第43話 帝国の思惑
「閣下。準備が整いました」
「ええ」
帝国の帝都。
一等地のとある場所に、豪華絢爛な屋敷が立っていた。
そこは、帝国の中で最大派閥である武断派のトップの居宅であった。
多くの護衛が敷地内を警備している中、屋敷の奥深くで二人の男女が向き合っていた。
一人は年端もいかないような少女ともいえる見た目であり、一人は屈強な鍛えられていることがはた目からでもわかる男である。
しかし、見た目とは裏腹に、主は女であり、従は男だった。
帝国武断派頭目ノービレ・プランダート。
彼女こそが、巨大な帝国の最大派閥をまとめるトップであった。
「しかし、大丈夫でしょうか? 王の許可も得ていませんが……」
「おじけづいたの、あなた? 敗北主義者かしら?」
「い、いえ! そういうわけでは……!」
見た目で言えば、男の方がはるかに上だ。
実際、生きた年月は男の方が長いだろう。
それでも、彼はノービレの発するオーラに気圧された。
覇気とでもいうのだろうか?
ノービレの圧はすさまじく、鋭い目は魂をも震えさせる。
「すでに、我ら武断派が魔都で失態を犯してしまったことは、王の耳にも入っているわ。ならば、それを覆すほどの功績を上げる必要がある。でなければ、いくら最大派閥と言えども、勢力の衰退は免れない」
それは、許されないことだ。
力が必要だ。
ノービレの求める世界を作り出すためには、力が必要不可欠なのである。
増強することはあっても、減衰することは許されない。
だから、帝国軍の極秘の作戦に、武断派の人間が独自先行して乱入したのは、最悪だ。
すでに、ノービレの指示によって処断されている。
魔族にダメージを与えるのは喜ばしいことだが、身元が判明するようなヘマをするなんてありえない。
「そもそも、魔族のようなゴミどもに上から要求されることが気に食わないわ! 人類こそがこの世界の支配者であり、その中でも帝国こそが頂点に立つべきなのに……!」
今回の騒動に帝国が関与していることが判明し、今魔族と帝国の極秘の会談が繰り返されている。
確たる証拠も掴まれている以上、足掻いたり誤魔化したりすることはできない。
圧倒的優位の立場にいる魔族は、かなり上から交渉を進めてきている。
それが、ノービレには我慢できないことだった。
「そのために、あそこにはびこっている虫どもを皆殺しにする必要があるわ。それゆえに、我らの殺戮兵器を使うのよ。試運転にはちょうどいいしね。データをとり、さらに改良するのよ」
「はっ!」
王の心証を良くするためにも、功績は必要だ。
今度は、武断派が関与しているとばれないように、ノービレも作戦起案に参画する。
魔族の領域を奪い取ることは、帝国だけでなく人類の悲願である。
これが成功すれば、武断派の評価は下がるどころか上がることだろう。
また、ただ侵攻するのは下策だ。
ならば、帝国内での影響力を強化し、他国との戦争に勝利するために作った、あの兵器の試運転を兼ねればいい。
それで魔族を殺し、またデータもとる。一石二鳥だ。
「我ら武断派の栄光のため、踏み台になってもらうわ、魔族」
ノービレは、覇気に満ちた凄惨な笑みを浮かべるのであった。
◆
「なぁんてことを考えているらしいですけど、好きにさせちゃって大丈夫なんですかぁ? まあ、私としては面白ければそれでいいですけど」
ヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべているのは、魔都に破壊工作をし、混乱と深刻な影響を与えた指揮官のアルマンドであった。
彼は、自身の情報筋から集めた武断派頭目ノービレの動きを、目の前の男に教えてやっていた。
もちろん、ただの善意ではない。
こうして、武断派とは敵対する派閥のトップの男に教えてやれば、自分にとって都合のいいように進むと考えたからだ。
「構わないさ。そもそも、僕みたいな弱小派閥では、武断派の動きをどうにかすることなんてできないよ」
そう言うのは、ツァルト・フレイジア。
帝国に割拠している小さな派閥、友愛派のトップである。
痩せ気味で柔和な雰囲気を漂わせる優男。
しかし、それでも闘争と食いつぶしあいが起きている帝国内で、弱小とはいえ派閥として成り立たせているやり手だった。
