第75話 誰や、君……
【ふっ……俺の理想の部屋が徐々に出来上がってきたな……】
俺は自分の部屋を見回し、満足げに頷く。
部屋中に満ちているのは、緑である。
やはり、植物はいい。
生物に安心感を与えてくれる。
最近、心が穏やかに過ごすことができているのも、この溢れんばかりの四葉のクローバーのおかげだろう。
……こんな植物に頼らなければならないほど追い詰められている俺の心境よ。
そんな俺を見て、プルプルと震えていたのはフラウだった。
彼女はガバッと顔を上げると、叫んだ。
「青臭いわ!!」
くわわっ! と怒りをあらわにするフラウ。
うるせえな。なんだこいつ。
「くっさ! マジでくっさ! 貴様、何を考えている!? 草食動物か!?」
【幸運を呼ぶ四葉のクローバー】
「お前は乙女か! 最強の魔族が、なにメンヘラしているんだ!!」
それ、動詞?
メンヘラしているってなんだよ。
フラウが激怒しているのは、彼女が俺と一緒に暮らしているからだろう。
目を離したら、マジで逃げ出しそうだからな。
一応、逃げたら殺すと言ったら、びっくりするくらい媚びた笑みですり寄ってきたが。
だが、それを平然と無視して逃げ出しそう。
こいつはそういう女だ。
【うるせえ! こんなものに頼らないといけないほど、俺の精神を追い詰めたお前らが悪いんだろうが!】
「だいたい、そんなものは迷信だ。未来を切り開くのは、すべて自分の力だ」
【なにかっこいいこと言ってんの?】
びっくりした。
お前がそういうかっこいいことを言ったらダメだろ。
もっと卑屈で、最低で、ゴミみたいな女がフラウなのに……。
「私だってそうだ。あの時、何もしなければお前に斬り殺されていただろう。だが、私は女騎士とは思えないほどみっともなく命乞いをしたことによって、こうして生きている。未来を切り開いたんだ」
よかった。
いつも通りの最低なフラウだ。
安心した。
【未来を閉ざしただろ。だって、お前魔王軍四天王だぞ? 人間でそれはやばいだろ】
「誰のせいだ!!」
少し予定は違っているが、そもそもは四天王になる予定だっただろ。
俺のすべてを押し付けるつもりだったのだから。
だというのに、四天王より上の大将軍とかいう訳の分からん地位を押し付けられて……。
クソ、思い出したら腹立ってきた。
しかし、そんな俺の気持ちを静めるものがある。
俺は穏やかな気持ちで、お茶を入れる。
そして、湯気を立たせるそれを、フラウに見せつける。
【見ろ、この茶を。茶柱が立っている。百本ほど】
「キモイ」
……確かに、冷静に見ればキモイかもしれない。
茶柱立ちすぎだろ。
なんかもう草原みたいになっているじゃないか。
キモイわ。
【一本でも立てば幸せになれるとされているのに、百本だぞ? 百倍だぞ? もう、今日はどんなことが起こるのか楽しみすぎるわ】
だけど、これは吉兆である。
きっと、とてつもなく、信じられないほどのいいことが起こるんだ。
俺、信じているんだ。
「お前にそんな都合のいいことが起きるはずないと思うがなあ。そういうところで不幸に見舞われるのが、暗黒騎士なんだ」
【そんな騎士知らない】
吉兆の後に不幸が来る騎士なんて知らない。
誰のことかな、それは?
