第59話 きえええええ!!
俺は思わず内心で叫んでしまった。
竜の巣で起きている激しい紛争。
ここに来るまでの間に、何体ものドラゴンが血にまみれながら倒れていることも確認済みだ。
そのため、かなりの化物……それこそ、ドラゴンが暴れて同族を殺しているのだとばかり思っていたのだが。
どうして人間がここにいるんですかねぇ……。
というか、人間て……。
なんか負ける相手にしては、迫力がないんだよなあ……。
勇者は別だよ?
あれほどネームバリューのある人間はいないからな。
ただ、そういった特別な立場にあるわけではない人間が相手となると、どうにも一押し足りない。
……いや、普通の人間に負けたという方が、大将軍を辞めやすいか。
ただ、そこまでいっちゃうと、魔族の恥さらしとして粛清されることもありそうだしなぁ。
うーむ……悩ましい。
「暗黒騎士か。はあ……ほとんどドラゴン以外には関与しない俺でも知っている有名人だ。まさか、会うことができるとはな」
「ちなみに、暗黒騎士はお前らのところではどういう風に伝わっているんだ?」
男の言葉に反応したフラウが問いかける。
そらもう愛と平和の戦士よ。
「人類最大の敵。存在が悪。生まれてはならなかったもの」
言い過ぎだろ!!
こいつが一言言うたびに傷ついたわ!
ここまで言われるようなこと、俺はやっていないぞ。
……鎧さんがやっていないとは言っていない。
「相違ない」
あるわ!!
どや顔で言うフラウに、殺意がわく。
こいつ……! 俺の悪評をさらに広めるつもりだな?
【随分と嫌われてしまったようだ。嫌いだというのであれば、このまま去ることをおすすめしよう。嫌いな者に殺されるのは、屈辱だろう?】
「いや、殺してくれるのであれば、まったく問題ないさ。あんたの靴を舐めることだってするさ」
……どういうことなの?
こいつ、死にたがりなの?
「私は生かしてくれるのであれば、靴の裏だって舐めるぞ」
なんで対抗心むき出しにしているの? 馬鹿なの?
訳の分からないところで対抗するフラウに、俺は唖然とする。
そんな卑屈勝負いらないんだが?
靴の裏まで舐めることに誇りを感じるな。
「邪魔しないでもらえるか。俺はこいつらドラゴンを殺す。これが最後だ。確か、魔王軍にドラゴンは属していないんだよな? 魔王軍の幹部であるあんたが、邪魔する理由もないはずだ」
【ああ、その通りだ】
邪魔をするつもりは、毛頭ない。
俺以外の誰かがどうなろうと知ったことじゃないからな。
だから、何だったらこの男がドラゴンだけとは言わず、魔都にやってきて魔族を大量虐殺をすると言われても止めはしないだろう。
だが、今日はダメだ。
メビウスを勝手に殺してもらっちゃあ困る。
「……じゃあ、この剣をどけてもらえるか?」
それゆえに、俺は男の首筋に剣を当てた。
命をあと少しで刈り取ろうとされているのに、男は冷静に、しかも俺を睨みつけてきていた。
なに睨んでんだ、おおん!?
【ならん。先ほども言っただろう。それは、私にとって有益だ。勝手に殺してもらっては困る。それを使いつぶし、殺すのは私だ】
どうして俺がメビウスを庇っているのか。
その理由は大きく分けて二つある。
一つは、敗北して大将軍を辞めること。
そして、もう一つは、メビウスの有能さである。
ドラゴンという種族ありきの強烈な力は、いざというとき肉盾にするにふさわしい。
図体もでかいし、ブレスとかいう目立つ攻撃もあるから、囮としても使えるしな。
うん。やっぱり、ここで死なせるには惜しい人材だ。
「そうか、俺の邪魔をするのか。……いい機会だ。あんたでも試させてもらうぜ」
ゆらりと立ち上がる男。
ひとまずは、メビウスではなく俺に照準を合わせたようだ。
「はあ……俺を殺せるか、ってな!」
キレる若者……怖い……。
俺はそんなことを思いながら、鎧さんに全任せするのであった。
◆
激しい戦闘が繰り広げられる。
俺と人間の男が打ち合い、身体の体勢もめまぐるしく変わっていく。
そして、そんな命を懸けた切羽詰まった戦いをしているというのに、俺は結構他人事だった。
というのも、俺の身体を動かしているのは自分自身ではなく、全部鎧さんだからである。
ぶっちゃけ、俺が自分でどうにかしていたら、すでにバッサリと切り捨てられているだろう。
「……っ! 硬いな。さすが、魔王軍最強の名は伊達ではないということか」
数十にも及ぶ剣戟ののち、距離をとった男がこちらを睨みながら呟く。
ふっ……そんな評価はさっさと取り除きたいぜ。
【私を負かしてくれても構わんぞ。それもまた刺激的で面白い】
大将軍辞めることができるし、めちゃくちゃ嬉しい。
そうしてくれ、頼む。
「私もそれは大賛成だ。悪を滅ぼし、正義を解放してくれ」
フラウが言った言葉に、俺は激しく困惑する。
正義?
どこ? ここ?
囚われている正義って、誰のことだろうか。
本当にさっぱり分からない。
まさか、どや顔で胸を張っているバカのことではないだろう。
【全力を出して抗うべきだ。でなければ、貴様は死ぬ】
そう言い放つ俺の身体は、いつの間にか男の前に立っていた。
何が起きたか分からないとばかりに、目を丸くする男。
油断なく俺を見据えていたから、なおさらだろう。
ふっ、奇遇だな。
俺もどうやって一気に距離を詰めたのか、さっぱりわからんぜ。
そんなことを考えているうちに、鎧さんは剣を振り下ろす。
黒々とした、俺の輝くような聖なる心とは正反対の剣だ。
男は驚異的な反応速度で、剣を打ち合わせて防御する。
しかし……。
「ぐああああああ!?」
ゴキリ、と音が鳴る。
嫌な音だ。
そして、男の腕も見るからに変形しており……グロイ……。
いったい誰がこんなことを……ひどい……。
そんなもの俺に見せるな! えんがちょ!
「つばぜり合いをしていただけで、骨を折られるとはな……! どれほどのバカ力なんだ?」
さあ?
俺から離れて、脂汗をびっしりと浮かび上がらせた顔を向けてくる男。
それに対して、とぼけた答えしか出てこない。
だって、分からないし。
てか、鎧さんどうやって俺の身体を使ってそれほどの力を出しているのだろうか?
超貧弱だと思うんだけど、俺。
剣のつばぜり合いで相手の腕をへし折るって……。
「だが、これだけで俺は止まらん!」
まだあきらめないと、男は突撃してくる。
それに対して、俺はふっと笑うしかない。
やれやれ。
また同じことの繰り返しになるんだよなあ。
さあ、やってしまって鎧さん!
もう一本! もう一本!
そんな思いを背負いながら、再びつばぜり合いだ。
このまま、もう一本の腕も使い物にできなくしてやるぜ……!
なんか最初の趣旨である、敗北するということからかけ離れているような気もする。
……ん? あれ?
腕をへし折れない?
いや、むしろ、つばぜり合いで押し込まれている。
鎧さん?
男の顔を見れば、不敵な笑みに変わっていた。
「この腕も、折ることはできるのか?」
そう言う男の腕は、人間のそれではなく、鈍い光を放つ鱗……つまり、ドラゴンの腕に変貌していた。
きええええええ!!
こいつの腕化物やあああああああ!




