれは同じ剣なんだよな。
どうしてあそこまで変容しているのか。
勇者の変貌に連れられて変わったのか、それとも誰かが介入して聖剣を作り変えたのか……。
後者のことは考えないようにしよう。
無駄な敵が増えそうだ。
いないいない。
勇者を陥れた敵なんていない。
「ごふっ……! 苦しむ必要は、あります」
血を吐き出す勇者。
もう俺と出会ってからの出血量だけでも、致死量だと思う。
それよりも前に血は流れていたし、俺と遭遇する前のことも考えれば、死んでいなければおかしいくらいなのに。
これが、勇者に選ばれる人間か。
魔族よりも化物みたいだな。
「あなたと、戦えるのなら……。あなたが、私を見てくれるのなら……。どうせ尽きるこの命、こうやって燃え尽きるまで使うのも、悪くありません」
血走った目で睨みつけてくる勇者。
じゃあ、もう見ないからどっか行ってくれない?
「これは、私のわがままです。憎んでいるあなたに、お願いです」
そういうと、彼女の目には殺意と敵意以外の感情が浮かんでいるのが分かった。
「私を、一人にしないでください」
すなわち、それは寂寥。
親に置いて行かれそうになっている子供。
捨てられそうになっている飼い犬。
血にまみれた勇者は、まさにそのような雰囲気を漂わせていた。
いや、そんな目で見られても……。
俺も常に一人だし。
というか、そもそも一人ってそんなに嫌か?
面倒ごとに巻き込まれないから、絶対に一人の方がいいぞ。
俺はフラウを生かしておいたことを普通に後悔している。
押し付けるにしても、もう少し考えて人を選んだ方がよかった。
「人間は他者とのかかわりで、初めて『生きる』ことができる。お前のような頭のネジがマズイ方向に締まっている奴は別だがな」
知った風な口をきくフラウ。
そうか。お前も俺と同じだな。
バカみたいに歪んだネジで頭を作っているから、こんなバカが完成してしまったのだ。
神様がおふざけで作った人間がフラウである。
「どうして、私以外の人と喋っているんですか?」
え……?
ポツリと勇者の呟いた言葉は、驚くほど冷え切っていた。
どうしてって……。
あれ? 俺、口に出してフラウと会話していたっけ?
「私にはあなたしかいないというのに……。あなたは、私以外にもいるんですか? そんなの、不公平じゃないですか」
ひぇぇ……。
血走った目で睨みつけられ、俺の身体は一瞬で委縮して動けなくなる。
こ、この暗黒騎士様を人睨みで動けなくするとは、とんでもない人間もいたものだ。
許して。
「ふははっ、頑張れよ暗黒騎士。私は楽しく見させてもらうとしよう」
ふ、フラウの野郎……!
ここぞとばかりに満面の笑みを浮かべやがって……!
俺は兜の中でギリギリと歯をかみしめ、睨みつけていると……。
「ああ、そうだ。暗黒騎士ばかり叩いているからダメなんですね。彼に近づいてくる大本をたたかないと、いつまでたっても変わりませんね」
「……ん?」
おやおやぁ?
なんだか変わってきましたね。
俺にとって幸運に、フラウにとって不運な方向に変わってきましたねぇ!
どうやら、勇者のターゲットにフラウも登録されたようである。
まだ受け入れることのできない奴は、首を傾げて冷や汗を大量に垂らしている。
うんうん。その顔がお前には似合っていて、俺は好きだぞ。
「だから、あなたが私しか見られないようにしてあげます」
だが、俺の嗜虐に満ちた笑顔は、すぐに凍り付く。
なにせ、勇者の持つ聖剣から、すべてを飲み込むような黒い魔力が吹き荒れているからである。
おかしいな。
鎧さんがたまに使う斬撃と色がほとんど一緒なんだけど。
もしかして、勇者って魔族だった?
しかも、その魔力量って鎧さんにも匹敵するような……。
ま、マズイ!
早くフラウを盾にしなければ!
「諸共消し飛んでください。『シュナイデン』」
俺は必死にフラウの元に近づくが間に合うはずもなく、勇者から巨大な黒い斬撃が撃ち放たれたのであった。