フラウの中での俺の評価がひどすぎる。
俺はフラウのことを、『肉盾』、『いざというときの生贄』、『なんでも押し付ける対象』、『卑屈生き汚い女騎士(笑)』と評価しているというのに。
【じゃあ、俺もう出るわ】
俺は立ち上がり、家から出ようとする。
フラウが怪訝そうに見てくる。
「またユリアのところか? そんなに通い詰めても、何も変わらんだろ」
【変わるぞ。この鎧も脱げて、今までの功績や地位をすべてお前に押し付けてやる】
向かう先は、よくわからない科学者風味のユリアの元である。
そういや、俺あいつのこと何も知らないな。
いつの間にかあの迷路のような場所にいて、いつの間にか研究させていた。
全然成果がないけどな。
いい加減にしてほしいわ。
俺はいつまで待てばいいんですかね。
そろそろストレスで禿げそう。
「そうなったら脱糞して裸踊りしてやる」
【どういう感情でするわけ、それ?】
嫌だよ……。
いくらフラウのみっともない姿を見たいとはいっても、そこまでされても反応に困るよ……。
しかも、こいつわざと俺のベッドの上とかでやりそう。
まあ、ベッドの柔らかさなんて分からないんですけどね。
常時鎧だし。
【じゃあ……】
とりあえず、ユリアのところに行こう。
フラウは置いていくつもりだ。
面倒くさいからな。
そんなわけで、俺は扉へと向かい……。
ズドン! というすさまじい音と共に、天井を突き破って何かが襲い掛かってくる!
【緊急脱出!!】
「私も!!」
命の危険を直感で感じ取った俺は、家の扉を壊すほどの勢いで脱出する。
と同時に、フラウもまた飛び出してきた。
ちっ、無事だったか。
いや、無事じゃなかったらいざというときすべてを押し付けられなくなるので、それはそれで困るのだが。
なんか平然としているフラウを見るのはちょっとなあ……。
こいつには、常時不幸になっていてほしい。
【ああああああああああ!? お、俺の家があああああああああ!!】
轟々と。
これはもう焚火かな?
そう思うくらい、俺の家は盛大に燃え盛っていた。
ぬほおおおおおおおお!?
俺のセーフティハウスがああああああ!!
こんなにも燃え盛っているのは、集めた四葉のクローバーも原因の一つだろう。
植物なので、炎が巻きあがる要因にしかなっていない。
お、俺の幸運を呼ぶ植物が……どうして……。
「まあ、青臭かったし、この際建て替える意味でもいいんじゃないか?」
【あそこ、お前のコツコツ貯めていたお金も燃えているぞ】
「あああああああああああああああああ!! 私が暗黒騎士から少しずつちょろまかしたへそくりがああああああああ!!」
お前、そんなことしていたの?
血の涙を流しながら家の中に突撃しようとするフラウを捕まえながら、白い眼を向ける。
なにちょろまかしてくれてんだ、このバカ女。
しかし、いきなりこの俺の家を焼き討ちとは……とんでもない奴もいたもんだ。
遺憾ながら暗黒騎士として、魔王軍の中でも高い地位にいる。
そのため、恐れてこのように直接的な攻撃を仕掛けられたことは、ほとんど経験がない。
中身はただの魔族なのにな。
だが、そんな命知らずは、痛い思いをさせてやる。
地獄に叩き落してやるぜ、鎧さんがなあ!
「ここでも人任せか」
やれやれと首を横に振って笑うフラウ。
すげえ。ぶち殺したいわ。
こいつ、本当に初対面の時のことを思い出してほしい。
お前、俺に命乞いして生かしてもらっているんだぞ?
【じゃあ、お前がやるか? 家をあんなにしたやつと】
「遠慮する。君子、危うきに近づかずって言うだろう?」
【お前は君子じゃねえ。メス豚だ】
「!?」
唖然と俺を見るフラウ。
唖然とすることじゃないだろ。
生きるために相手の足の裏をむしゃぼろうとする女騎士は、メス豚だ。
【で? 本当に誰だ? 俺の幸運の四葉を焼き尽くしてくれたおバカさんは……】
俺のラッキーアイテムを焼き尽くした罪は重い。
鎧さんによるスーパーフルボッコタイムである。
俺が睨みつける先。
轟々と燃え盛る炎の中から現れたのは……。
「暗黒……騎士ぃ……っ!」
【……マジで誰?】
ぼっさぼさの髪の毛の、血走った目の成人した女だった。
誰や、君……。