ある程度賢いからこそ、アルマンドは武断派よりも交流を深めていた。
「そうは仰いつつも、魔族に情報を渡したようですがぁ……」
「僕はね、アルマンド。平和が好きなんだ。誰も傷つかず、幸せな生活を当たり前のように送れる。そんな平和がね」
「はぁ……」
少しツァルトの慌てる顔が見たいと思ってとっておきの情報を出してみるが、相手は大して慌てる様子もなく切り返してくる。
つまらないと思っていても、口には出さない。
今回の反応もそうだが、何より友愛派の目指す世界が、である。
隣人と友好的で、愛があり、争いのない世界。
そんな理想を掲げているのが、友愛派である。
理想と言えば理想なのだろうが、現実になる可能性は恐ろしく低い。
だからこそ、いまだに弱小なのである。
「(これなら、まだ武断派をおちょくる方が面白いですね)」
武断派は、魔族を滅ぼし、帝国を世界最大の国家へ……という分かりやすい目的がある。
そして、こちらの方が火種は恐ろしいほどに作り出すことができる。
なまじ、その目的を果たせそうなほど力があるのがいい。
少し揺すってやれば、すぐに起爆するだろう。
アルマンドは、いつかその起爆ボタンを押してやろうと決心している。
「武断派は最近勢力をまた急激に伸ばしている。あそこまで肥大化してしまうと、暴発してしまうこともある。それは、僕の望むところではないんだよ」
「だから、魔族に情報を渡し、魔族に勢力を削らせようと……」
「僕たちではどうしようもないしね。それに、実際に行動を起こすと決めたのはノービレだ」
なるほど、とアルマンドは頷く。
確かに、今の友愛派では武断派と戦うことはできない。
一瞬で押しつぶされてしまい、今までせっかく細々とはいえ生き残った意味はなくなる。
だから、強大な勢力である魔族を使うのだ。
彼らの支配地に侵攻しようとしているのであれば、当然対応せざるを得ない。
魔族に勢力を削ってもらおうと、ツァルトは考えていた。
武断派は、あまりにも巨大すぎる。
頭目のノービレは卓越した能力を持つ女傑だ。
しかし、そんな彼女でも細部まで目が届かなくなるほど、勢力は巨大化している。
だからこそ、魔都騒乱事件の時のように、無断で専行してしまうことになるのだ。
それゆえに、勢力を削らなければならない。
このままいけば、武断派がとてつもなく巨大な戦争を引き起こすことになる。
平和を希求する友愛派としては、とてもじゃないが認められない。
「彼女の性格を考えれば、転んだままというのは考えられないですしね。それを分かっていて、誘導したのはあなたでは?」
「……これ以上は話せないよ。僕の派閥に入ってくれるのなら別だけどね」
ニッコリと柔和な笑みを浮かべるツァルト。
アルマンドは珍しくどこの派閥にも属していない無派閥だ。
それゆえ、上の地位に上がることができないのだが、そんなことはどうでもよかった。
「それはお断りさせていただきますよぉ。私は支配も平和も望まない。面白ければ、それでいいんですよ」
「…………」
このような破綻者であることは知っている。
それでも、こうして声をかけずにいられないのは、アルマンドの能力が高いということが分かっているからだ。
たとえ、このような人格破綻者だとしても、引き込みたい。
それだけの能力を、アルマンドは持っているのである。
だが、彼はあっさりとツァルトの誘いを拒絶する。
友愛派では、アルマンドの求める面白さは得られないのだ。
「まあ、しばらくは大人しくしておきます。私の護衛が大きなダメージを負ってしまったのでね。私は弱いので、彼女がいないと何もできないのですよ。ああ、残念残念」
ひらひらと手を振りながら、アルマンドは去って行った。
それを止める理由も術も、ツァルトは持ち合わせていなかった。
「……頭が切れて有能な男だ。だけど、性格があまりにも破綻している。敵にはしたくないが、味方にもするべきじゃないな」
もともと、ツァルトもアルマンドが友愛派に来るなんて微塵も考えていなかった。
だからこそ、あっさりと受け入れた。
すでに、彼の関心は武断派と魔族の衝突にある。
「さて、魔族。僕の思い通りに動いてくれよ?」
 




